第118話 カノンとの再会 9

 領主の屋敷の中には入らなかった。

 交渉というのは、対等な力関係にある者同士だからこそ行う事ができるのだ。

 機装鎧という強力な交渉カードをみすみす捨てるのはもったいない。

 屋敷の前での交渉となった。


 ダグラスとアリスは戦闘機の中で待機して、キドリは機装鎧から出て領主側に立っていた。

 心情的に、やはり被害に遭った女性側に立ちたいのだろう。

 カノンの護衛である彼女が、彼の敵に回っている。

 このような状況では、カノンでもどうしようもなかったのかもしれない。


 だが今は違う。

 カノンはダグラスという武力を得た。

 強力な権力や強い感情に流される事なく、交渉する事ができる。


 ここからは口の上手いカノンの独壇場となるだろう――


「私、もうお嫁にいけない……」


 ――と思われたが領主の娘が涙を流すと、さすがにカノンも強く彼女の事を否定できなかった。


 十代後半の彼女が流す涙には、見ている者を黙らせる強い力を持っていた。


「こんな女の子に手を出すなんて……。いい年をして恥を知りなさい!」


 キドリは激怒した。

 自分と年の近い女の子に手を出した事に怒っているのだろう。

“もしかしたら自分が被害者になっていたかも?”という気持ちもあるのかもしれない。

 ダグラスは、その可能性が思い浮かんだので近くにいたユベールに尋ねる。


「ユベールさん。もしかして、ここまでの道中でカノンさんがキドリさんに手を出したりしていたんですか? だからあれほど怒っているとか?」


 戦闘機の中からなので、自然と周囲にも聞こえる程度の大きな声になってしまう。

 ユベールは露骨なまでに答えるのが嫌そうな表情を見せた。

 しかし、これはカノンと自分の命に関わる事である。

 包み隠さずダグラスに話して、彼の助けを得るべき場面だ。

“なんで俺が説明しないといけないんだ……”と思いながら、ユベールは重い口を開く。


「なにもありませんでした……」

「本当ですか? なら、なぜそんなに言いづらそうにしているんですか? 本人の前で言いづらいのかもしれませんが、ちゃんと教えてくれないと対応できなくなるかもしれないんですよ」


 ダグラスは、ユベールを問い詰める。

 もしダグラスがいない時に手を出していたのなら、カノンに対して強い敵意を持っていてもおかしくない。

 よほどの事がない限り“一度死ねばいい”などという言葉は出てくるはずがない。

 カノンを守るため、場合によってはキドリも倒さねばならないのだ。

 正しい情報を知っておきたいところだった。


「本当になにもなかったんです! 本当になにも――」


 キドリが剣を地面に叩きつけて、ユベールの言葉を遮る。

 その際、飛び散った小石がカノンや領主たちに襲いかかっていたが、彼女に気にするそぶりはない。


「ユベールさん! それ以上言ったら怒りますよ!」

「もう怒ってるじゃないですか……。うわわっ」


 ユベールが呆れている間に、ダグラスの乗る戦闘機が人型に変形する。

 危険を感じたアリスが変形させたのだ。

 彼女は変形させたあと、ユベールを手で掴んでキドリから引き離す。


「ユベール様、大丈夫ですか!?」

「つ、つぶれる」


 現在進行形で大丈夫ではなかった。

 ユベールを握る力が、少々強かったらしい。

 だが命に別状はないようなので、アリスは慌てずに握る力を少し緩める。


「ユベールさん、大丈夫ですか?」

「なんとか……。キドリさんよりも、あなたの連れてきた子のほうが危ないですよ」

「申し訳ありません」


 ユベールは、ダグラスに非難めいた視線を向ける。

 圧死しそうになったところなので無理もないだろう。

 しかし、ダグラスは彼の視線など無視して質問をする。


「本当になにもなかったのなら、なぜキドリさんはあれほど敵意を剥き出しにするんですか? 理由があるんでしょう?」

「理由はあります。一人の女としてまったく見られていなかったというものでしょう。色目は使われたくないものの、まったく相手にされないと腹が立つ。そういう女心から、カノン様への反感を持ったのだと思います」

「そんな事で?」


 乙女心がわからなかったのはカノンだけではない。

 ダグラスも理解できなかった。

 彼の“そんな事で”の一言がキドリの怒りと恥辱を燃え上がらせる。


「黙れ、黙れ、黙れ! ユベールさん、絶対に許さない! 」

「ひらめき」

「うひぃ!」


 キドリがダグラスに切りかかる。

 それをアリスが回避し、振り回されたユベールが悲鳴をあげる。


「ダグラス様、攻撃を」

「反撃はしたいけど、なんだか今の状況でキドリさんをやっちゃったらいけない気がするんだけど」

「このままだとやられるだけですよ?」

「躱せてるじゃないか」

「ですが、このままだとユベール様が死にます」

「くそっ、どうにかできないのか」


 ダグラスとキドリが空中戦を始める。

 そんな中、一人残されたカノンは気まずい思いをしていた。

 しかし、これはチャンスでもある。

 皆の意識が空に向けられている中、彼は領主の娘に近づき、彼女の手を取った。


「ハンナさん、誤解を招くような事態になってしまい申し訳ありませんでした。ですが、これだけは覚えておいていただきたい。あなたは世界を救うという使命を忘れさせるほど魅力的な女性でした」

「えっ……」

「酔っていたとはいえ、あなたに体を委ねられたと思った時、至上の喜びを感じたのです。少なくとも神である私にとっても、この世界のすべてよりもずっと価値のある人でした」


 カノンは必死になって、ハンナを篭絡しようとする。

 今回の騒動を解決するのに重要な鍵を持っているのは彼女だ。

 まずは彼女を説得すれば、領主を落ち着かせるのも容易になる。

 だから皆の注意がカノンから逸れている間に、彼女を説得しようとしていた。

 ハンナの隣にいた領主は当然カノンの動きに気づく。


「おい、娘に近づくな! いや、まずはあの二人を止めろ!」

「死ぬ前にハンナさんの誤解を解いておきたいのです。今しばらくお待ちを」

「そんな事を言っている場合か! 機装騎士の戦いで街が破壊されるぞ!」

「あの二人なら、きっと大丈夫でしょう」


 さすがに領主も機装騎士の戦いは無視できなかったようだ。

 娘の事よりも、命の心配を始めたらしい。

 そんな彼とは対照的に、カノンはハンナの事を気にかけているという態度を見せる。


 ――非常時に誠意のある態度を見せる。


 そうする事で、少しでも相手の心を揺さぶるためだ。

 機装鎧の手の隙間で落ちないよう必死にしがみついているユベールに負けないくらい、カノンも退路を切り開こうと必死に頑張っていた。

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