第113話 カノンとの再会 4

「こちらです」


 食後に連れていかれたのは、以前にカノンから武器を貰った建物ではなかった。

 その建物の裏のなにもない空間へと連れていかれる。

“なにもない”というのは“物が置かれていない”という意味ではない。


 ――本当になにもなかった。


 ダグラスの視界に入るのは漆黒の空間のみ。

 虚無が世界のすべてを呑み込むのではないかという不安を覚える場所だった。


「ここでなにをするんですか?」

「移動手段を取り出します」


 アリスが虚空へ手を伸ばすと、手の先に絵が現れた。

 それを見てダグラスは少し安心する。

 これまでジュースなどを取り出してきたものと似た操作方法だったからだ。

 アリスは虚空から小さなビンを取り出し、ダグラスに渡す。


「これは……、カノンさんのところへ行けるポーションですか?」

「はい、すぐ天に昇れる薬なのでいつか会えます」

「毒薬じゃないか!」


 ダグラスは漆黒の空間に向けてビンを投げる。

 ビンはすぐ暗闇に紛れて見えなくなる。


「ああ、なんという事を……」


 アリスは残念そうな声を出すが、表情は変わっていない。

 人間にしか見えない高品質のゴーレムだが、表情までは再現できなかったのだろう。

 そのふとした瞬間に見せる無機質さに、ダグラスは“ヴァンパイアよりも怖い相手なんじゃないだろうか?”と考えてしまう。


「毒薬で昇天してカノンさんのもとへ行きたいじゃない! もっとまともで早い方法はないのか?」

「ございます」


(あるなら最初からそっちを提案してくれよ!)


 ダグラスはイライラとする。

 もしこれが人間相手なら、相手の能力を疑っていたところだ。

 しかし、相手はゴーレムである。

 この場合、ちゃんと命令を出せなかった側の責任となる。

 自分の責任でもあるため、ダグラスはアリスに当たり散らすような真似はしなかった。


「こちらはいかがでしょうか?」


 今度は道具を取り出さなかった。

 どうやら彼女も学習してくれたようで、先に絵を見せてくれた。

 その絵は、大きな矢のような形をしていた。


「これはどういうものかな?」

「大陸間弾道ミサイルです。世界中のどこでも狙って焼き尽くせます」

「だから! 生きてカノンさんのところに行けなきゃ意味ないだろ! そもそもカノンさんの場所がわからないとか言ってたじゃないか! どこを狙うんだよ!」


 あまりにも学習していなかったため、ついダグラスは声を荒らげる。

 しかし、アリスは首をかしげるだけである。


「生きてカノン様のところに行ければよろしいのですか?」

「そうだ。馬車とかの乗り物で安全にカノンさんを探せる方法がほしい」

「かしこまりました」


 アリスの返事に、ダグラスは不安しかなかった。

 だが今度は違った。

 馬車のように車輪が四つではないが、前後に車輪が一輪ずつ付いた縦長の乗り物らしきものが表示される。


「バイク戦艦です。地上のありとあらゆるものを踏み潰し、邪魔するものを排除しながら進む事ができます」

「だから、そういうのじゃないんだって……」


 ダグラスはめまいを感じた。

 このゴーレムは言葉が通じるようで通じない。

 こんなのを相手にせず、素直に馬車で移動するべきかと考え始める。

 そんなダグラスの様子を感じ取ってか、アリスは肩を落とした。


「ですが……、あとは面白みのない普通の乗り物しかございませんよ?」

「面白みなんていいんだよ! 普通の! 普通の乗り物でカノンさんを探したいの!」

「そうでしたか。人間の考えというのは難しいですね」


(だめだ、こいつ……。創造主の影響を色濃く受け継いでいやがる)


 アリスの相手をしていると、まるでカノンを相手にしているかのような徒労感を覚えてしまう。

 しかも彼女は自分が“ゴーレムだから人間の考えがわからない”という言い訳まで使っている。

 そんな言い訳を使えるという事は、思っていたよりも知能が高いのかもしれない。


「それではこれはいかがでしょうか?」


 今度は薄っぺらい三角形の絵を見せてくる。


「これはどういう乗り物なの?」

「これは戦闘機という乗り物で、空を飛んで敵と戦うための乗り物です」

「ただ移動するだけではなく、いざという時に身を守れるって事か」


(ようやくまともそうなのが出てきた)


 しかし、これもアリスが提示してきたものだ。

 言葉通りに受け取るのはまずい。

 欠点も聞いておかねばならない。


「この乗り物の欠点は?」

「飛ばすだけならば百時間ほどの練習で済みますが、戦闘機動をするなら千時間ほどの慣熟飛行が必要となります」

「えっと……」


(一日十時間練習するとして、空を飛ぶのに十日の練習。千時間なら百日はかかるぞ)


 ダグラスは彼女に言われた練習に必要な時間を計算する。

 簡単に計算しただけだが、とてもではないが普通に馬車で追いかけたほうが早い日数だった。


「さすがにそんなに時間をかけて練習はできないよ……」

「でも私は操縦できますよ」

「……だけどここから離れたらダメと言われてるから動かせないとかいうオチじゃないの?」


 これまでのアリスの行動から、ダグラスは彼女の言葉を疑っていた。

 また上げて落としてくるかもしれない。


「大丈夫です。私はカノン様に連れていってもらえなかったので、この施設の維持管理を自主的に行っていただけです。私もカノン様のおそばで役に立ちたいので、ダグラス様と一緒に行きたいです」

「そうか、ならお願いしようかな」


(さすがに本人も行くなら無駄な破壊行為はしないだろう)


 ――自分一人ならどんな目に遭うかわからない。


 だからアリスも同行してくれるのは、ある意味で安心できた。

 ゴーレムとはいえ、誰かと戦うのならともかく、無意味に自爆行為はしないはずだ。


「出発の準備をしておいてくれるかな? 僕は飲み物や食べ物の用意をしておくから」

「こちらの準備はすぐに済みますので、お手伝い致しましょうか?」

「……じゃあお願いしようかな」


 一応、彼女が用意してくれた食事はまともなものだった。

 飲食物に関しては信用してもいいだろう。

 そう思ったダグラスは彼女に手伝いを頼む事にした。

 もうすぐカノンのもとへ行けるというので、少しだけ気が緩んだのかもしれない。

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