第99話 本来の評価 4
王宮に着くと、まずは役人による聞き取り調査が行われた。
こちらは以前に前線の砦で話した事を繰り返す。
しかし、一度話していた事もあり、ダグラスは流暢な説明をしてしまった。
その事を役人は“吸血鬼共と口裏を合わせているのでは?”と怪しんだ。
これはダグラスが“ここに来るまでの間、何度も説明してきたはずだとわかっているだろう”と思ったせいでもある。
以前の彼であれば、こうしたところにも気を遣っていただろう。
だが今は違った。
これまでは周囲に気を配る事ができた。
むしろ、そうする事しかできなかった。
だがカノンと出会って以来、彼は変わってしまう。
味覚を感じたり、マリアンヌに血を吸われる快楽を覚えてしまった。
“仕事をこなすのが生きる意味だ”と思い込んでいたダグラスにとって、これまで知らなかった世界が広がった。
まるで“若い頃は遊ぶ事に目もくれず働き続けていたが、年を取ってから夜遊びにハマる人”のように、カノンとの出会いが彼の人生を大きく変えてしまっていたのだ。
(仕事を済ませて、早くマリーに会いたいな。自分の子供ができた時、どんな気分になるんだろう。……あぁ、喉が渇いたな。)
こんな時にも、そんな事を考えて気もそぞろになっている。
これまで禁欲的な生活を過ごしていただけに、その反動も大きかった。
特にマリアンヌから離れた今、その気持ちは日に日に強くなっている。
「では報告を上げておきます。呼び出しに何日かかるかわからないので、指定のホテル近辺でお待ちください」
聞き取り調査が終わると、役人は事務的に対応する。
「あの、少しだけ神の領域に入ってもよろしいでしょうか?」
「参拝だけならば許可も下りるでしょうが……、カノン
「許可を得ていますので、取り消されていなければ入れるはずです。カノンさんを探すためにも、確認をしておきたいですから」
「その許可ならば早めに下りるかもしれません。確認してきましょう」
「お願いします」
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実際に許可は早く下りた。
これは“ダグラスがカノンに見放された存在なのか?”という確認をするためだった。
やはり一度“吸血鬼の従者”という印象を持たれてしまうと、世間の目は厳しくなるようだ。
聖地であるので勝手に動き回られては困るというのと、ダグラスが中に入る事ができるのか確認するために、馬車と護衛が用意される。
塔に着くと、拍子抜けするほどあっさり入る事ができた。
どうやらダグラスは、まだカノンに仲間だと思われているようだ。
その事を利用し、ダグラスは一直線に冷蔵庫へ向かう。
そこでまずは一本、ジュースを空ける。
(美味しい! ゼランまでは一ヶ月ほどだったから、三十本用意すれば――)
この時、ダグラスは“自分の分だけ用意していいものか?”という考えが頭に浮かんだ。
今、飲んでいるのは神の飲み物だ。
当然、敬虔な信者なら飲んでみたいだろう。
“そんな物を自分が飲む分だけ用意して、いいものだろうか? 妬まれないだろうか?”と思うと不安になる。
そこでジュースをカバンに詰め込めるだけ詰め込み、まずは護衛に配る事にした。
「神の飲み物はいかがですか? いくらでも用意できるので遠慮なくどうぞ」
ダグラスは蓋の開け方を教えながら渡す。
護衛の騎士たちは“神の飲み物を飲むなど恐れ多い”と戸惑っていた。
「おっ、美味い!」
だが一人の騎士が飲んだ事で、他の者たちも口を付け始める。
「確かに美味い。これほどのものならば陛下へ献上してもいいだろう。そうは思わないか?」
「それは……、そうかもしれません」
(しまった、裏目に出たか! いや、でも独り占めは反感を買ってしまう。持ち出した物を調べられるだろうし、こうするしかなかったはずだ。けど……)
どうやら藪蛇を突いてしまったようだ。
国王用に準備すれば、高位貴族にも用意しなくてはならないだろう。
穏便に事を進めるのには必要な事であったが、一日も早くカノンを探しに行きたいダグラスにとって、大きなタイムロスになってしまいそうだった。
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――ダグラスの予感は的中した。
あれから三日。
ダグラスは朝から晩まで飲み物を運び出すよう命じられていた。
(こんな事なら飲み物を用意しようなんて思うんじゃなかった。カノンさんの行き先だけ聞いて、さっさと出発しておくべきだったんだ……。マリー、君に会いたいよ……)
彼は無駄な時間を過ごしている現状を後悔していた。
そして同時に、後悔以上に強い感情がダグラスの胸を締めつける。
――マリアンヌと一日でも早く再会したい。
その思いが日に日に強くなっていく。
ダグラスは感情に従って決断する。
(もう飲み物なんてどうでもいい。明日、出発する事を伝えて出ていこう)
一度決断すれば、行動は早い。
ダグラスは街で保存食料を買い込んだ。
もう頭の中は“マリアンヌ”と“カノン”の事で一杯になっていた。
“食料の重み”を“子供を抱いた時の重み”と思えば、その足取りも軽くなる。
――だが彼の人生の中で、かつてないほど浮足立っていたせいで見落としてしまう事もあった。
「やぁ、ダグラス」
ここ数日で顔を覚えた騎士がダグラスの前に立って声をかけてきた。
「どうも」
「その荷物、そろそろ旅に出るつもりかな?」
「いえ、もう少しいるつもりです。これは旅立つ時に慌てて準備しなくてもいいように買っただけです」
正直に“旅立つつもりだ”と答える事はできなかった。
そんな事を言えば“役目を放棄するのか?”と言われかねない。
だが、ダグラスは見誤っていた。
――目の前にいる騎士の目的を。
ダグラスの周囲から人混みが消えた。
騎士が取り囲んだため、一般人は素早く逃げたのだ。
ダグラスは浮かれていたため、周囲に意識を向ける事を忘れてしまっていた。
(騎士がこんな往来の真ん中で仕掛けてくるのか!?)
――まだ自分には利用価値がある。
――ここは人間の領域であり、魔族の支配地域ではない。
そんな考えもあり、彼は油断してしまっていた。
そこでダグラスは荷物を手放し、地面に片膝を付き――
「騎士様、私が何か罪を犯したというのでしょうか? どのようなものかをお教えください」
――怯える若者を演じた。
こうする事で、周囲の民衆を味方に付けるつもりだった。
ダグラスは暗殺者だ。
正面切っての戦いで騎士には勝てない。
一番怖いのは、適当な理由を付けて襲いかかられる事だ。
しかし王宮へ連行されるのならば、まだ助かる確率はある。
この場で手を下す事ができない雰囲気を作ろうとする。
だが、騎士も甘くはない。
彼らの大義の前では、周囲の目などどうでもいいのだから。
「ヴァンパイアの下僕に成り下がった者が
正面にいる騎士が剣を抜くと、他の騎士たちがいる方向からも剣を抜く音が聞こえた。
(くそっ、こいつは話が通じなさそうだ)
こうなったのもカノンが現れたせいだった。
――神が降臨した。
魔法という存在があっても、神の存在は確認できなかった。
その神が実在したとわかり、信仰心の薄い信者は敬虔な信者へ、敬虔な信者は狂信者へと変わっていた。
――ダグラスは魔族のマリアンヌをシルヴェニアまで連れていき、帰ってきた早々に神の領域を踏み荒らした不届き者。
そんな罪人は許せないと思われたのだろう。
カノンがいた時には問題にならなかった事が、ダグラス一人の時では問題を引き起こしてしまった。
「天誅!」
剣がダグラスに向かって振り下ろされる。
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