第105話 逃避行 4

 馬車は警戒されているだろうと思い、徒歩による移動となった。

 そのためダグラスの旅路は速度を落とす事になる。

 だが仕方ない事だった。

 クローラ帝国軍だけではなく、レジスたちも敵に回したのだ。

 捜索はより厳しくなるだろう。


 カノンが向かったであろう国境の街であるアルベールへ行くのが一番いい選択のはず。

 しかし、東西を結ぶ主要街道だけあって道中の検問も多い。

 そこでダグラスは遠回りになるが安全そうな道を選んだ。


 ――主要街道から外れているものの、旅人が訪れても不思議ではない程度の規模の街や村。


 そういったところを中心に移動する。

 幸いな事に路銀には余裕ができた。

 一度に購入して店員の記憶に残るが嫌だったので、保存食なども小分けにして買い溜めていく。

 ダグラスはアルベールまで目立たずに進むルートに思い当たるところがあった。

 目立たぬように、なおかつ急いで目的地へと向かう。


「そこの兄ちゃん、東へ向かうのはやめておきな」


 目的地まで、あと村一つ越えればいいというところまで来た時、村人に声をかけられる。


「なぜでしょうか?」

「ここからでも森が見えるだろう? あの森にはエルフが住んでいたんだが、世界が暗くなった日から木が魔物になって住めなくなったそうだ。日に日に森が広がってくるから、森の近くの村の奴らは怖くなって村を捨てて逃げ出した。あっちに行くのは危険だぞ」


 どうやら村人は危険を教えてくれているようだ。

 だがそれはダグラスも知っていた。

 これから向かう先は、ユベールの住んでいた森。

 トレントが現れてエルフが逃げ出したという森なのだから。


「あぁ、その事なら知っています。エルフの友人から家の様子を見てきてほしいと頼まれたので見に行くところですから」

「エルフの友人!?」


“森に行く”というのではなく“エルフの友人がいる”という事に驚かれてしまった。

 ダグラスも気持ちはわからなくもなかった。

 村人は、ダグラスの事を舐め回すように見る。


「まぁそういう事なら……。俺は見た目で強さがわからんが、わかって行くなら腕に自信がある冒険者なんだろうな。気をつけてな」

「ありがとうございます」


 最近のダグラスは追われてばかりだったので、人の優しさが身に染みる。


(店員以外とのまともな会話は久しぶりだな)


 ブランドン王国にも手配書は回っているかもしれないが、国境を越えれば一息つけるだろう。

 今しばらくの我慢だと思い、ダグラスは森へと向かった。



 ----------



「なんだ、これは……」


 森の近くの村落跡。

 そこに着いた時、ダグラスの口から言葉が漏れた。


 ――村の中に木が生えている。


 それだけなら珍しい事ではないが、田畑や壊れた家のど真ん中に生えている光景は目を疑うものだった。


(これがトレントか)


 トレントとは魂の宿った木の魔物である。

 だからか日の当たるところを好み、日中は眠っていて夜間に動き出す。

 だが分類は魔物とはいえ、狙うのは悪しき心の持ち主・・・・・・・・森を荒らす者・・・・・・のみ。

 森の守護者として森を守ってくれている面もあるが、人類にとっては敵でもあるので魔物扱いされているだけである。

 自然と共存するというエルフが狙われたのは、心が汚れていたからだろう。


 そういった情報をダグラスは聞いていた。

 彼自身、トレントに命を狙われる側の人間だ。

 できるだけ近づかないように心がける――つもりだった。


(森の外まで出てきているっていう事は、森の中には数え切れないほどいそうだな……。無事に森を通り抜ける事ができるだろうか?)


“今からでも来た道を戻ったほうがいいのではないか?”という考えが頭に浮かぶ。

 だが、その選択は彼には選べなかった。


(早くカノンさんを探さないと。これ以上寄り道している時間はない)


 ――カノンを探し、シルヴェニアに連れて行く。


 そのためには彼に追い付かなくてはいけない。

 これ以上は時間を浪費する事はできない。

 だからこの森を進むという選択しかなかった。


 とはいえ、ダグラスも勢い任せでつっこむわけではない。

 森を踏破する確率を高めるためにも、準備は怠らなかった。

 まずは空き家の一つに荷物を置き、村の中に生えている木に近づく。

 人の顔のようなものが木の幹に浮かび上がっているので、昔からある木というわけではないだろう。

 二メートルほどまで近づくが、トレントに反応はない。


(昼間なら、この距離は大丈夫か)


 ダグラスはさらに近づいていく。

 危険な行為だが、これは昼間で密集していないからできる事だ。

 森の中でトレントに囲まれた状態で行える事ではない。

 さらに近づき、そっと手を触れる。


 ――だがトレントは動かなかった。


 確認ができたため、ゆっくりと距離を取る。


(敵意を持たなければ触れても大丈夫なのか。問題は動き出す夜だな。魔法が使えなくなったとはいえ、エルフが逃げ出すくらいだ。動きが素早く、狂暴に違いない。行動をどちらにするかが迷うところだ)


 ――昼間に行動し、夜に眠る。

 ――夜間に行動し、昼に眠る。


 どちらにも利点と欠点がある。


 昼間に行動すれば森を踏破する時間が短くて済む。

 だが夜間はトレントが動き出し、寝ているところを襲われるかもしれない。


 もう一方の夜間に行動するのは、月明かりが木々で遮られて暗い中を移動する事になるので時間がかかる。

 それにトレントに襲われて逃げ回る事になった場合、大きなタイムロスとなる。

 昼間は安全に休めるが、移動には時間がかかるだろう。


 どちらも一長一短といったところである。

 ダグラスの選択も難しい。


(うーん……。とりあえず今晩は村の端の家に泊まって、夜の状況を窺うか)


 今から森に入る気はないので、まずは疲れを取る事にした。


(それにしても、わざわざこの森に入る事になるとはなぁ……)


 ――かつてアルベールの店で会った冒険者たちは無事に通り抜けられたのだろうか?


 ダグラスは一度会っただけの相手を心配するほどのお人好しではない。

 だがこれから森を通る自分のためにも、彼らが無事に通り抜けられている事を願わずにはいわれなかった。

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