第117話 カノンとの再会 8
カノンの拘束は解かれ、領主の館へと向かう。
「防げ! 防げ! あいつらを止めろ!」
彼らの姿を見て、領主らしき男が叫ぶ。
だが、ダグラスたちを止められる者などいない。
比較的小型であるキドリの機装鎧ですら圧倒的な脅威なのだ。
大型の機装鎧を操るダグラスに手出しできる兵士など存在しなかった。
止められる者などいない。
カノンを先頭にして歩くと人だかりが割れていく。
その光景は、カノンがダグラスやキドリを引き連れているようにしか見えなかった。
機装騎士が二人も揃っている事自体が珍しいし、ダグラスの機装鎧は一際大きい。
近づいてくる彼らを見て、領主は威圧されているように感じていた。
領主の館の前に着くと、ダグラスが乗っていた機装鎧は飛行機形態に戻った。
ちょうどコクピットがカノンの近くになるような位置で。
キャノピーが開かれる。
「マスター!」
アリスが飛び降りてカノンに抱き着く。
(そんなに会いたかったんだな)
ダグラスだけではなく、周囲にいた者たちも似たような感想を抱いた。
――だが、カノンだけは違った。
「ひやぁぁぁぁ」
彼は間の抜けた悲鳴をあげた。
その声は、とても再会を喜ぶものとは思えなかった。
「どうしたんです、カノンさん?」
ダグラスも機体から降りながら、彼に理由を尋ねる。
カノンは心底嫌そうな顔を見せた。
「そうですね……、あなたが戦闘機を動かせるはずがない。アリスの補助があってのものだと考えるべきでした……」
「こういってはなんですが、彼女はあなた好みのゴーレムなのでは?」
「私好み?」
カノンは鼻でフッと笑う。
その表情は悲し気なものになっていた。
「大きく乳揺れする美少女型アンドロイドを、なぜ私があそこに置いてきたと思っているのですか! ――彼女がとても危険な存在だからですよ」
「えっ、そうなんですか!?」
――カノンは美女に弱い男だ。
それはダグラスもよく知っている。
そのカノンが、アリスを同行させなかった理由をダグラスは考えてもみなかった。
言われてみれば、なぜアリスだけゼランに残されていたのかが不思議だ。
機装鎧も扱えるため、かなりの戦力になったはず。
――そんな彼女を残していかざるを得なかった危険性。
その理由をカノンが説明し始める。
「この子は隙あらばスパ〇ボ参戦を狙う危険人物なのですよ! 無謀にも二匹目のドジョウを狙っているのです!」
カノンは力を籠めて叫ぶ。
しかし、ちっともダグラスには危険性が伝わらなかった。
なんとかキドリだけが“ん?”と少し反応を見せただけである。
「この世界で使われている機装鎧は、タイラさんの好みですべて有名ロボットアニメのパクリデザインばかり。そんな機装鎧で参戦などできるはずがない! そんな事をすれば大手アニメ会社に叩き潰されてしまいます! なのに彼女は諦めない。諦めようとしない恐ろしい存在なのですよ! 乳揺れ機能もアピールのためだと思えばおぞましいものでしかない!」
「はぁ、そうですか……」
カノンが熱を籠めて説明すればするほど、わけのわからないダグラスの頭は冷えていく。
彼の話を理解できないからだ。
理解できないから共感もできない。
盛り上がっているのはカノン一人だけだった。
「それって危険なんですか? もっとこう、タイラー様が古代文明を滅ぼしたとかそういう感じの危険ではないんですよね?」
「ある意味、もっと危険です。文明を滅ぼすどころか、この世界の存在すら消してしまいかねない危険人物なのです! だから彼女は置いてきたというのに……。なんて事だ……」
カノンは頭を抱えて悶え苦しむ。
彼の言っている事をまったく理解できなかったが、吸血鬼相手でも恐怖より性欲が勝つような男が困っているのだ。
アリスには、それだけの力があるのかもしれない。
(あのカノンさんをこれだけ悩ませるとは……。上手く使えば、アリスはカノンさんを操る首輪代わりに扱えるのかもしれないな)
ダグラスは、アリスを利用できると考えた。
あのカノンが、これほどまでに苦しんでいるのだ。
彼女を利用すれば、カノンの行動を制限できるかもしれない。
もちろん“ダグラスがアリスを操る事ができれば”という前提である。
カノンですら困らせるアリスを、ダグラスが操る自信などなかった。
しかし、1%でも可能性がある限り奇跡が起きる可能性は残る。
可能性が1%でもあるのと、0とでは大違いだ。
ほんの少しだけ光明が見えた事で、ダグラスは希望を持つ。
「まぁまぁ、カノンさん。そう言わないでください。彼女がいたからこそ、僕はここに来る事ができたのです。処刑されそうだったカノンさんも助ける事ができたんですよ。彼女は命の恩人です。大事にしてあげてください」
ダグラスは貴族に仕えていた経験を活かして、誰がイニシアチブを持っているかを考えた。
そこである意味、この場で最も強そうなアリスの肩を持った。
彼女を味方につけるのが先決であるからだ。
「そうです。私はマスターのために頑張りました!」
「それはありがたいのですが……」
カノンはまだ複雑な心境のようだ。
ダグラスから見ても可愛いアリスに抱き着かれていても、彼は迷惑そうな表情しか見せない。
本気で嫌がっているようにしか見えない。
「私の存在が、ご迷惑でしたか……」
アリスはカノンから離れ、悲し気な表情を見せる。
「カノンさん……」
キドリが非難めいた目でカノンを見る。
だが、カノンは彼女の視線を気にしなかった。
「いや、アンドロイドですから。アリスはAIですよ。人間っぽい反応をしているだけで人間ではありません。高性能な炊飯器や電子レンジだと思えば同情などしないでしょう?」
「でも高度なAIは自我を持つとか言いますよね?」
「自我を持っていると思ってしまうほど自然な反応を見せるだけですよ」
「そこまで進んだなら自我を持っていると判断してあげてもいいのでは?」
カノンとキドリは、アリスについて言い合い始めた。
またしてもダグラスにはわからない内容である。
さっぱり理解できないので、彼は周囲を見回す。
すると、ユベールと視線が合った。
「お久しぶりです」
「ええ、本当に。シルヴェニアはどうでした?」
「色々ありましたよ。その事でカノンさんと話をしたかったのですが……。まだかかりそうですね」
「まずはこの場を切り抜けないと……。あの機装鎧で逃げる事はできませんか?」
ユベールは希望に満ちた目で戦闘機を見る。
「無理ですね。あれは二人しか乗れないようです。カノンさんを逃がす事ができても、僕たちはここから逃げられませんよ」
「逃げるような真似はよくありません。カノン様には正々堂々と潔白を証明していただくべきでしょう!」
だが自分が逃げられないとわかると、戦闘機で逃走するという選択肢をかなぐり捨てる。
この変わり身の早さは、さすがエルフと思わせるものだった。
――ロクでもないやり取り。
しかしそれは、どこか懐かしさを覚えるものでもあった。
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