第82話 王都への道中
王都へ向かう道中、ダグラスは居心地の悪さを覚えていた。
「ねぇねぇ、二人の出会いはどうだったの?」
「実は――」
マリアンヌが、ダグラスとの出会いをジリアンに話す。
彼女らは、お互い棺桶に入ったまま会話をしていた。
吸血鬼は日中、棺桶の中で寝る。
とはいえ、本当に眠っているわけではない。
アンデッドは睡眠を必要としないからだ。
ではなぜ棺桶の中に入るのかというと、彼女たちにもわからない。
“吸血鬼も元をたどれば人間だったから習慣が抜けていないのではないか?”という考えもあるらしいが、実際のところは不明である。
最初に出会った時、カノンの反応を聞き、ジリアンは憤慨する。
そしてダグラスと再会した時の事を聞いたら、彼女は驚愕した。
「まさか彼があの言い伝えにある……」
「ええ、きっとそうだと思う」
「これから陛下に会うんでしょう? 大丈夫?」
「それは……、わからない。でも会わせないといけなくなったから……」
――言い伝えってなに!?
ダグラスはそう言いたかったが黙っていた。
王族や貴族が会話している時に割り込まないほうがいいと知っていたからだ。
しかし
気になって仕方がなかった。
だが二人はダグラスの事など気にせず話を続ける。
故郷でも貴族たちは、ダグラスの存在など気にしなかった。
マリアンヌとジリアンは吸血鬼であるため、二人で話している時は尚更ダグラスの事など気にならないのだろう。
ダグラスも空気扱いされる事には慣れているはずだが、今回は気になってしまっていた。
もしかしたら棺桶越しに会話するという特異な状況のせいかもしれない。
「あなたの様子を見る限りでは会わせないほうがいいと思うけれども……。でも会わせないわけにもいかないでしょうし……。うーん……」
ジリアンは悩む。
マリアンヌの望む方向に物事が進めばいいのだが、ほぼ確実にそうはならないだろう。
おそらく極めて高い確率でダグラスは殺されてしまう。
(マリーは殺されはしないだろうけど……)
“ならまぁいいか”と思わない程度には、彼女もマリアンヌの事を真剣に考えていた。
だが、ジリアンが説得しても対応できそうな問題ではない。
人間か吸血鬼かに関わらず、娘がどこの馬の骨かわからぬ男を親に紹介しようとすれば反発される。
しかも吸血鬼が人間の男を連れ帰ってくるのだ。
その反発の強さは計り知れない。
(マリーのためにもなんとかしてあげたい。でも私になにができるんだろうか?)
ジリアンは悩む。
ダグラスのため、そしてなによりも友人であるマリアンヌのために。
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「じゃあ、私は行くわね」
「ありがとう、ジリアン」
王都に近づくと、ジリアンが夜のうちに出発した。
吸血鬼ならば夜に走れば余裕で着く。
先に話しておく事で“消息不明だった娘が男を連れ帰ってきたというショックを和らげる事ができる”と考えたからだ。
マリアンヌが行ってもよかったのだが、彼女はダグラスと共に王都に行きたかったので、ジリアンに任せる事になった。
この状況にダグラスも不安が募る。
しかし“死んだとしても構わない”という気持ちもあった。
カノンと出会って以来、普通の人間では経験できないような事を体験してきた。
もっと生きたいとも思うが、これだけ濃密な人生ならば満足だ。
心残りがあるとすれば、家庭を持てなかった事くらいだろう。
ダグラスの師匠は死に際に“子育ては大変だったがいい経験ができた。いつかお前も子供を持ってみろ”と言い残していた。
目立たぬように生きるだけでも大変だったダグラスにとって、当時はそこまで考える余裕も相手もいなかった。
今はダグラスの心を動かすマリアンヌという存在と出会う事ができたが、相手は吸血鬼である。
もしマリアンヌと相思相愛の関係になったとしても、彼女の家族が許さないだろう。
そもそも生者である人間と、死者である吸血鬼の間では子供もできない。
師匠の遺言を果たす事は無理だ。
しかし、
――王と会ったあとで生きていればだが。
「ねぇ、ダグラス。王都に着いたら話したい事があるの」
「今は話せないの?」
「なんで?」
「家族の前で一緒に話したい事だから」
「そうか、なら今は聞かないでおくよ」
(まさか、本当にマリーは結婚に乗り気なのか?)
これまでダグラスはそんな事を考えもしなかったが、ジリアンのせいで彼も意識するようになっていた。
たとえ吸血鬼であっても好意を持ってくれているのは嬉しいが、これまで恋愛経験のないダグラスにはどうすればいいのかわからなかった。
初めての恋愛相手が吸血鬼になるなど、まったくの想定外だからだ。
マリアンヌは、モジモジとするダグラスの反応を見ていた。
「どんな話か気にならないの?」
「なんとなく察しているから」
「そう、ならいいんだけど……」
そう言いながら、マリアンヌはソワソワとしていた。
ダグラスに伝えたい事があるのだが、伝える覚悟ができていなかったせいだ。
“いっそダグラスのほうから聞いてくれればいいのに”と思わないでもないが、ダグラスが尋ねる事はなかった。
マリアンヌはモヤモヤとするものを感じていたが、必要な事だけは確認しようとする。
「たぶん……、きっと……、おそらく……。ううん、確実にお父様たちは怒ると思うし、あなたは殺されてしまう可能性が極めて高いけど……」
マリアンヌが暗い表情で不穏極まりない事を言い出したので、ダグラスは顔をしかめる。
「王都に着いたら一緒にお父様たちと会ってくれる?」
マリアンヌが珍しく上目遣いで、ダグラスの様子を窺っている。
その目は不安そうだった。
しかし、ここで“行きたくない”と言われても受け入れようとしている目でもあった。
そんな目で見られたら、ダグラスができる答えは一つだけである。
「会うよ。ここまできて逃げ出すような事はしないよ」
マリアンヌの表情が明るくなる。
もちろんダグラスも死にたくなどない。
だが、やらずに後悔するよりも、やって後悔をしたいと思っていた。
すでに覚悟が決まっている以上、前に進むだけである。
ただ“家族へのご挨拶”という未知のイベントへの恐怖心は持っていた。
「ご家族と会うのに、なにか必要なものはあるかな?」
「一緒にきてくれれば、それでいいわ。あとは私が説明するから。ジリアンも手伝ってくれるはずだから、話を聞き終わるまでは待ってくれるはずよ」
(話を聞き終わったあとは?)
ダグラスは、そんな事を考えてしまう。
やはり不安だ。
しかし“カノンと旅をしていた時に感じていた不安よりかは、前向きに受け止められる不安”でもあった。
だが明日には王都に着く。
逃げる気がないのであれば、せめてマリアンヌの記憶に良い形で残るよう、前のめりに倒れ込もうとダグラスは覚悟を決めていた。
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