第116話 カノンとの再会 7
「キドリさん、僕は無駄な戦いをしたくありません。なぜカノンさんを助けようとするのを邪魔するんですか? あなたはカノンさんを守るために同行していたんじゃないんですか!?」
ダグラスは必死にキドリを説得しようとする。
無駄な戦いはしたくないというのもあるが、やはり見知った相手とはやり合いたくないという思いもある。
元暗殺者というのもあるのだろうか。
ダグラスは夢に見ていた機装鎧に乗れたとはいえ、その力に溺れるほど心は弱くなかった。
「そう、私も
キドリの言葉に、ダグラスは不安を覚えた。
彼女は、カノンの事を“あの人”と言ったからだ。
“カノンさん”と名前を呼びたくない理由ができたのなら、彼女の説得は難しくなるだろう。
「でもあの人は神になっていい人じゃない! ここの領主様の娘さんを酔わせて、その……。無理矢理エッチな事をするような人なんて!」
「カノンさんがそんな事を!?」
キドリは恥ずかしがって言葉を濁したが、カノンがなにをしたのかはよくわかった。
それが事実なら、到底許しがたいものだった。
「あの人は死んでも近くの教会で蘇るそうよ。馬鹿は死んでも直らないというけれど、それは死んだら反省を活かす事ができないから。生き返って反省を活かせるのなら、一回痛い目に遭うべきよ!」
彼女は、かなり過激な考えを持っているようだ。
同じ女として被害者側に感情移入しているからかもしれない。
言葉から察せられる範囲だけでも彼女の意思は強そうだ。
(一回痛い目に遭うべきだというのには賛成できるけど……)
「もし蘇らなかったらどうするんですか? カノンさんが言っているだけでしょう」
「それは……」
カノンが言っているだけで、そのまま死んでしまうかもしれない。
それはダグラスとしても避けたかった。
彼に死なれては困るからだ。
キドリも実際に確認したわけではないので、言葉に詰まった。
「カノン様は死にはしますが、すぐに蘇ります。それは確かです」
その沈黙をアリスが破った。
(余計な事を!)
そのままいけばキドリを大人しくさせられたかもしれない。
だが、アリスの一言でキドリの気配が変わった。
「んー! んんー! んー!」
このままではまずい。
そう思い始めた時、カノンが自分の存在を主張し始めた。
猿ぐつわを嵌められてはいたが、必死になにかを伝えようと叫ぼうとしている。
「カノンさんの主張も聞かせてください。でないと納得できません」
そこでダグラスは、カノンの主張を聞かせてくれと言い出した。
カノンの口が自由になれば、彼ならきっと自分でなんとかしてくれるはずだ。
ダグラスはなにも指示を出していないが、アリスが周辺の兵士に銃口を向ける。
それを見たキドリの敵意は増したが、刺激をしないように動きを制限する事には成功した。
「わ、わかったから。わかったからちょっと待ってよ」
キドリも人質を取られてはたまらない。
ダグラスに人質を取る気はないし、アリスが引き金を引く事ができないという事を知らない彼女は、慌ててカノンのもとへと向かう。
そして機装鎧に乗ったまま、剣で器用に猿ぐつわだけを切り落とす。
「ハー、ハー、ちょっと待ってください! 私はお酒で酔わせて無理矢理なんてしていません!」
カノンは必死になって、先ほどのキドリの言葉を否定する。
「確かに一緒にお酒を飲みました。ですが彼女のほうから『私、酔っちゃった』と、しな垂れかかってきたのです! それはもうOKのサインでしょう? そうだと思いませんか?」
カノンの言葉に、ダグラスもキドリも反応できなかった。
二人とも酒は飲まない。
飲める年齢ではないからだ。
そのため酔った時の男女の機微などわからなかった。
――カノンの主張が正しいのかどうか判別がつかない。
これはまだ若い二人には難しい問題だった。
気まずい沈黙がまたしても訪れる。
「私もそう思います!」
その時、カノンを助けようと一人のエルフが動いた。
――ユベールである。
彼はカノンを挟み込むように、ダグラスとは反対側にいた。
「酔ったとアピールしてくるのは『そのままベッドへ連れて行って』の合図! 私もその手で誘われて気がつけば結婚していました!」
「それはあなたの場合でしょう。貴族令嬢がそのような真似をする可能性は低い。本当に『酔った』という意思表示をしただけではありませんか」
フリーデグントが、ユベールの意見を否定する。
どうやら彼女は女性目線でカノンの行動を批判的に見ているようだ。
「では私の妻がふしだらだったとでも?」
「女エルフなら……、言うまでもないでしょう」
ユベールとフリーデグントは、カノンとは違う問題で睨み合う。
これでは彼らに頼れそうにない。
ダグラスは、またしても判断に困る事になる。
「とりあえず話をしましょう! 暴力では物事は解決しません!」
だが、この状況を黙って見ているカノンではない。
ダグラスの登場により、処刑の流れは変わった。
ならば、ここは話し合いへと持ち込むべきだ。
そう思った彼は必死に叫ぶ。
――生へと向かって。
カノンは死んでも復活するが、それを実際に試した事はない。
そもそも火あぶりにされそうなので、痛い思いをする事は確実である。
辛い思いをしないに越したことはない。
助かるため必死に足掻いていた。
「カノンさんもこう言っています。誤解かもしれないので、まずは領主様と話す機会を作りましょう」
そう言うとダグラスはアリスに指示を出して、磔になっていたカノンを柱から解放する。
この動きを止められる者はいなかった。
十メートル越えの機装鎧を止められるのは人間では無理だ。
エルフも魔法が使えなければ対処できない。
この場で対応できるのはキドリだけだったが、彼女も判断に迷っている。
“疑わしきは罰せず”という言葉を思い出したからだ。
感情的になっていた時とは違い、今は双方の言い分を聞いてから判断しても遅くはないと考えていた。
そのため彼女は、ダグラスの行動を静観するばかりだった。
領主の娘の言い分だけで、問答無用で処刑されるという流れは変わった。
あとはカノンが口先で人々を丸め込むか、ダグラスとアリスが力で黙らせるか次第で流れを決定的なものにできるだろう。
ただ順調なばかりではない。
殺してしまった騎士や兵士の事をどう処理するべきかという問題も新たに発生していた。
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