第92話 好転する印象 5

 扉の中は屋敷の玄関ホールとは違い、倉庫のように広く殺風景な場所だった。

 中に入ると、ダグラスの足は自然と壁際に並ぶ機装鎧のところへと向いた。

 機装鎧は貴重品である。

 それが二十は並んでいる。

“一つくらいは貰ってもいいのではないか?”という気持ちから、機装鎧に触れてみる。

 しかし、動かし方がわからなかった。


(勇者様が持っていたあの小さな板が必要なのか?)


 そう思って周囲を見回すが、それらしき物は見つからなかった。


(そもそも魔力がないんだから機装騎士になれるなんて夢を持つ資格なんてなかったんだ)


 ――かつて師匠が語ってくれた機装騎士の活躍。


 幼い頃から密かに自分も機装騎士になりたいと思っていた。

 しかし“動かせない”という現実に直面し、ダグラスは夢を諦めるしかなかった。

 渋々機装鎧から手を放す。


 それからしばらくは入り口付近の探索を行った。

 機装鎧が通れそうな大きな扉もあったが、まずは人が通れるサイズの扉の先から調べる事になった。

 こちらには先が長い廊下があり、左右に扉があった。

 だがその扉に取っ手がない事に気づく。

 不思議に思いながら近づくと、扉がひとりでに開いた。

 フェリベールたちは驚き後ずさりする。


「扉をゴーレム化するとは!」

「さすがは古代文明といったところか。そこまで手間をかけるとは」


 彼らの反応を見て、ダグラスは昔の自分の姿を思い出す。

 そして彼らのような新鮮な驚きを覚えなくなった自分に、少しだけ寂しい思いをした。

 フェリベールが真っ先に入り、周囲を見回す。


「ここは警備兵の詰所のようだな」


 彼は古代人が銃という武器を使っていた事を知っている。

 床に銃が転がっている事、入り口に近い事から詰所だと判断した。

 だが気になる事もあった。


 ――死体が折り重なるように倒れているのと、部屋が破壊されたあとがあった事だ。


 まるで同士討ちでもしたかのようである。

 フェリベールの眷属の一人が死体に近づくと、腹にまで響くような低いうめき声が聞こえ始め、骨だけの死体が動き出した。


「なるほど。ヴァンパイアが生まれた場所というだけあって、ここはアンデッドの聖地のようだな」


 フェリベールは一人納得する。

 吸血鬼と比べるまでもないが、スケルトンもアンデッドの一種である。

 おそらく、ここにあった死体は吸血鬼に失敗してゾンビになった人間に襲われ、肉が腐り落ちたあとも魂が肉体に囚われ続けていたのだろう。

 当然、彼らの興味はフェリベールたちに向けられる事はなく、ダグラスに向けられていた。


「潰せ」


 フェリベールの号令と共に、またたく間にスケルトンの核が眷属たちの手によって破壊される。

 低級のアンデッドなど、元人間の彼らでも素手で簡単に処理できる相手だった。

 スケルトンの処理が終わると、フェリベールはダグラスを見て舌打ちする。


「このまま探索を続けたいところだが、お前がいてはそうはいかんな」

「スケルトン程度ならばどうにかできますが」

「倒せるかどうかという問題ではない」


 フェリベールが“お前はわかっていない”と呆れた顔をしながら、やれやれと首を振る。


「扉を開く事ができれば、お前の命は助けると言ったのだ。その約束は守る。入れそうな部屋は眷属たちに掃除させておこう。そして安全を確保できれば、また開けない扉を開いてもらう。お前は替えの利く存在ではないのだ。安全策を取る」

「わ、わかりました」


 ――お前は替えの利く存在ではない。


 その一言は、ダグラスに“マリーのお父さんに認めてもらえた”という感動を与えた。

 かつて師匠に“そろそろ現場に出てもいい頃だろう”と言われた時の事を思い出す。

 フェリベールは眷属を見張りに残し、ダグラスを連れて地上へと戻っていった。



 ----------



 それから三日後。

 ダグラスは学者たちに囲まれていた。


「あの扉を開く事ができる人間がいるとは……、興味深い!」

「サンクチュアリに入ったというのは嘘臭いが、扉を開いた事実は否定できん。我らでは扉を開くどころか、触れる事すらできなかったのだ。きっと特別な知識を持っているはず。それを教えたまえ!」


 ――長年、誰にも開く事ができなかった扉を人間が開いた。


 古代遺跡にも興味を持ったが、ダグラスに強い興味を持つ者もいる。

 今後のためにも、古代遺跡に入る方法などを聞き出そうとしていた。


「カノンという人の動きを真似しただけなので、動かす理論とかはわからないんです」


 だが、ダグラスも“触れれば動く”という事しかわかっていない。

“生者でなければ動かせない”などという事など知らなかったからだ。

 これは説明しようがない。

 彼は説明できないので困っていた。


「話はもういいでしょう。彼は連れて行くわね」


 マリアンヌがダグラスの腕に手を回し、彼を連れていこうとする。


「姫殿下、その者は重要な秘密を隠しております! それを聞きだすまでは残していただきたい!」

「ないわよ、そんなもの。カノンっていう人の真似をしただけって言っているでしょう。私もサンクチュアリに入ったけど、彼が特別な力を発揮したところなんて見た事ないもの」

「彼を庇うほど気に入っているのであれば、姫殿下の眷属にしてください。そうすれば正直にすべてを話すでしょう」


 学者の発言に、マリアンヌは牙を剥き出しにして怒りを表す。


「眷属にしたら今のダグラスではなくなるでしょう! 私は今の彼がいいの! 今度そんな事を口にしたら、ただじゃあおかないから! さぁ、行きましょう」


 ダグラスは大人しくマリアンヌに従い、この場を離れようとする。

 何度も同じ質問を繰り返されるのにうんざりしていたからだ。


「人間の寿命は短い。眷属化する事で――」

「うるさいわね!」


 ダグラスの腕を、マリアンヌの手がきつく締めつける。

 それだけ学者への怒りが強く、自分の事を心配しているのだろうという事が、その強さでダグラスにもよくわかった。


「それでは失礼します」


 ダグラスは学者に別れを告げる。

 学者たちは“姫殿下もまだまだ若い”と天を仰いでいた。


 二人は腕を組んだまま廊下を歩く。

 ダグラスも悪い気はしないが、それでも気になってしまった事を尋ねる。


「こんな風に歩いていていいのかな? 陛下に怒られるんじゃあ……」

「いいのよ。お父様もお母様も、あなたを殺そうとはしなくなったから」

「そういう問題じゃないと思うけど……」


 ――殺さないからといって、二人の仲を認めたわけではない。


 それはそれである。

 まだ利用価値があるので殺されはしないだろうが、不愉快に思うだろう。

 それでは関係を認めてもらうための道のりが、より一層長くなってしまう。

 あまり機嫌を損ねるような真似をしたくはなかった。


「大丈夫よ。きっとお父様は味方になってくれるわ。あれほど古代遺跡に夢中になっているのだもの。反対なんてさせないから。……でも、これからの事は話さないといけないわね」

「……うん、そうだね」


 マリアンヌのお腹には子供がいる。

 ダグラスも、そろそろ実感を持たねばならない頃である。

 今後の事を話さねばならない。

 だが、それは大丈夫だろう。

 まだまだ時間はあるのだから。

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