第81話 マリアンヌの友人

 周辺の領地から吸血鬼や人間の兵士が集まってきたので、モラン伯爵の領地はコスター子爵に任せ、ダグラスたちは王都へ向けて出発する事になった。

 また万が一がないように、王家派の吸血鬼や兵士が護衛についてくれた。

 気楽な二人旅とはいかなくなったが、それはそれでかまわなかった。

 やはり安全には変えられないからだ。


 これだけ人目が増えては、マリアンヌも“ダグラスが操る荷馬車に乗る”とは言い出せなかった。

 さすがに王族用の馬車は用意できなかったため、貴族用の馬車で彼女は運ばれる事になる。

 だが彼女にとってはいい事に、ダグラスも同じ馬車に同乗する事になった。

 これは“品質はそこそこではあるが、人間の国の馬車を持ち込ませるわけにはいかない”という理由で、街に残していく事になったからだ。

 馬の世話もしてくれるというので、こちらもダグラスに異存はなかった。


 ただ一つ気がかりなのは“吸血鬼に命を狙われた場合、逃げにくくなる”という事だった。

 しかし、それは小さな心配でもあった。

 ここはシルヴェニア、吸血鬼の国である。

 王都は国境から一ヶ月ほどの場所にあるらしい。

 そこから馬で必死に駆けても逃げ切れないだろう。

 ならば馬の事など考えず、覚悟を決めていくしかなかった。


 この街にきた時とは違い、住民たちの見送りはない。

 モラン伯爵の主義主張はともかく、統治者としては素晴らしい人物だったのだと再確認させられる。


 ――だが彼は反王家の旗を掲げて負けたのだ。


 良き領主であろうが、反逆者である以上は同情の余地はない。

 マリアンヌは後ろめたさなど感じずに、堂々とした態度を取りながら街をあとにした。


 一週間後、ある街に着いた。

 そこでは熱烈な歓迎を受ける。


「マリー! 無事でよかったわ!」

「久しぶりね、ジリアン。私もあなたの顔を見る事ができて嬉しいわ」


 ジリアンはマリアンヌの友人だった。

 容姿を見る限りでは年齢はマリアンヌと変わらないが、百歳以上は年上らしい。

 年齢差だけでも、やはり人間とは異なる種族だと実感させられる。


 彼女がマリアンヌに抱き着く。

 豊満な二つのバストがぶつかり合った。

 ジリアンはマリアンヌが着ていたものよりも細い水着を着ている。

 だから抱き着いた時に胸がこぼれるかと思われたが、不思議な力が働いているのか、それで大事な部分が見える事はなかった。


(カノンさんなら、邪な気持ちで、この光景を眺めていたんだろうなぁ……)


 ダグラスは、そんな事を考えてしまう。

 もちろん、彼にはそんな気はなかった。

 マリアンヌよりも露出が多いという事は、それだけの実力者だという事だ。

 カノンのようにいやらしい目で見ていい相手ではない。

 

「あら、あなた……」

「ジリアン、なにも言わないで」


 マリアンヌに抱き着いたジリアンは、なにかに気づいたらしい。

 だがそれ以上は話さなかった。

 困った表情を浮かべたマリアンヌが止める。


(そういえばモラン伯爵も、マリーになにか気づいたような反応を見せていたな。……俺のせいだったりするのかな?)


 吸血鬼は血の匂いに敏感だ。

 マリアンヌと初めて出会った時も、離れていたダグラスの血の匂いに気づいていた。

 彼女はずっとダグラスの血を飲んでいたため、もしかしたら体からダグラスの匂いがするようになっていたりするのかもしれない。

“もしその仮定が正しければ?”と考えると、ダグラスは気まずい思いをした。


 これから王都へ向かうのだ。

 そこにはマリアンヌの家族がいる。

 もしも吸血鬼の王に“娘からお前の匂いがするが、どういう事だ!”と問い詰められたりしたら……。

 どこの父親でも、男の匂いを漂わせたまま娘が帰ってきたら怒るだろう。


 ――“王都へ向かう=避けられぬ死”という図式がダグラスの脳内で描かれた。


 人間とは意味合いが異なるものの、あまり好ましい状況ではなさそうだ。

 さすがにダグラスも逃げ出したくなる。


「あなたがモラン伯爵を倒したという人間ね。よくやってくれたわ」


 だが逃がしてはくれなかった。

 ジリアンに声をかけられる。


「やるべき事をやったまでです」

「やるべき事でも、普通の人間にはできないものよ。特に外部の人間にはね」


 ジリアンはマリアンヌから離れて微笑みかける。

 それは無邪気なものではなく、どこかいたずらっ子のような笑みであった。


「なかなかの掘り出し物を見つけたわね。でも国王陛下が認めてくれるかどうかはわからないわよ」

「それはモラン伯爵を倒した功績と、ブリーフ派粛清の口実を作る事ができたというので話を進めるつもりだけど……」

「陛下はあなたを大事にしていたから、それでも難しいでしょうね。問答無用で怒ったりはしないでしょうけど……」


 二人は深刻そうに話をしている。

 ダグラスは“自分の移住許可の話かな?”と思っていた。

 移住の許可などが出るのなら嬉しいが、出なくても仕方ないと思っていた。


 こう考えてしまうのも、祖国から離れなくてはいけなくなっていたからだ。

 ダグラスは永住できそうな場所を探さねばならない。

 しかし、これまでそういった場所は簡単には見つからなかった。

 リデルの街で、ようやく見つかりそうだったというところである。

“吸血鬼の国に外部の人間がいても不都合だ”と追い出される覚悟もできていた。


 もっとも、目下のところ心配しなくてはいけないのはマリアンヌの家族の反応である。

 ダグラスの事を“娘を助けてくれた恩人”ではなく“娘をたぶらかしたろくでなし”と思われる可能性もある。

 移住だとか滞在の許可をもらえるか考えるまえに、自分の命の心配をしなくてはならなかった。


「ねぇ、ここにはどれくらい滞在するつもり?」

「一晩くらいよ」

「たった一晩だけ?」


 ジリアンが“うーん”と悩む。


「じゃあ、私も王都へ行くわ。マリーと話したい事がたくさんあるもの。あと王都で国王陛下がどんな反応をするかも見てみたいし」

「相変わらず不謹慎な人ね、まったく……。ついてきてもいいけれど、お父様やお母様と一緒に会えはしないわよ」

「やった! 恋の行方がどうなるのか気になって仕方なかったのよね!」


 ――恋の行方。


 そう言われて、ダグラスはこれまでの二人の会話の内容を思い出した。


(もしかして、俺がマリーと結婚するとでも思っているのか? いくらなんでも吸血鬼相手と……、いやでも……)


 これは難しい問題だった。

 以前であれば“吸血鬼相手と結婚などあり得ない”と強く否定していただろう。

 しかし、今は違った。

 胸の奥のどこかが暖かくなるような気持ちになる。

 それは嫌な気分ではなかった。


(マリーもモラン伯爵を倒した功績なんかで説得しようとしていた? じゃあ、彼女も本気で?)


 そこまで考えると、暖かい気持ちというラインを越えて体が熱くなるのを感じた。

 これまで好意的な反応を見せてくれていたが、それは彼女を助けたり、血を提供しているからだと思っていた。

 彼女の反応がただの好意的な反応ではなく、より進んだ感情であったと知ると、ダグラスは今まで感じた事のない感情の波に襲われる。

 顔を真っ赤にした彼の姿を見て、マリアンヌが慌てる。


「早とちりしちゃダメだからね! ジリアンが勝手に言ってるだけなんだから!」


 そういう彼女だったが、ダグラスの反応が完全なる拒絶ではない事に安心していた。


「はいはい、そういう事にしておきますよー」

「ジリアン、王女に対する不敬罪で罰するわよ!」

「せっかく無事に帰ってきたんだから、軽口の一つや二つはいいでしょうに」


 ムスッとするマリアンヌに、ジリアンは肩をすくめて見せた。

 二人のやり取りは友人らしい軽いものだったが、内容は極めて重いものだった。

 特に周囲で話を聞いていた者たちは“こいつが王女殿下の心を射止めただとっ!”と驚いていた。


 ダグラスは、ただの人間である。

 そんな彼がマリアンヌにとって特別な存在だというのは完全な予想外だった。

 ただの恩人や食料ではないのだ。


 ――これは波乱が起きる。


 ダグラスたちと対照的に、王都への護衛を任された者たちの気分はどん底にまで落ち込んでいた。



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家族が入院する事になったので、とりあえず今週の金曜から来週はお休みです。

以後は次回投稿、もしくはツイッターにてお知らせします。

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