第108話 逃避行 7

 洞穴の中で夜を明かしたダグラスは、まずは洞窟内の死体を漁った。

 死者に金目の物は必要ない。

 冒険者の死体からは特別なものが見つかる事を期待したが、金銭以外にめぼしいものはなかった。

 まだ金があっただけマシではあるが、あまり荷物が増えるのも困る。

 これはこれでよかったのかもしれない。

 そう思い直し、ダグラスは洞穴を出る。


 次に目指すはエルフの村だ。

 そこを経由して、森の反対側に出る。

 それが最短ルートだからだ。

 川で水を補充してから村へと向かう。


(でもあのサキュバスのように、トレント以外の魔物もいるかもしれない。気をつけないと)


 エルフが住んでいた頃は、魔法で退治していただろう。

 それができなくなったため森の中が魔物の住処になっている可能性もある。

 日中だからといって安全だとは限らなくなった。

 一人で周囲の警戒をしきれない。

 どこかに穴ができてしまう。

 こういう時は適当な冒険者に“エルフの村に漁りに行かないか?”とでも言って同行させておけばよかったと思う。

 そうすれば見張りの目と、いざという時の身代わりが確保できていただろう。


 しかし、ないものねだりはしていられない。

 今、一人なのは変えられないのだ。

 黙って足を動かすのみ。


 昨日、走り続けていたのがよかったのだろうか。

 思っていたよりも村に早く着く事ができた。


(それにしても、このありさまは酷いな……。エルフは森と共生しているというのは嘘だったのかな?)


 ダグラスが、そう思ってしまうほど村の状況は悪かった。

 家は徹底的に破壊され、土台部分しかまともに残っていない。

 まるで強く恨まれているかのような壊し方だった。

 この森にいるトレントも“イビルトレント”と言われるくらいなのだから悪しき力で動いているのだろうが、その原因がエルフにあったかのように錯覚してしまう。


(これじゃあ貴重品もなさそうだな)


 誰もいなくなったエルフの村で物色するつもりだったが、それもできなさそうだ。

 そうなると予定も変わる。

 ダグラスは休憩を取りながら、今後の事を考える。


(森を抜けるのにエルフで三日。でもそれは歩いた時の計算のはずだ。急げば今日中に通り抜けられるかも?)


 ――森を通り抜けるのにエルフで三日かかると言われていた。


 だが噂は噂である。

 現にダグラスは一日でエルフの村まで着いた。

 ならば、もう一日で森を抜けられるかもしれない。

 普通の人間ならば難しいかもしれないが、ダグラスは普通ではない。

 常人であれば苦しくて足が止まるくらい疲れるところも、ダグラスならば歩き続けられる。

 仮眠を取って安全策を取る事もできなくもない。

 だが、ダグラスは一日も早くこの国を出たかった。


 ――早くカノンを連れ戻したい。

 ――この国にいると危険だ。


 二つの意味で早めに国を出なければならなかった。

 森を抜けられなくても一日くらいならば寝なくても問題はない。

 挑戦してみる価値はあった。


(よし、やってみるか!)



 ----------



 強気の行動に出たダグラスだったが、その日の夜には後悔する事になった。


(森の出口はまだか!?)


 走っても走ってもまだ外が見えない。

 エルフの村は森の真ん中にあるといっても、本当にど真ん中にあったわけではないらしい。

 西寄りにあったため、東へ抜けるのに予想以上に時間がかかるようだ。

 自分の見通しの甘さを呪う。

 だがそれでも夜が明ける頃には森を抜ける事ができた。


 さすがにダグラスもこれ以上は動けそうになかった。

 腰を降ろせる場所を探し、少し休む。


(森は抜けられた。あとは国境をどう越えるかだな)


 一番手っ取り早いのは、人気のないところからブランドン王国へ入る事である。

 だがそれでは近くの街で馬車に乗るまでに時間がかかってしまう。

 こうして休んでいる間にも、カノンはどんどん東へ向かっているのだ。

 これ以上、遠回りはしたくはない。

 アルベールの街を経由するのが早いのだが、ダグラスを国外に逃がさぬため当然関所付近は守りを固められているだろう。

 ここでも安全と速度の二つが天秤にかけられていた。


 しかし、ダグラスには希望があった。

 アルベールの街には、ユベールの娘夫婦がいる。

 彼らはエルフであるが、カノンにユベールを助けられたという恩義がある。

 カノンの従者というのを強調すれば協力してくれる可能性があった。


 次の行動が思いついたら動き出すのは早い。 

 ダグラスは街の近くで薪を拾っている住民に声をかけ、銀貨一枚を渡して一緒に街中へ入れてもらった。



 ----------



 街中に入ると、まずは店が閉まるのを待った。

 おそらくこの街にも手配書が回っている。

 店員や客など、不特定多数に顔を見られたくなかったからだ。

 店が閉まり、店員たちが帰っていく。

 だがそこにジャンやソフィの姿はなかった。

 まだ中にいるようだ。

 ダグラスは店の鍵を開け、中に入ってから鍵をかけ直す。


 二階から話し声がする。

 どうやら店舗の二階が自宅になっているようだ。

 ダグラスは忍び足で階段をあがる。


「今日の売り上げもよかったみたいね」

「あぁ、でも新作料理も考えないとな。今が上手くいっているからといって気を抜いちゃいけない」

「期待してるわね」


 声が聞こえるのは二人だけ。

 他に人気はなさそうだった。

 居ても寝ていたりして反応はできないはず。

 ダグラスは思い切って、彼らの前に姿を現す。

 突然現れた不審者に、二人は恐怖の表情を浮かべる。


「怪しい者ではありません。話を聞いてください」

「嘘つけー! 鍵をかけたのに、物音も立てずに入ってくる奴が怪しくないわけないだろう!」

「それはそうですけど……」


 ジャンの鋭いツッコミに、ダグラスは口籠ってしまう。

 しかし、顔を見せていたのが功を奏した。


「あっ、あなた……。カノン様と一緒にいた……」


 ソフィがダグラスの事を覚えてくれていた。

 だが彼女の表情には恐怖が張り付いたままだった。

 どうやら、彼女も手配書の事を知っているらしい。

 しかしダグラスも黙ったままではない。

 まずは事情を説明しようとする。


「覚えていてくださったのなら話は早い。実は――」


 ダグラスは――


 カノンに頼まれて吸血鬼のマリアンヌをシルヴェニアに連れて行ったが、そのせいでクローラ帝国内の過激派から裏切り者として命を狙われるようになった。

 彼らはダグラスだけではなく、カノンやユベールも狙っている。


 ――という説明をした。


 半分は嘘であるが、これもダグラスが無事に国境を越え、カノンと合流するための方便である。

 これで彼らも積極的に協力してくれるようになるかもしれない。


「ですので、状況を知らせるためにも国境を越えたいんです。この街で店を営むジャンさんなら、知り合いに誰か密出国の手引きをしてくれる人を知っているんじゃないですか?」


 一縷の望みを託してジャンに頼る。

 だが彼らは“ユベールも危険だ”という話を聞いても協力を渋っている様子だった。

 そんな二人を見て、ダグラスは呆れる。


(やっぱりエルフはエルフか。どうせ金目当てだろ)


 ダグラスはカバンの中から拳大の袋を取り出す。

 レジスのところから持ってきたもので、銀貨が詰まっている。

 それをジャンの足元に放り投げる。

 すると、ジャンは素早くそれを拾い上げた。

 手でしっかりと重みを確認するだけではなく、袋の中身もしっかり目視で確認していた。

 彼らは中身を見て満足そうな笑みを見せる。


「ねぇ、あなた。お父さんが大変な事に巻き込まれたら悲しいわ。なんとかしてあげられないかしら」

「あぁ、そうだな。こんな大変な時に仲間割れなんてとんでもない奴らだ。お父さんやカノン様に知らせておいたほうがいいだろう。だが、国境を越えさせるのは難しいな……」


 ――国境を越えさせるのは難しい。


 という事は“できない”というわけではないのだろう。

 ダグラスは、もう二つ袋を彼の足元に放り投げる。


「業者の紹介料込みで、それが僕にできる最大の誠意です。できればゼランの街にまで行く馬車に乗れると助かります。あそこなら僕をカノン様の従者だと知っている者もいますので」


 カノンであれば交渉でどうにかできたのかもしれない。

 だがダグラスには金で解決する以外、エルフを納得させる良い方法が思いつかなかった。

 ジャンはまたしても袋に飛びつき、中身を確認する。

 彼は満足そうに何度もうなずく。


「ではゼランに向かう巡礼者の中に紛れ込ませてやろう。ドリンの聖地は一般人が立ち入りできないというのと、ゼランのほうが近くて聖地に近づける事から、そちらへ聖地巡礼に向かう者は多い」

「巡礼者ですか……。でもそれで関所を通れるのでしょうか? 顔を確認されたりしませんか?」

「通れるさ。この時期に聖地巡礼などできるのは金持ちや権力者の身内くらいだ。誰が通ったかなんて確認して不興を買ったらつまらんだろう? 密出国や密入国の常套手段になっているから成功する。ちょうどその手引きをしている奴を知っているから紹介してやろう」

「では、それでお願いします」


 エルフを動かすには、目に見える報酬が有効なようだ。


(この人たち、エルフ同士とはいえよく一緒に暮らせるな)


 もしダグラスがエルフと結婚していたら、きっと一週間もしないうちに離婚しているだろう。

 似た者同士だからこそ一緒にいられるのかもしれない。


 ――地獄の沙汰も金次第。


 そんな言葉もあるくらいなのだから、この世界がすでに地獄なのかもしれない。

 エルフの姿を見ていると、ダグラスはそのように錯覚してしまいそうだった。

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