第80話 ピキニパンツ派 VS ブリーフ派 決着

 モラン伯爵の死を確認したあと、マリアンヌは城の掌握に動いた。


「モラン伯爵は死んだわ。大人しく従うのならば、あなたたちに反逆の意思なかったという事にしてあげてもいいわ。どうする?」


 マリアンヌは温情ある決断を下したが、使用人たちの内一割が殉死するという結果を迎えた。

 自らの欲望を満たすためとはいえ、モラン伯爵は率先して開拓事業などに従事していた。

 それだけモラン伯爵が慕われていたのだろう。 

 マリアンヌにも最前線を守ってきた男に対して敬意があった。

 もし彼が襲ってこなければ、主義主張の違いがあっても殺したりはしなかっただろう。

 彼女にもモラン伯爵が人間に慕われていた理由がわかっていた。


 しかし、それはそれである。

 最前線地域の統治者がいなくなったため、まずはその空白を埋めねばならない。

 マリアンヌは近隣の吸血鬼に救援要請を出した。

 これにはビキニパンツ派かブリーフ派かは関係ない。

 どちらでもかまわないので、早くきてほしかった。

 彼らが到着するまでは、マリアンヌがモラン伯爵の代わりを務める。


 彼女も一刻も早く帰宅したいという思いはあった。

 だがそれ以上に、王女としての義務感を持ち合わせていた。

 この地を放置して出ていくわけにはいかない。

 せめて代わりがくる時までは。

 だから彼女は敵意や恐れの視線ばかりの中、逃げ出す事なく事態の収拾に努めていた。


 一方、ダグラスはやる事がなかった。

 半吸血鬼化したせいか、太陽で死ぬ事はないが、しばらくの間はまぶしくて日中に行動する事ができなかったからだ。

 日中に動けないといっても、夜は多少夜目が効くようになった程度。

 それも時間と共に治るはずなので、ただ夜型の人間になっただけである。

 普通の人間にできる事など知れている。

 しかし、そんな彼でもできる事があった。


 ――マリアンヌの近くで周囲に睨みを効かせる事だ。


 彼がモラン伯爵を討ち取ったところを目撃していた使用人が仲間に言い触らしていた。

 そのおかげで彼は“人間でありながら吸血鬼を討ち取る事のできる化け物”として恐れられるようになった。

 普通の人間社会ならそれは名誉な事だが、この国では違う。


 ――吸血鬼への敬意を持たぬ不届き者として恐れられていた。


 いくらマリアンヌを守るためとはいえ、人間が吸血鬼に手出しをするなどありえない事である。

 せめてマリアンヌの眷属ならばよかったが、ダグラスはモラン伯爵に直接手を下したあとで人間に戻っている。

 そのため使用人たちは“人間が伯爵閣下を殺した”と思っていた。

 

 だがダグラスにとって、それは都合のいい誤解でもあった。

 彼はこれ見よがしに剣を腰に下げ、堂々と城の中を歩く事で、すべての元凶・・・・・・として恨みを一身に受け止めていた。

 吸血鬼であるマリアンヌに恨みをぶつけるわけにはいかないが、同じ人間のダグラスならばぶつけやすい。

 彼が恨みの籠った視線を受け止めた分だけ、マリアンヌがやりやすくなる。

 それならば、視線を浴びる事くらいどうという事でもなかった。

 そもそも彼は蔑みの視線など慣れているのだから。



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 二日後、マーゴ・コスター子爵が到着する。

 彼はビキニパンツ派であり、マリアンヌも一安心といったところだった。


「まさかモラン伯爵がブリーフの隆盛を取り戻そうとしていたとは……。すぐ隣の領地を任されていたにも関わらず見抜けなかった……。このマーゴ、一生の不覚!」


 コスター子爵はマリアンヌの前にひざまずき、モラン伯爵の行動に気づけなかった事を恥じる。


「突如魔法が使えなくなったせいよ。シルヴェニアでも混乱が大きかったでしょう? 領民を守る事に必死で他人の行動を監視する余裕がなくても仕方ないわ」


 そんな彼に、マリアンヌは優しい言葉をかけた。

 責める事はいつでもできる。

 だからこそ、今は責めなかった。

 今はそのような時ではないとわかっていたからだ。


「それよりも、後任の領主がくるまで任せてもいいかしら? 私もお父様に帰還の報告と、今回の事の顛末を説明しないといけないのよ」

「お任せください。そのために私もきたのですから」


 コスター子爵に異論はなかった。

 二つ返事で引き受ける。

 そして彼は、ダグラスの前に立った。

 ブリーフとは違い、ピッタリとしたビキニパンツが、嫌というほど強くダグラスの印象に残る。

 彼はダグラスの肩に手を置く。


「君がモラン伯爵を倒し、姫殿下の窮地を救ったという話を聞いている。……だが勘違いするなよ。姫殿下は慈悲深きお方というだけだ。あの服装も君のためではなく、威圧感を軽減して人間を統治しやすくするためのものだ」

「はい、わかっております」


 喪服が破れて使い物にならなくなったため、マリアンヌは白のワンピースを着ている。

 以前にキドリが“似合う”と言って、マリアンヌを着せ替え人形にしていた時のものだ。

 喪服だけでは汚れた時に困るので、念のために持ってきたものだった。

 ダグラスは“もう怖がらないから、以前の服装でいいのに”と思っていたが、なぜか彼女は服を着るようになっていた。

 本人が着たいのならば、それを止める理由もないので好きにさせていたものだ。


 それがコスター子爵には気に入らないのだろう。

 吸血鬼は強者たる者として、衣服という防具に頼らない姿をするべきである。

 だというのに、マリアンヌはワンピースなどという露出の極めて低い服装をしている。

 王女としての自覚を持ってほしいと思っていた。

 昔は自覚を持っていたので、彼女がそんな服装を今している理由は、ダグラスが原因としか考えられない。

 だから彼はダグラスに厳しい視線を向けてしまう。


「外部の人間は欲深いと聞いている。姫殿下の優しさで勘違いして、自分にもチャンスがあると思うなよ。陛下も人間にお優しい方ではあるが、それは利用価値があるからだ。道具として愛着を持っているという以上の感情はないのだからな」

「それもわかっております。コスター子爵も、今のやり取りでかなりの人格者だという事も」

「ふんっ、勘違いするなよ。お前のためなどではない。すべては陛下のため、ひいてはお国のためなのだからな」


 ダグラスは“コスター子爵は嫌みを言っているのではなく、彼の立場で人間に対してできる忠告をしてくれているのだ”と理解していた。

 こういった遠回しの伝え方は貴族とのやり取りで慣れている。

 本当にどうでもいい相手なら、忠告などせずに相手が失敗するのを黙って見ていただろう。


(吸血鬼というのは、見た目の迫力ほど恐ろしくはない相手なのかもしれないな)


 自分の所有物を大切にするという感情ではあるのだろうが、無駄に浪費しようとはしない。

 モラン伯爵も殉死者が出るくらいには人間を大事にしていた。


(意外とこの国に住むのも悪くないのかもしれないな。マリーを助けた見返りに居住権とかをもらえないだろうか?)


 ダグラスは、ついそんな事を考えてしまう。

 これは彼が“家畜のような扱い”というものが、人間の国と吸血鬼の国とでは大違いと知っているせいだった。

 だがそれには、吸血鬼の王と会う必要があるだろう。

 マリアンヌの父親なので、一目見ただけで気を失うようなみっともない真似はしたくない。

 ダグラスは気を引き締めていこうと決意をしていた。

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