第98話 本来の評価 3
ひとまずは、ダグラスの疑いは晴れた。
だが、それだけである。
砦にいる者たちは、彼がドリンに戻るために護衛を付けてくれたりはしなかった。
――吸血鬼と仲がいいだけの下っ端。
それがダグラスに対する世間の評価だったからだ。
カノンのように特別な力を持っているわけでも、機装鎧を動かせるわけでもない。
ただの若者だ。
補給の定期便に付いて帰るくらいなら許されるだろう。
だが“一刻も早く移動したい”というダグラスに、わざわざ護衛を付かなかった。
ただ完全に見捨てられたというわけではなく、水などの補給は認めてくれた。
危険な旅路を行く者への選別だろう。
ダグラスはありがたく受け取ると、砦を出発した。
魔物に襲われた時に備えて、いざという時は馬一頭に乗って逃げられるように準備はしていた。
だが結論から言うと、その必要はなかった。
今は魔族も攻勢を控えており、砦を繋ぐ街道は安全のため定期的に掃除されている。
意外な事に、魔物などに襲われる事なく通行できた。
ただし、無条件で無事に通れたというわけではない。
“もしかして魔族との内通者か?”と、どこの砦に行っても疑われてしまった。
危険地帯を一人で移動しているのだ。
そんな事をするのは、よほどの愚か者か、魔族の内通者で安全を担保されているものしかいない。
どこに行っても強い警戒心を持たれてしまった。
だが、一部の者にとってはそうではなかった。
最前線で戦う逞しい男たちとは違い、鍛えてはいるが一般人寄りの容姿を持つダグラスに、普通の男が好みな女冒険者が寝込みを襲おうとする事はあった。
しかし、ダグラスはなんとか逃げ切る。
魔族や魔物ではなく、人間に襲われそうになるとは皮肉なものである。
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(やっとここまでたどり着いた……)
農民の姿が見えると“危険地帯を脱した”と、ダグラスは安堵した。
ここまでくれば、命や貞操の危険から解放される。
(なんでシルヴェニアよりも、クローラ帝国のほうが気を抜けないんだか……)
モラン伯爵に襲われたり、マリアンヌの両親に敵視されるなどの命の危険もあったが、それ以外は命の危険を感じたりはしなかった。
人間の領域に戻ってからのほうが気が抜けない状況が続いている。
“こんな事なら吸血鬼に支配されたほうが人類は幸せなのでは?”などというふざけた考えまで浮かんでしまう。
だが農民が畑仕事をしているところまできたので、そんな考えはすぐに消えた。
一人旅をしている者を怪しむ視線はなくなったからだ。
残る問題は、一人旅の寂しさだけである。
ここからの旅路は順調で、一ヶ月ほどでドリンに着いた。
ダグラスは初めてこの街に来た時に泊まったホテルへと向かう。
そこに宿泊し、まずはホテルの従業員にカノンの事を尋ねる。
「カノン様ですか。確か……、ニ、三か月前に勇者キドリ様と救済の旅に出立されたはずです。それ以上はわかりません」
「そうですか、ありがとうございます」
(やっぱり出たあとか。なら帰るしかないのか、ボールドウィンに……)
――ダグラスの故国ボールドウィン。
できればあの国へ戻りたくはなかった。
もしかしたら、ダグラスの顔を知っている者がいるかもしれない。
そして、そいつに見つかるかもしれない。
ダグラスにとって命懸けの旅路となるだろう。
しかし、それでも行かなくてはならない。
カノンが神の領域に入ったあと、クローラ帝国に戻ってくるとは限らないからだ。
自分から彼を迎えにいかねばならないのなら行くしかない。
残念な事に、ダグラスには選択肢がなかった。
(でも、まずは王宮に確認を取ってみるか。支援してもらえるかもしれないし)
金銭的な支援はもとより、他国に入国する際の身分証明書などを発行してもらえたら非常に助かる。
入国がスムーズになるだけでも時間の短縮になるからだ。
それに一応クローラ帝国にも、シルヴェニアの状況などを報告しておいたほうが印象もいいだろう。
ダグラスは、まずは王宮へ向かった。
そこで門番に、フリーデグントとの面会を求める。
「フリーデグント様とユベール様は、勇者様に同行しているから不在だ」
だが彼女はいなかった。
こうなってしまうと、ダグラスは困った。
「国王陛下と面会がしたいというわけではありません。ただカノン様の従者がシルヴェニアから帰還し、報告をしたいだけなのだと誰かに伝えていただけないでしょうか?」
他に口利きしてくれるような相手が思い浮かばないため、仕方なく門番に頼む事にする。
「うーん……。こういう時、誰に報告すればいいかわかるか?」
「とりあえず、隊長に報告してみるか?」
門番も神の従者の扱いに困ったようだ。
もしもカノンがいれば、彼に伝えていただろう。
しかし今のダグラスは、救世の旅に置いていかれた元従者という扱いである。
シルヴェニアの情報を持っているとはいえ、誰が担当するのかがわからなかった。
これもダグラスの立場や評価がハッキリとしていないせいだ。
結局、隊長に報告するという結論になり、門番の一人が坂道を下って地下へと降りていく。
彼が戻ってくるまでの間、ダグラスは手持ち無沙汰になった。
そんな彼に門番が話しかける。
「シルヴェニアで人間はどんな扱いを受けていたんだ? やはり奴隷のような扱いを受けていたのか?」
ダグラスの話を聞いて、シルヴェニアの事が気になったようだ。
他の門番たちも気になっていたのか、ダグラスに視線が集まる。
「奴隷……、ではなかったですね」
ダグラスは簡単に、シルヴェニアに住む人間がどんな暮らしをしていたかを語る。
話を聞いているうちに、だんだんと門番たちの顔色が青ざめていく。
「人間は奴隷どころか、食料扱いをされているのか……」
「いや、まぁそれも間違いではないんですけど……」
「やはり恐ろしい奴らだな」
――人間を食料扱いしている。
その事は間違いではない。
しかも自分好みの味になるよう、運動させない者や食べ物を制限していたりする。
家畜のような扱いだと思うのも無理はなかった。
だがダグラスは“吸血鬼が人間のために働いている”という事も話していたのに、彼らはそういった部分を無視した。
やはり“魔族は敵だ”という感情が強いのだろう。
彼らの良いところは無視されていた。
(仕方ないか。俺だってマリーと会う前はただの敵としてしか認識していなかったからな)
ダグラスも彼らの考えに理解を示した。
今でも“吸血鬼と結婚するかもしれない”“自分の子供ができた”という現実を信じられないくらいなのだ。
過去の自分に“将来、吸血鬼との間に子供ができるよ”と教えても絶対に信じなかっただろう。
だが門番たちの態度もよくわかる。
しかし、それでは両国の関係が冷え切ったままである。
まだシルヴェニアは友好的な関係を築けそうな相手だったので、ダグラスは良い印象を与えようと頑張った。
シルヴェニアの印象を好転させようとしているうちに、地下からドワーフやエルフが上がってくるのが見えた。
門番たちは雑談をやめて姿勢を正す。
「シルヴェニア帰りの若者とは君の事か?」
「はい、以前はカノン様の従者をしておりました」
「シルヴェニアの事は陛下も気にかけておられる。付いてくるがよい」
「今からですか!?
「そうだ」
「かしこまりました」
ダグラスとしては、誰かと面会する約束ができたらいいという程度の気持ちで来ていた。
いきなり国王と会う事になるというのは予想外である。
地下にある王宮へ向かう坂道を下りながら“もっと綺麗な服を着てくるべきだった”と後悔していた。
そんな事を思い悩む彼の背後で、一人のエルフが門番から報告を受けていた。
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