第112話 カノンとの再会 3

 ダグラスは、カノンへの怒りをグッと堪える。

 アリスはアンドロイドという種類のゴーレムらしいが、ダグラスには人間にしか見えない。

 受け答えできるだけの知能があるのなら、あまり強くカノンへの悪感情を見せるわけにはいかなかった。


「それはともかくとして、ゴーレムなら術者のカノンさんがどこにいるのかわかりますか?」


 そこで話を変える事にした。

 ゴーレムには術者との繋がりがあるはずだ。

 手っ取り早く、どの街にいるのか聞き出そうとする。


「検索しますのでお待ちください」


 そう言ってアリスは白目を剥く。

 突然の奇行にダグラスはビクリと体を震わせる。

 彼女は白目を剥いたままピクリとも動かなくなった。

 下手に刺激するのも怖いので、ダグラスは一歩距離を取って様子を見る。

 しばらく待つと、彼女の目が元に戻る。


「100キロ圏内にご主人様の反応はありませんでした。探索範囲を広げたいのであれば、軌道衛星とのリンクを設定してください」


 彼女の言葉の前半はダグラスにもわかった。

 しかし、後半はさっぱりだ。

 そのような特別な知識を持っていないため、ダグラスには難解な言葉を組み合わせた呪文のようにしか思えなかった。


「じゃあ……、ここでカノンさんたちがなにをしていたのかを教えてくれますか?」


 対応に困ったダグラスは、最初の目的を遂行しようとする。


「はい、ダグラス様はカノン様のパーティメンバーに登録されておりますので情報の開示が可能です。カノン様の情報を開示する場合、ダグラス様の情報も共有される事になりますが同意されますか?」

「ええ、いいですよ」

「同意の承諾を確認致しました。それではご案内致します」


 アリスが屋敷の中へ入る。

 ダグラスも彼女についていく。

 屋敷の中は以前にきた時と様変わりをしていた。


(物が増えたな……)


 廊下からチラリと部屋の中を見ただけでも、以前とは比べ物にならないほど荷物が増えていた。

 ジョージ・タイラーは広々とした部屋が好きだったようだが、カノンは物があふれた部屋が好みなのだろう。

 神とはいえ、二人の性格がよくわかる。

 ダグラスが周囲を見回しながら歩いていると、見覚えのあるところに着いた。


(食堂か。そういえばお腹が空いたな)


 馬車に乗っている時も軽食は取ったが、本当に軽くだ。

 安全な場所にまできた安心感から、久しぶりに神の食た物を食べたくなってくる。


「あの、先に食事をしてもいいでしょうか?」

「それでは私が調理する事に同意していただけますか?」

「作ってくれるんですか? お願いします」


(なんだか同意ばかり求めてくるな……)


 煩わしいと思ってしまうが、彼女がゴーレムならば仕方ない。

 命令の手順があるのだろう。

 ダグラスも、さすがにゴーレムに関する事まで詳しくない。

“そういうものだ”と思って、特に気にしていなかった。


「ご希望の料理名をお願い致します」

「えーっと……。じゃあ初めてここで食べた、肉と玉ねぎと米の料理が食べたいです」

「検索致します」


 またしてもアリスは白目になった。

 しかし今度は先ほどよりも短い時間だけだった。


「レトルトの牛丼ですね。今のダグラス様の体調に合わせて私が作る事もできますが、いかがなさいますか?」

「早く用意できるほうで」

「かしこまりました」


 アリスは冷蔵庫に向かい、手を扉に押し当てた。

 そしてすぐに扉を開く。

 中にはレトルトの箱があった。

 ダグラスたちとは違って、光る板を操作せずに取り出せるようだ。

 冷蔵庫のような古代文明の遺物は、人間よりもゴーレムのほうが簡単に使いこなせるのかもしれない。

 そのような場面を見ると、人間にしか見えない彼女も、やはりゴーレムだったのだと強く再認識させられる。


「お飲み物はいかがなさいますか?」

「水で」


 アリスはレトルトの牛丼をレンジで温めながら、箸とスプーン、水の入ったコップをダグラスの前に置く。

 その時、ふと思い出した事を尋ねる。


「そういえば、奥の部屋にある光る箱。カノンさんはあれを壊して途方に暮れていたんですけど、アリスさんは直せなかったんですか?」

「光る箱ですか……」


 またしてもアリスは白目を剥いて考え出す。


「パソコンの事であれば、修復は可能です。ですが私には触れる権限がありません。カノン様の許可が必要です」

「カノンさんは直せと命じなかったんですか?」

「はい。パソコンに関しては、キドリ様と話をされただけで私に話を振られる事はございませんでした」

「そうなんだ……」


(彼女に命じて直してもらえば、東まで行かなくてよかったんじゃないか? 彼女も“直せますよ”の一言くらい言ってくれていればよかったのに……)


 だがゴーレムにそこまで求めるのは酷というものだろう。

 人に命じてもらわねば動けない人形に過ぎないのだから。


「お待たせ致しました。出来立てお熱くなっておりますので、火傷にお気をつけください」


 彼女と話している間に調理が終わったようだ。


「じゃあ、先にいただこうかな」


 カノンについて気になる事はある。

 だがそれを尋ねるよりも、まずは空腹を満たそうと、ダグラスは食事に取りかかった。



 ----------



「ふぅ、ごちそうさま」


 これはただの食後の挨拶ではない。

 久々に味を感じられる食事ができたので本心から自然と漏れ出た言葉だった。


「それにしても、カノンさんたちはここで遊んでいただけだったなんてな……」


 食事中に、アリスからカノンたちの話を聞いていた。

 カノンとキドリは巨大な機装鎧を見て、大層喜んでいたそうだ。

 屋敷の外に所狭しと並んでいたのは、作り出した機装鎧を消し去るのがもったいなく思って消せなかったかららしい。


 そして彼女の話で興味深かったのは、あの巨大な機装鎧が、ダグラスの知る機装鎧の原型になったものだという事だった。

 なんでも大昔にジョージが巨大な機装鎧に乗って世界の空を飛び回っていたらしい。

 空を自由に飛び回る姿を見て、古代文明の人間たちが機装鎧を作りだしたそうだ。

 そのような話を聞くと、あの大きな機装鎧に乗ってみたくなる。


「パーティメンバーのダグラス様には操縦権限がございます」

「本当ですか!」


 試しに聞いてみると、すんなり許可が出た。


「じゃあ――」


 そこでダグラスは、ある事を思い出す。


「でも僕には魔力がないので……」


 ダグラスが肩を落とすと、アリスがまた白目を剥いて検索モードに入る。


「大丈夫です。この世界で魔力と呼ばれている生体エネルギーを必要としないモビルアーマーもございます」

「あるんだ……。そうか、乗る事ができるんだ……」

「ただし、この世界でエネルギーの補給可能な場所がないため、エネルギーが切れた場合は動かせなくなります。長期間の活動は必要な場合、魔力と呼ばれるもので動かせるタイプをオススメします」

「魔法が使えないから、魔力を使わないのでお願いします。どんなものがありますか?」

「それではご説明させていただきます」


 ――魔力がなくとも動かせる機装鎧がある。


 それはダグラスにとって希望に満ちた言葉だった。

 使えるのが片道だけでもかまわない。

 カノンと会う事ができればいい。

 それに片道だけでも早く移動できるし、なによりも機装鎧を動かせるのだ。

 初めておもちゃを与えられた子供のように、ダグラスは目を輝かせていた。

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