第88話 好転する印象 1
突然、隣室に繋がっているドアが勢いよく開け放たれる。
「ほら、言った通りじゃない!」
そこからマリアンヌが姿を現した。
彼女を止めようとメイドたちがしがみついているが、そんなものを気にする様子はなかった。
「眷属化していなくても彼は私を裏切らないって」
「あの……、どういう事ですか?」
状況が呑み込めないダグラスが、マリアンヌとフェリベールを交互に見る。
彼の疑問に答えたのはマリアンヌだった。
彼女はお腹をさする。
「私は首筋から血を吸い続けたらどうなるかわかっていたわ。でもわかっていながらやめられなかったの。ヴァンパイアである私にやめる主導権があったはずなのに……。だからダグラスは悪くないの」
彼女の話を聞いて、ダグラスは“すでにマリーが自分が悪いと話していたんだ”と気づく。
ならば、これで――
「確かに死を恐れて事実を話すような軟弱者ではなさそうだな」
――潮目が変わる。
「そうよ、ダグラスは伝承に残るオレサマーKとは違うわ」
「だが私に嘘をついた。その事は否定できん事実だ」
マリアンヌから気になる単語が出てきたが、フェリベールに睨まれてダグラスは黙って様子を見守る事しかできなかった。
「私を守ろうとしたからよ」
「お前は王女だが王は私だ。私の問いかけに嘘をつくような男は信用ならん」
「なら、私を裏切ってお父様に付くような男が私の恋人だったらいいの?」
「お前を裏切るような男など、真っ先にくびり殺すに決まっているだろう!」
「だったら私たちの関係を認めてくれてもいいじゃない!」
ダグラスもフェリベールの意見は理解できなくもないが、意見が一貫していないのが気になった。
「最悪でないにしても、こいつは人間だぞ! 極めて最悪に近い相手ではないか!」
その言葉で、一貫していない理由がわかった。
ただ“人間である”という一点が気に入らず、感情的に否定しているのだ。
もしダグラスが吸血鬼であれば、もっと素直に認めてくれていたのかもしれない。
やはり種族の壁は高いようだ。
「あなた、先に確認しておくべき事があるでしょう?」
「ん? あぁ……。そうっただな」
ジョゼフィーヌの言葉で、フェリベールはダグラスを睨むのをやめた。
代わりに探るような視線を投げかけてくる。
「お前の親はどういう者だ? 爵位は? 立場は?」
どうやらダグラスの出自が気になるらしい。
場合によっては妥協できるかどうかを探りたいのだろう。
ダグラスも答えられるのなら堂々と答えたい。
しかし、どう考えてもダグラスの出自は彼らに許してもらえるものではなかった。
「……ごめん」
ダグラスは、マリアンヌに一言謝る。
自分が、もっとまともな出自であれば許してもらえたかもしれない。
そう思うと自然と口から謝罪の言葉が出てしまっていた。
今度はダグラスも正直に話す。
「親はわかりません」
「王族や貴族の隠し子だからか?」
「いえ、捨て子だからです。覚えている限り古い記憶では、同じように親に捨てられた子供たちと共に路地裏に住んでいました」
部屋が静まり返る。
フェリベールから罵倒の言葉すら返ってこない。
ダグラスは唇を噛み締め、悔しそうにしてうつむく。
「それで、そのまま成長してマリーと出会ったの?」
ジョゼフィーヌから質問がきた。
ダグラスは首を左右に振る。
「いえ、私がいた集団がバラバラになって野垂れ死にしそうになった時、師匠に拾われました」
「師匠?」
「はい、あの……。とある侯爵家で武芸指南役を任されているお方でした」
正直に話そうとしているとはいえ、さすがに“暗殺者です”とは言えなかった。
しかし、心苦しさはない。
本当の職業を隠すのが、これまでも当たり前だったからだ。
「後継者を探していたのですが子供がおらず、たまたま目についた私を拾ったそうです」
「侯爵家の武芸指南役の養子か。なるほど、それならば人間がモラン伯爵を討ち取ったのもまったくの偶然というわけでもなさそうだな」
フェリベールは“モラン伯爵を倒す下地があったのだ”と納得する。
「ではカノンという者の道案内をしていたというのはどういう事なの?」
ジョゼフィーヌの質問は、的確に痛いところを突いてくる。
過去を思い出して辛かったが、ダグラスは正直に話す事にする。
「仕えていた家が政変で反逆者の汚名を着せられて滅びたのです。私は師匠と共に逃げていたのですが、途中で力尽きてしまい……」
ダグラスは悲し気な表情を見せる。
この先を話すのも辛い。
だが不思議と、ダグラスは話したいという気持ちになっていた。
「『お前はどこか遠い国で平凡な暮らしをしろ。そして家族を作れ。子供を育てるのはいいものだぞ。私はお前にその事を教えてもらった』と言い残して、師匠は最後に頭を撫でてくれました。だから私は故郷を離れ、異国の地で日雇い仕事をしていたのです。その時、カノンさんと出会い、道案内をする事になったのです」
ダグラスの過去を話すと、またしても部屋の中が静かになった。
(やっぱり話すんじゃなかった。王女と根無し草なんて釣り合うはずがない)
「王女殿下と一緒にいる事で、これまで経験できなかった感情を体験できました。もう思い残す事はありません。ですから王女殿下の赦免をお願い致します」
「どうしてそんな事を言うのよ!」
マリアンヌがメイドたちを引きずりながらダグラスの背後から抱き着く。
「モラン伯爵と戦った時は諦めなかったじゃない!」
「でもご両親の気持ちを考えたら……。どこの馬の骨かわからない男なんて、王族じゃなくても嫌に決まってるよ」
「そんな事言わないでよ! あなたを選んだ私の事を考えなさい!」
静かだった部屋の中に、鼻をグスグスとさせる音が響き渡った。
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