第111話 カノンとの再会 2

(カノンさんが来ていたという事は、勇者様の新しい機装鎧でも選んでいたんだろうか?)


 領域内に所狭しと並んでいる巨大な機装鎧を見て、ダグラスはそう思った。


(だけど片付けもしないなんて……。やっぱり神様には機装鎧なんて石ころのような価値しかないんだろうか?)


 だがカノンは初めてキドリを見た時にテンションが上がっていた。

 彼にとっても珍しいもののはず。

 だというのに、もう興味を失ったかのように並べて放置している。

 まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように飽きが早い。

 ダグラスには“もったいない”としか思えなかった。

 近くにある機装鎧に触れる。

 軽く触れただけでも重厚な装甲を感じる事ができた。


(この中の一つでも自分のものにできたらいいのになぁ)


 残念な事に、ダグラスには魔力がない。

 だから機装鎧も使う事ができなかった。

 そもそも機装鎧を扱いこなす事ができるのは、極一部の選ばれし者のにである。

 魔力があったとしても、扱いこなせるかは別物だ。

 もったいないが持っていく事はできなかった。


 ダグラスは諦めて屋敷へ向かう。

 カノンがなにをしていたのかを軽く調べ、食料を補充しなければならない。

 いつまでも感傷に浸っている暇はなかった。

 中に入るため玄関の扉を開く。


「いらっしゃいませ」

「うおっ!?」


 扉を開くと、着物を着た少女が三つ指をついてダグラスを出迎えた。

 扉越しどころか、目の前にいるにも関わらず一切の気配を感じない。


(かなりの強者か!)


 ダグラスは格上の存在だと思い、とっさに飛び退き、ナイフを構える。

 だが女は動じなかった。

 無機質な笑みをダグラスに見せるのみである。


「いかがなさいましたか?」

「お前は何者だ!」

「私はお手伝いアンドロイドのアリスです。カノン様より屋敷の維持管理を任されております」

「カノンさんに……」


 ダグラスは警戒を解く。

“カノンに屋敷を任されている”という言葉だけならば、まだ警戒していただろう。

 ダグラスの知る限り、カノンがそばに置いておくなら、きっと彼女のようなタイプを選んだだろうという気がしていた。

“美少女だから傍仕えとして置いているのだ”と思えば、さほど不自然ではなかった。


「……ところでアンドロイドとは?」


 ダグラスは気になっていた単語の意味を尋ねる。


「カスタマーサービス向上のため、お客様の情報を利用するのに同意していただけますしょうか? 同意していただければ満足していただける回答ができる可能性が高まります」

「あぁ、かまわない」


 アリスは、わけのわからない事を聞き返してきた。

 よくわからない質問だが、ダグラスは情報がほしい。

 だから彼は同意した。

 するとアリスの目が白目に変わり、そこから光を放った。

 ダグラスは思わず顔を背ける。

 同時に言葉に言い表せられない不快感を覚える。


(まるでカノンさんと初めて会った時のような感覚だな)


 彼も指で四角い枠を作り、その中からダグラスを見ていた。

 あの時と似た感覚である。

 自分の中まで見透かされているような感覚が不快だった。

 だがそれもすぐに終わる。

 アリスの目から放たれていた光が消え、目が元に戻る。


「お待たせ致しました。アンドロイドとは、人に作られた機械でございます。ダグラス様の世界ですと、ゴーレムという表現のほうが合うかと思われます」

「ゴーレム!? あなたが?」


 ダグラスの知るゴーレムとは、石や鉄で作られた人形だった。

 しかし、目の前にいるアリスはどう見ても人間である。

 とても彼女の言葉は信じられるものではなかった。

 だがそれはダグラスの常識という物差しで測った場合である。

 カノンは、ダグラスでは計り知れない存在である。

 人間のようなゴーレムも作り出せるのかもしれない。


「では次の質問です。カノンさんが僕に伝言を残したりはしていたか教えてください」

「検索の結果、ダグラス様に関する会話は一件です。映像を再生しますか?」

「再生?」

「カノン様の会話しているシーンが映し出されます」

「……ではお願いします」


 アリスは、よくわからない言葉ばかり使う。

 彼女と話していると、カノンと話しているかのように錯覚してしまう。

 カノンを彷彿とさせるアリスの言葉に従うと痛い目に遭いそうだが、今は信じるしかない。

 なにが起きるかわからないため、ダグラスはいつでも逃げ出せるように身構える。

 だがダグラスに異変は起きなかった。


 ――起きたのはアリスにである。


 彼女は口を大きく開くと、喉の奥から先端にガラスがはめ込まれた金属質なものが現れる。

 あまりにも異様な光景に、ダグラスはビクリと体を震わせる。

 ガラスの先端から光が投影される。

 しかし、その光は太陽の光などとは違い、ダグラスの前で止まっていた。


『――ンさんの趣味でしょ。絶対そうだ』


 キドリの声が聞こえる。

 彼女はカノンと向き合って、なにかについて話している。


『美少女型アンドロイドは男のロマンなのですよ。こんな子が出迎えてくれたら仕事から疲れて帰ってきてもやる気がでるんです』


 カノンの声も聞こえてきた。

 まるで二人がそこにいるようだ。

 しかし、二人がここにいない事はわかっている。

 だからダグラスにも、過去にあった事を映し出せる魔法のようなものだろうと考えた。


『えー、そうかなぁ』

『キドリさんも美少年型のアンドロイドを持ってみればわかりますよ。出してあげましょうか?』

『うーん、それなら渋いオジ様系執事アンドロイドとか?』

『おや、キドリ様は渋いおじさんが好みなんですか? では私などどうでしょう』

『申し訳ないですけど、ユベールさんは私の好みではないです』

『そこまでキッパリ言わずともよろしいのでは!?』


 姿は見えないが、どうやらユベールもいるらしい。

 彼の事を懐かしむよりも、ダグラスは関係ない事に思考が移っていた。


(自分が見ていたものを残す事ができる? だとすれば、スパイ活動も簡単になるじゃないか!)


“〇〇が裏切っている”

 そのような会話を聞いたとしても、手紙などの証拠がなければ処罰はできない。

 しかし、アリスがいれば違った。

 彼女に内通の場面を見せていれば、物的証拠など確保せずとも処罰を与えられるだけの証拠となる。

 ただのゴーレムに、そこまでの機能を持たせるなど、大陸一の魔法使いでも難しいだろう。

 アリスの力一つで、カノンのでたらめさを実感させられる。


『ダグラスさんのような若者の意見も聞ければよかったのですけど』


 自分の名前が出てきた事で、アリスの能力について考えていたダグラスは、目の前の映像に意識を集中させる。


『ダグラスさんは、マリアンヌさんの事が好きそうだったからアンドロイドに興味なんて持たないんじゃない?』

『甘いですね』


 カノンが顔の前でチッチッと指を振る。


『男はね、好きな相手が隣にいても、目の前で美女が胸をブルンブルン震わせていたら、そっちに視線が釘付けになるものなんですよ。ダグラスさんも、きっとこの子の虜になるでしょう。文化は違えど美少女型アンドロイドの魅力をわかってもらえるはずです』


「もっとまともな話の流れで名前を出してくれよ!」


 ダグラスは思わず叫んでしまう。

 もっと普通に“ダグラスが来たら、先に言って待っていると伝えてくれ”という伝言を残してくれているものだと思っていた。

 だというのに、ダグラスの名前が出てきた話題はろくでもないものだった。


『それってカノンさんだけなんじゃないですか?』

『本当ですって。男はみんなそんなものです』

『主語を大きくする人の話って信用ならないんですけどー』


 キドリが顔をしかめたところで映像が消えた。

 どうやらダグラスに関して名前が出たのは、本当にそこだけだったようだ。

 別に“ダグラスがいないと寂しい”と言ってくれているのを期待していたわけではない。

 だが予想していた最低限を突き抜ける話題だったので、ダグラスは大きく肩を落とす。

 そんな彼の前にアリスが歩み寄ってくる。


「なにか?」


 ダグラスは近づいてきた理由を尋ねる。

 しかしアリスは返事をせず、真顔でジャンプをした。

 その場で何度も飛び跳ねる。

 確かに胸は大きいようで、飛ぶたびに揺れているのがわかった。


「いかがでしたか?」


 彼女はジャンプをやめると、ダグラスにそう問いかける。


「カノンさんを殴りたくなりました」


 その質問に、ダグラスは控えめな表現で応える。


(あぁ、そうだった。何度かあいつを痛めつけてやろうと思ってたっけ)


 カノンがアリスに“実際に試してダグラスの反応を見ておけ”とでも命じていたのだろう。

 沸々とカノンへの怒りが込み上げてくる。

 この場にいれば、骨の一本も折っていただろう。


(でも我慢だ。マリーのためにも我慢するしかない)


 カノンとしてはちょっとしたジョークのつもりだったが、ダグラスには人を舐め切った行動にしか思えなかった。

 こうして、また一つカノン抹殺ポイントが増えていく。

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