第91話 好転する印象 4
ダグラスは思い切って黒い板に指を触れる。
すると板を古代文字が浮き上がった。
流れるように表示される古代文字に、ダグラスは硬直する。
(神の家での板には絵があったけど、これは読めないな……)
一歩進んだが、そこで止まってしまう。
「申し訳ございません。古代文字を読める者がいれば連れてきていただけないでしょうか?」
自分だけではどうしようもないので、素直に助けを求める事にした。
ここで意地を張って適当に触れてしまえば、先ほどの半吸血鬼のように謎の光で焼かれてしまうかもしれない。
光明が見えた以上、ダグラスも死を回避したい。
“自力で解決すれば、マリーの家族に気に入られるかも?”とも考えたが、功績よりも生存を優先したのだ。
彼の言葉にフェリベールが足を踏み出した。
「陛下、危険です!」
眷属たちが止めようとするが、彼は気にせず進む。
「お前たちは学者を連れてこい」
「彼らを連れてくるならば、陛下が手伝う理由はないはずです」
「これまでに、これほどの進展はなかった。壁に触れなければ、あの光は差してはこない」
「それでは私が先に参ります! 安全を確認してからお越しください!」
「……よかろう」
フェリベールが死ぬと吸血鬼社会に混乱が起きる。
新展開に興奮しながらも、眷属たちの説得を受け入れ、安全を確認する時間を与える事にした。
眷属たちは一人が学者を呼ぶために走り、残りはダグラスの周囲に集まった。
彼らは壁にも――当然、黒い板にも触れずに周囲をさまよう。
特に攻撃を受けなかったので、フェリベールが黒い板に浮かび上がった文字を読み始める。
「読めるのですか?」
「何百年も生きていれば、暇潰しに学ぶ機会もある。もっとも学者ほどではないがな」
フェリベールは、フッと笑うと文字を解読するのに集中した。
人間との寿命の違いが、吸血鬼たちが自主的に学び始めるきっかけとなっていた。
フェリベールもその一人だった。
「動かし方はわかるのか?」
「神の領域にあったものと同じならばなんとか……」
「ならばここに書かれている防衛機能というものを停止できるか?」
ダグラスは文字が読めないが、フェリベールが指差した部分はわかる。
その部分に触れると“ON”と“OFF”という文字が浮かび上がった。
これくらいならば彼にも読める。
“OFF”の部分をタッチすると、壁から出ていた棒が中に引っ込んでいった。
「おぉ、本当に動かせるとは……。おい、壁に触れてみろ」
フェリベールが眷属の一人に命じる。
一瞬怯えを見せたが、彼は壁に触れるという命令を遂行する。
――だが、なにも起きなかった。
その
これまでは壁に触れるだけで攻撃され、まともに調べる事もできずにいた。
扉の周囲にあった死体や物品を調べるのみで、ずっと調査は滞っていた。
それに大きな進展があったのだ。
フェリベールたちの心に希望の光が差し込む。
「次はどうすればよろしいですか?」
思わず壁をボーっと見ていたフェリベールに、ダグラスが問いかける。
フェリベールは意識を壁から黒い板に戻す。
「これは操作コンソールというものらしい。ただし非常用のな。だからできる事は限られている。ではここを押してもらおうか」
今度は“OPEN”と書かれたところを指定する。
ダグラスは指示に従う。
すると、壁の中から地響きのような音が聞こえた。
「ついに開くぞ! 長年の夢、我らが故郷への入り口が!」
フェリベールが鉄の壁の前に立つと、眷属たちも彼の背後に集まった。
ダグラスはどうするか迷ったが、不測の事態に対応するために操作盤の近くで待つ事にした。
(引き戸のような動き方ならともかく、開き戸だったら人間の俺にとって扉の前は危険だ。さすがに動作を制御する場所は安全になっているだろう)
扉の前を通りがかった時に、いきなり開けられてぶつかりそうになる経験は誰にでもあるだろう。
普通の扉ですら痛いのだ。
あの巨大な鉄の扉がぶつかれば、人間などひとたまりもない。
フェリベールたちに指摘するべきか迷ったが“人間と一緒にするな!”と言われたりしたら面白くないという思いから、ダグラスは黙っていた。
それに扉が手前開きとも限らない。
ワクワクしているところに水を差す必要もないと思っていた。
洞窟の中を水車の音などとは比べ物にならないほど大きな金属音が鳴り響く。
すると、ガコンと大きな音を立てて扉が奥へ引っ込み、横へスライドしていった。
(そっちかぁ)
ダグラスは、上下左右のどちらかにスライドするものだと思っていた。
一度奥へ引っ込むのは予想がだったのである。
(それにしてもこんなに分厚い鉄の扉を作れるとか、古代人の鍛冶師はどれだけ凄腕だったんだ?)
扉は上下十メートル以上、厚みは二メートルはある。
鉄の扉を作るだけでも大変なはず。
そんなものを動かして開く仕組みを組み込んでいる技術力に、ダグラスは感心していた。
ダグラスはそんな事を考えていたが、フェリベールは違う。
「ほら、早くいくぞ!」
彼は急かすようにダグラスに手招きをしていた。
ここから先もダグラスの力が必要になる可能性が高い。
だから彼を連れていこうとしていた。
「わかりました」
ダグラスは操作盤から離れて、フェリベールたちのところへ向かう。
だがその途中、扉の向こう側を見て足が止まる。
「機装鎧がこんなに!」
入口の中には機装鎧や車などが並んでおり、コンテナなどもあった。
――そして床に転がった死体も。
天井には、まばゆいばかりの明かりが点いていた。
真っ先に飛び込みたいところだったが、そのせいでフェリベールは足止めを食らう。
「この明かりを消す方法を探してきてくれ」
「……おそらく、この明かりはヴァンパイアでも大丈夫だと思います。神の領域で、似た明かりを王女殿下が浴びてもご無事でしたので、太陽よりもロウソクの明かりに近いのではないでしょうか」
「なにっ!」
フェリベールは恐る恐る明かりの当たるところへ手を伸ばす。
少し不快感を感じたが、それだけである。
火傷したりはしなかった。
「不快ではあるが、これくらいならばマントでも着れば防げそうだな」
彼の言葉にダグラスは“ブーメランパンツにマントを着た変人”の姿を思い浮かべてしまった。
(こんな失礼な事を考えちゃあダメだ)
なんとかして、その妄想を振り払おうとする。
気を紛らわせるために、中へ一歩足を踏み入れた。
もしフェリベールのマント発言がなければ、ダグラスも気をつけていただろう。
しかし、彼に気を取られてしまったせいで、気がつけなかった。
――長年、積もりに積もったほこりが舞い上がる。
ダグラスは口元を押さえ、退く。
「人間は不便だな。これを使え」
眷属の一人が、パンツの中から予備のパンツを取り出した。
どうやらそれをマスク代わりにしろというのだろう。
「ありがとうございます。でもハンカチがありますので」
さすがに汚泥にまみれ、糞尿を垂れ流しながら標的を待った経験のあるダグラスでも、そんなものをわざわざ付けたいとは思わない。
これほど“ハンカチを持っていてよかった”と思った事は初めてだった。
ダグラスがハンカチを巻いている間にも、フェリベールは行動していた。
眷属を中へ放ち、また攻撃されたりしないかを確認する。
特に問題はなさそうなので、彼も中へと入り、ダグラスも付いていく。
「この扉を開く事ができたのだ。約束通り、命は助ける」
「
「それ以上のものを求めるのなら結果を残せ。私の心証を良くすれば、それだけチャンスも与えられる。しっかりと働けよ」
フェリベールは、
ダグラスに“マリアンヌと結婚できるかもしれない”と思わせるためである。
勝手に想像して頑張る分には、フェリベールには損はない。
彼も王だけあって、人を動かす方法をよく熟知していた。
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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
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