第104話 逃避行 3
「むふふっ」
レジスは上機嫌だった。
家に帰る足取りも軽い。
「隊長、その笑い方はキモイっすよ」
彼の部下が不気味な笑い方だと指摘する。
そんな部下に、レジスはより一層不気味さを増す笑みを見せる。
「お尋ね者が自分から来てくれたんだ。喜ばずにどうする」
――レジスはダグラスを売った。
カノンと会ったのは事実だったが、金を受け取ったのは嘘だった。
いくら財布のヒモが緩いカノンでも、シルヴェニアでマリアンヌとよろしくやってるかもしれないダグラスのために無駄金は使わない。
“もし来たらよろしく”と伝えていただけである。
そのためレジスにとって、カノンの言葉を守る義理などなかった。
もしあったとしても、あの時とは状況が違う。
やはり通報していただろう。
ダグラスを捕えるために、部下を五人連れてきていた。
「新しい神が降臨したって事で、教会勢力が力を増している。これで
「俺は?」
レジスは調子に乗ってしまった。
部下たちは彼の発言に引っかかるところを覚えた。
慌ててレジスは言い直す。
「まずは俺が中央に戻る。そうしたらお前たちもすぐに呼び戻してやるさ。信じろ」
「ホントかなぁ……」
「隊長が言う事だからな。信じられるはずがない」
「あぁ、きっと抜け駆けするつもりだ。みんな一緒に連れて行こうぜ」
「そうしよう」
「お前らなぁ……」
エルフらしい信頼感により、彼らの結束は強まっていく。
レジスは“こいつらを呼んだのは間違いだった”と後悔する。
しかし詰所に行った時に暇そうにしていたのは、遅番のエルフくらいだったので仕方がない。
ダグラスを捕まえたあと、どうにかして出し抜けばいい。
アパートに近づくと、レジスは窓や裏口の近くに二人配置する。
表には二人置き、一人は部屋へ同行させる。
「いいか、ヘマをするなよ。こんなチャンス、もうないかもしれないんだからな」
何度も“絶対に逃がすな”と言い聞かせる。
左遷先から中央に返り咲く絶好のチャンスだという事は部下たちもわかっている。
絶対にダグラスを逃がすまいと力が入っていた。
「じゃあ、行こうか」
「へい」
レジスが部下を連れて自室前に向かう。
ドアの鍵を開けようとした時、異変に気づいた。
「鍵が開いている」
小さな声で同行者に異変を伝える。
そして目配せをして、異変が起きた時のために心構えをしておこうと伝える。
長年同じ職場で働いてきた者同士、目配せだけでちゃんと伝わった。
レジスがドアを開けて、中に入る。
「お待たせー、実は部下と会ってな。彼も協力――」
部屋の中の異変にはすぐに気づいた。
――タンスやクローゼットが荒らされていたからだ。
「ま、まさか……」
嫌な予感がよぎり、レジスは荒れた室内に目もくれず寝室へと走る。
すると、ベッドが乱れているのが目に入った。
彼は慌ててマットレスの中を確認する。
「あ、あぁ……、嘘だろ……」
そこに隠していた金貨などがなくなっていた。
ダグラスに盗まれたのだろう。
この状況を、レジスは信じられない。
信じたくはなかった。
体に力が入らなくなり、その場にペタンと座り込む。
「逃げられたようっすね。金まで盗まれたんすか? 人間の小僧なんかに?」
彼の部下もあとを追ってきていた。
呆然とする隊長の姿を見て、今回の計画は失敗に終わったと確信していた。
「違う、これは、これは……」
――たかがた二十年生きているかどうかの人間に出し抜かれた。
それはエルフにとって不名誉極まりない事である。
レジスは隊長としての威厳を保つべく否定しようとするが、いつものように言い訳をする言葉が浮かんでこなかった。
(地方に左遷された時、女房や子供は俺を見捨てて単身赴任させられた。あの金はあいつらを取り戻すのに必要な金だったのに! 禁制品を見逃したり、積み荷をちょろまかして地道に頑張って貯めた金なんだぞ! それをあいつは!)
「ダグラスの奴めぇ! 人の恩を仇で返すとはなんたる外道だ!」
レジスの表情はオーガのような醜悪なものへと変わっていった。
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そのダグラスはというと、すでに街を出ていた。
(悪い事をしたかな……。いや……、相手はエルフで、しかも元異端審問官だった男だ。俺を売る可能性が極めて高かった。こうするのが一番だったはずだ)
異端審問官は魔族と繋がりを持つ者や人類に仇成す者を探し出し、処罰する者たちである。
吸血鬼のマリアンヌを無事に送り届け、騎士を殺したダグラスは、彼に不俱戴天の仇と見なされても仕方ない。
きっと今頃、彼は仲間を連れて部屋に踏み込んでいるところはず。
なぜならそれがエルフだからだ。
(でも路銀を確保できたし悪い事ばかりじゃない)
ダグラスは元暗殺者だ。
標的を狙うにあたり、行動パターンを調べたりもしていた。
犯罪者が金を隠す場所にもパターンがあり、その一つが当たりだった。
おかげで心許なかった路銀を補充でき、当面の間は金に困る事はない。
問題があるとすれば、街門の検査官から一方的に金を盗んだという形になってしまった事くらいだろうか。
今頃は街中の衛兵が一丸となってダグラスを探しているはずだ。
日が暮れ始めた頃に街の外に出る者はいない。
そのため通行を管理していた門兵から、ダグラスが外に出たとそう遠くないうちに知らされるだろう。
それまでに距離を取らねばならなかった。
(馬車の旅はここまでか。アルベールの街にはユベールさんの家族もいるし、監視も多いかもしれないし行けなかった。いつかは往路とは違う道を進むしかなかったんだ。ちょうどいい機会だと思おう)
ダグラスは、この状況を受け入れていた。
国境を越えれば追っ手はいくらかマシになる。
そこまでが大変だが、やってやれない事はない。
レジスの夕食用のパンをかじりながら、ダグラスは国境へと歩みを進めていく。
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