第五章 カノン捜索編
第96話 本来の評価 1
マリアンヌとの別れを済ませたダグラスは、護衛と共に国境へ向かった。
モラン伯爵を倒せる実力者とはいえ、彼は重要人物である。
フェリベールに被害を与えるためにブリーフ派が狙わないとも限らない。
そこでフェリベールが選りすぐりの眷属を護衛をつけていた。
その他にも、人間の護衛も付けている。
これは国境を越える際、護衛が半吸血鬼ばかりでは人間側の反感を買うかもしれないからだ。
ダグラスには人間の領域で活動してもらわないといけないため、フェリベールも配慮をしていた。
国境までの道中、ダグラスは寂しさを覚えていた。
マリアンヌと離れ離れになったからという事だけではない。
気楽に話し合える相手がいなくなったからだ。
カノンと出会って以来、ダグラスは孤独の寂しさとは無縁だった。
騒がしく、うっとうしかったものの、これまでの人生で経験できなかった日々を過ごしていた。
こうして彼らから離れると、自分があの状況に慣れていたのだと気づかされる。
今もダグラスの周囲には護衛や世話係がいる。
だが彼らは、ダグラスを客人として遇している。
気軽に話せる相手ではなかった。
これはダグラスが“人の下に付くのが当たり前”という人生を送ってきた事が影響している。
もし彼が誰かの護衛として、この一団にいたのなら違っただろう。
しかし、彼は護衛される側である。
世話をしてもらう事に慣れず、世話をしてくれる者たちとの関係を上手く築けずにいた。
こういう時、カノンのような無神経さが欲しくなる。
国境に着くまでの間、ダグラスは丁重に扱われているはずなのに肩身の狭い思いをしていた。
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国境に着くと、慣れ親しんだ馬車へと乗り換える。
豪華な馬車よりも、この荷馬車のほうがダグラスには落ち着く事ができた。
「カノンという男を連れてくるのは、陛下だけの望みではない。シルヴェニア全国民の望みでもあるのだ。しっかりと任務をこなすのだぞ」
「フンッ。そんな事を言わずとも、姫殿下を手に入れるために必死になるだろうよ。精々頑張る事だな」
「幼い頃から見守ってきた姫殿下が、ただの人間と結婚するなど……。俺は今も認めてないからな!」
ダグラスの護衛をしてきた者たちも、諸手を挙げてダグラスの事を歓迎しているわけではない。
――フェリベールに命じられた。
だからそれぞれの思いがありながらも、彼を護衛していただけだ。
特にマリアンヌの婿になるかもしれないという点に関しては強い不満を持っていた。
そんな彼らの態度も、マリアンヌへの忠誠故だと思えばダグラスも悪い印象は持たなかった。
なぜならダグラスも、立場が逆なら同じ事を思っていただろうと共感を持てたからだ。
「では認めてもらえるように頑張ってきます!」
ダグラスは、そう言い残して国境の砦を出発する。
寂しさは感じるが、それはきっと埋められる。
なにしろ、こちらから見える場所にある砦は人類最前線の砦である。
シルヴェニアの人々と違って、これまで培ってきた常識が通じるはず。
文化の違いによる疎外感を覚えずに済む――はずだった。
ダグラスの馬車がシルヴェニア側の砦から出ると、クローラ帝国側の砦が騒がしくなった。
遠めにも城壁の上で人が行き来するのが見えた。
それはダグラスが近づくにつれて落ち着いてくる。
防衛に必要な人員が配置に着いたのだろう。
刺さるような視線が、馬車を操るダグラスに注がれる。
「そこで止まれ!」
あと五十メートルほどのところで、砦から声をかけられた。
「なにが目的だ!」
「三か月ほど前にシルヴェニアへ向かった者です。役目を果たしたので戻ってきたところです」
ダグラスは“依頼されてカノンを探しに戻ってきた”とは言わなかった。
そんな事を言えば、シルヴェニアの手先だと思われてしまう。
手先だと疑われればクローラ帝国内での行動が制限され、カノンを探すどころではなくなるだろう。
それではダグラスが困る。
だから“役目が終わったので戻ってきた”という口実を考えていたのだ。
砦からは、ダグラスの言葉に対する返事が戻ってこない。
「三か月前から、この砦にいる方なら僕の事を覚えている人がいるかもしれません。どなたかいらっしゃいませんか?」
砦に動きがないので、ダグラスから動く。
すると砦の門が開かれ、中から数人が馬車に近づいてきた。
二人の男女がダグラスの顔をジッと見つめる。
「わざわざシルヴェニアに行くなんて物好き、そうそういないから覚えやすいのよね」
「確かに。この坊やはあの時の御者だな」
どうやら顔を確認するために出てきたようだ。
「馬車の中も確認するぞ」
「どうぞ」
そのまま彼らは馬車の中を確認しようとする。
今回はマリアンヌの入った棺もない。
最も重要で、見られて困るものは首から下げた袋に入っているマリアンヌの指だけだ。
水と食料品しか載せていないので、馬車の中には怪しまれるようなものはないため、ダグラスもあっさりと認める。
彼らが馬車を探り終わるのに、そう時間はかからなかった。
「ヴァンパイア化は……、していないようだな」
今は昼間なので、吸血鬼の眷属にされていれば灰になる。
ダグラスが人間のままなのは太陽の日差しが、なによりもはっきりとした証明になっていた。
(一度したけどな)
「あちらも客人として丁重に扱ってくれましたので」
「だろうな」
一人の男が吐き捨てるように言った。
ダグラスが吸血鬼を運んでいたのは周知の事実。
仲間を国まで送り届けてくれたのなら、奴らも歓迎するだろう。
カノンだとか、国王だとかの命令があろうとも、最前線で戦ってきた者たちにとっては唾棄すべき事案だった。
ダグラスは、その主犯格であるため印象は悪かった。
「一度ドリンまで戻りたいので、通行の許可をいただけますか?」
「さぁな、それは隊長に聞いてくれ」
――同じ文化で育った人間。
ダグラスはそう仲間意識を持っていたが、彼らはそう思ってくれなかったようだ。
もうダグラスは、
――シルヴェニアに一度でも入った人間がどう思われるのか?
それをダグラスは、これから知る事になる。
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