第97話 本来の評価 2
砦の中に入れてくれはしたものの、ダグラスに周囲から冷ややかな視線が向けられた。
その理由がわからないため、ダグラスは居心地の悪い思いをする。
(最近、戦闘でもあったのか? ……いや、昔からヴァンパイアと戦っていたんだ。彼らと仲良くしていた人間なんて歓迎できないか)
――吸血鬼とは殺し合った間柄。
しかもアンデッドは生きとし生ける者の共通の敵である。
事情があったとはいえ、そんな相手と仲良くしている者を面白くは思わないだろう。
半ば裏切り者として見られているのだろうと、ダグラスは見当を付けた。
「食事を用意するから食っていけ」
「いえ、先を急いでいるので結構です」
出迎えてくれた騎士らしき男が、ダグラスに食事を勧める。
だがダグラスは一刻も早くカノンと合流したい。
食事は携帯食料で済ませるつもりだった。
「
「今は……」
――お腹が空いていない。
そう答えようとして、ダグラスは口を閉ざした。
(そうか、わかったぞ! 俺がデミ・ヴァンパイアになっていないか怪しんでいるんだ!)
フェリベールの眷属――半吸血鬼たちが護衛に就いていたので、いつも夜に移動していた。
その生活にダグラスも慣れてしまっていたせいで、夜に訪れてしまった。
日中であれば日差しを浴びて無実を証明できるが、今はそれができない。
吸血鬼の国に入っておきながら、五体満足で戻ってきたダグラスを疑うのも無理はない。
まずは人間である証明をしなければならなかった。
「あまりお腹が空いていませんが――」
ダグラスを見る騎士の視線が鋭くなる。
「――馬に水を飲ませてやりたいですしね。少し休憩させていただきます」
「あぁ、かまわん。馬丁に世話をさせておこう。なんなら、朝になるまで休んでいってもいいのだぞ。夜は危険だからな」
「それではお言葉に甘えて一晩の宿をお借りします。もう護衛の人たちは帰っているようですしね」
往路はマリアンヌを安全に送り届けるための護衛がいたが、あれはカノンの頼みがあったからだ。
ダグラスたちがシルヴェニアに入った時点で、彼らの任務は終了。
すでに帰国している。
それはダグラスが単独でドリンまで移動せねばならないという事だ。
さすがに対魔族最前線の地で、星明りがあるとはいえ夜に移動する気にはなれない。
彼らの疑念を晴らすためにも、今夜は泊まっていくのが無難だとダグラスは判断した。
「では部屋まで部下に案内させよう」
「ありがとうございます」
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(なんでありがとうなんて言ってしまったんだろう……)
部屋までの道中、ダグラスは表向きとはいえ感謝の言葉を言った事を後悔した。
――彼がそう思ったのは、部屋への案内をしてくれている兵士が、ダグラスを挟むように前後に二人ずついたからだ。
これでは案内役ではなく、ただの見張りである。
ここまで警戒されると、さすがにダグラスも面白くない。
“一晩だけの我慢だ”と自分を落ち着かせる。
「こちらの部屋をお使いください」
「どうも」
案内されたのは地下牢だった。
「ここは最前線の砦です。客室などはないため、ここで我慢してください」
兵士はダグラスの不満を和らげようと理由を説明する。
だがダグラスは不満に思っていなかった。
(魔物がいそうな土地での野宿よりはマシだ。むしろ砦の中で最も安全な場所ですらある)
牢屋は簡単に脱走できないよう地下に作られていた。
魔法の使えない現状では、大型の魔物でも来ない限りは破壊される事はないはずだ。
扱いについての不満は残るが、本当に安全な場所を提供した可能性を考えれば、むしろ好印象だった。
「それでは食事がくるまでお待ちください」
兵士はそう言うと、牢屋の扉を閉じてガチャリと鍵をかける。
さすがにダグラスも、これにはムカッとした。
(これも安全のため、安全のためなんだ……)
自分にそう言い聞かせて、ダグラスは落ち着こうとする。
水の入った樽や保存食料などは馬車に残しているが、ナイフなどの手荷物は取り上げられてはいない。
警戒はされているが、
疫病患者の隔離のようなものだと思えば納得できた。
手持ちの道具で牢屋の鍵は開けられるが、そんな事をすれば余計に怪しまれるだろう。
ダグラスは大人しく様子を見る。
逃げようと思えば、いつでも逃げられるという状況がダグラスに余裕を与えていた。
それでも万が一に備えて、身を守る準備は整えておく。
食事が運ばれてきたのは、準備が終わったあとだった。
その時、ダグラスは異臭に気づいた。
「待たせたな」
今度は騎士や兵士といった軍人だけではなく、冒険者らしき者たちの姿もあった。
彼らは異臭の原因であるスープをダグラスに差し出す。
「さぁ、しっかり食ってくれ」
異臭の原因。
それはスープにたっぷり入ったニンニクだった。
いや、たっぷりどころではない。
具もスープも、すべてすり潰したニンニクだ。
これは、ただすり潰したニンニクを温めただけである。
このようなものを出してきた意図は一つ。
――ダグラスの事を半吸血鬼になっていないか怪しんでいる。
それ以外に考えられない。
吸血鬼はニンニクを嫌うからだ。
ならば、これを飲まないという手はない。
無実の証明として、この上なくわかりやすいからだ。
(モラン伯爵を倒したあと、マリーが人間に戻してくれなければ危なかったな)
彼女の“眷属として従うだけのダグラスは嫌だ”という思いが、今回ダグラスを救ってくれた。
その事に感謝しながら、スープを一口、二口と飲む。
こういう時は味がわからない自分の体に感謝する。
「……大丈夫そうだな」
「そのようですね」
ダグラスがニンニクスープを飲んだ事で、一応は吸血鬼化していないとわかってもらえたようだ。
ニンニクを食べすぎるとお腹を壊すと教わった事があるので、ダグラスはスープを飲むのをやめた。
「だが、こいつが女ヴァンパイアと良い仲だという話は聞いているだろう? ヴァンパイア化していないとはいえ、まだ信じられないな」
ドリンからついてきた護衛ならば、マリアンヌの存在を知っている。
ダグラスを送り届けたあと、彼らが砦の者たちに話したのだろう。
(シルヴェニアから帰ってきただけじゃない。マリーの事も含めれば真っ黒にしか見えないって事か)
彼らが、これほどまでに警戒していた理由がよくわかった。
おそらく彼らは“吸血鬼化はしていないが、人間のまま裏切った可能性もある”と思っているのだろう。
ならば、疑惑を払拭する情報を与えるしかない。
「実はヴァンパイアを送り届けたという事もあって、ヴァンパイアの王にまで歓迎されました。その時に新しい神を名乗るカノンさんの事を話したら興味を持たれたのです。だから彼を連れてきてほしいと頼まれました。もしかしたら、今後は彼らと争わずに済むきっかけになるかもしれないので、カノンさんに会ってくださいとお願いしに行くところです」
だがすべての情報を与えるわけにはいかない。
――吸血鬼の王女と結婚する事になりそうです。
そんな事を言えば、問答無用で裏切り者として殺されるだろう。
だから多少の嘘を交えて話す。
「なるほど、だから陛下もヴァンパイアを国に送り返すという判断を下されたのか……」
――吸血鬼の王女を送り届けた。
その意味は大きい。
人質にもできただろうが、無事に送り返す事でシルヴェニア側の信頼を得ようとしたのだろう。
そう考えると感情の面はともかくとして、判断自体は理解できなくもない。
騎士たちは、複雑な感情を持ちながら皇帝の決断を受け止めようとする。
「お前が無事に帰ってこれた理由はわかった。だがそれだけではな」
「と言いますと?」
「シルヴェニアで重要そうな情報を得られなかったのか? なにも探らなかったというわけでもなかろう」
「それは……」
情報自体はある。
古代遺跡の存在や、吸血鬼が生まれた理由など色々と知った。
しかし、それは重要な話ではあるが、人間にとって重要な話ではない。
吸血鬼と戦う者たちだからこそ、信じてもらえそうな情報を話すべきだろう。
「あまりにも馬鹿げた事なので信じてもらえないかもしれませんが、実は――」
ダグラスは“ビキニパンツ派とブリーフ派のいざこざ”について語った。
パンツの話だという事を除けば“吸血鬼も一枚岩ではない”という情報は前線で戦う者たちにとっては興味深い話だろうと思ったからだ。
「ビキニパンツと、もっさりブリーフのヴァンパイアがいて不思議だったんだよ! やっぱりな! あれはそういう趣味じゃなくて、主義主張で履いていたんだ!」
年長者の冒険者が、ダグラスの話に食いついた。
「昔のヴァンパイアは、ブリーフ一枚だったという記録が残っています。ヴァンパイアの国王がビキニパンツを履く新勢力だというのは興味深い話ですね」
眼鏡をかけた魔法使いらしき女が興味深そうにうなずいていた。
しかし、それは彼ら二人だけ。
他の者は“たかがパンツの話が、そんなに重要か?”と顔をしかめていた。
「ま、まぁいい。そういった内部の情報は、どんな些細なものでも助かる。他にもあれば教えてほしい」
「そうですね……。他にはシルヴェニアでは人間の扱いが悪くないとかでしょうか」
あまり重要な情報を知っていると思われても、このまま砦に拘束されて身動きができなくなる。
このあと、ダグラスは当たり障りのない話をして、彼らに“こいつは使えないな”と思ってもらえるように頑張った。
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