第79話 ピキニパンツ派 VS ブリーフ派 7

 モラン伯爵は、一度ダグラスの姿をじっくりと確認して落ち着く。

 そうする事で吸血鬼としての威厳を取り戻そうとした。


「混ざり者が調子に乗っては困りますね。姫殿下の代わりにしつけて差し上げましょう」

「しつける? ブリーフ一枚で女性の前に立つ変質者にしつけられるいわれはない!」

「貴様、高貴なるブリーフを愚弄するか!」


 だが、それは一瞬の事だった。

 元人間のダグラスにブリーフをコケにされ、モラン伯爵は激怒する。

 ブリーフをバカにするのは、けしてやってはならぬ禁忌である。

 それも人間如きが。


 モラン伯爵は怒りに任せて魔法を使おうと手を突きだす。

 魔法を使えば、自分だけが死ぬ事になってしまうかもしれない。

 死ぬ事に恐れはないが、ダグラスが無傷のままというのは許せない。

 怒りに任せて行動するのを、ギリギリのところで堪えた。


「後悔させてやろう」

「それはこちらのセリフだ。マリアンヌ様を傷つけた事を後悔するといい」


 ダグラスが切りかかる。

 聖銀の剣であったが、モラン伯爵はかわさない。

 魔法は使えないものの魔力は使える。

 左腕に魔力を集めて盾とし、ダグラスが剣を振り切る前に距離を詰め、右手を繰り出す。


 これにはダグラスも虚を突かれた。

 しかし、刀身を短くする事で振りを早くし、反射的に体をひねって対応する。

 だがそれは皮肉な事に、ダグラスがこれまで半吸血鬼たちに“しょせんは人間の域を超えていない動き”と思っていたものと同じだった。


 純血の吸血鬼であるモラン伯爵は違う。

 その体のすべてが凶器になり得ると知っている。

 殴りも蹴りもしない。

 ただダグラスに向かって突進する。


 それだけでダグラスはなすすべもなかった。

 屋敷の壁に叩きつけられ、壁を破壊して室内に転がされた。

 人間であったなら、すでに体はズタボロとなって絶命していただろう。

 今はただ、半吸血鬼だったというおかげで生きているだけである。


(これが吸血鬼との意識の違いか!?)


 人間であれば、ちょっとした傷でも致命傷になりかねないので怪我をしないようにする。

 だが吸血鬼は違った。

 多少の傷は、すぐに自然回復する。

 そもそも太陽に弱いなど弱点が多いから勘違いしがちだが、そういった弱点があるにも関わらず、魔族の中で一定の地位を確保し続けている相手だ。

 身体能力、魔力共にハイレベルな力を持ち合わせている。

 そして、その力に合わせた戦い方も身に着けているのも当然である。

 人間のような矮小な存在ではないのだ。


 ダグラスは、根本的な考え方が違うと実感させられる。

 しかし、そんな事を悠長に考えている暇などない。

 モラン伯爵が追撃を仕掛けてきたからだ。

 彼の攻撃は、床に転がっているダグラスを踏みつぶそうとするだけである。

 だが、そのただ踏みつぶすだけの攻撃が恐ろしかった。

 大理石の床を薄氷の如く踏み抜く威力は、今の体でもまともに食らえば危険である。

 床を転がって攻撃をかわす。


 とはいえ、ダグラスもやられてばかりではなかった。

 単純な打撃が効かないのなら関節を狙うだけである。

 隙を見てモラン伯爵の膝裏を蹴る。


「むっ」


 さすがに体の強度を魔力で補強できても、動く以上は関節までは強化できなかったようだ。

 モラン伯爵が片膝を着く。

 その瞬間を逃さず、ダグラスは立ち上がる。

 今回は距離を取ったりはしなかった。

 膝を着いているモラン伯爵を力いっぱい蹴り飛ばす。

 普通の人間にはできない事だ。

 しかし痛みを感じる事のなかったダグラスは違った。

 半吸血鬼が出せる力を限界一杯に使い、反動で自分の足が折れるほどの威力を出力した。


 モラン伯爵もとっさにガードしたものの、その蹴りの威力を堪えきれずに吹き飛ばされる。

 魔力で補強したものの、腕に激痛が走る。

 彼もまたその身で屋敷の壁を破壊して外に放りだされる。


(なぜ混ざり者が、これだけの力を出せるのだ! 元はたかが人間だというのに!)


 ダグラスは、モラン伯爵の常識外の存在だった。

 彼が特別に目をかけた人間であっても、このような力の使い方をする者など皆無だった。

 人間であった時の記憶からか、体が壊れない程度に力の制限をかけていた。

 だがダグラスは違う。

 力のリミッターが壊れたような戦い方をしてきた


(なるほど、これが王女が目にかけた人間というわけか。ビキニパンツ派もなかなかやる)


 モラン伯爵は、マリアンヌを世間知らずの王女様と見くびっていた事を始める。

 だがもうあとには引けない。

 こうなった以上は突き進むのみである。

 悔しい事ではあるが、相手を同格だと見て対応する事にする。


 モラン伯爵を追いかけて、ダグラスも外に飛び出した。

 今度は剣を使って攻撃を始める。

 それを見て、モラン伯爵のダグラスへの評価が変わる。


(先ほどの一撃で無理をする痛みを思い知ったか。やはり人間ではあるのだな)


 ――ダグラスが肉体による攻撃を嫌がっている。


 そう判断したモラン伯爵は、剣をどうにかすれば恐れる相手ではないと考えた。

 心の中で“しょせんは人間”という認識を捨て切れなかったのだ。


 ダグラスが剣で顔を突こうとする。

 モラン伯爵は、それをあえて口を開いて貫かせた。

 聖銀の剣は吸血鬼でも激しい痛みがある。

 だがそれでも、強く噛む事で剣の動きを封じる事ができる。


(これで終わりだ!)


 モラン伯爵は、ダグラスに掴みかかろうとする。

 剣を離して逃げれば、今度はモラン伯爵が剣を使う番である。

 どうあがこうともダグラスは終わり。


 そう確信した瞬間――


「ぐぼっ」


 ――突然、剣が膨張し、モラン伯爵の頭を上あごと下あごを境に二分した。


 モラン伯爵の上あごから上の頭が宙を舞う。


「誰がただの剣だと言った?」


 剣を元のサイズに戻し、地面に倒れ伏したモラン伯爵の心臓を貫く。

 地面に杭打ちされた格好となったモラン伯爵の胴体は一度大きくビクンとはね、蒸気と化していった。

 さすがに心臓を貫かれては、彼ほどの強者であっても耐えきれなかったようだ。

 ダグラスは大きく息を吐く。

 しかし、疲れをまったく感じていない事に気づいた。


(これがアンデッドの体か)


 呼吸を必要としない半吸血鬼の体になったのだと今になって実感する。

 今、彼が感じるのは一つ。

 血を欲するという気持ちだけだった。


「ダグラス」


 マリアンヌが声をかけてくる。

 ダグラスは勢いよく振り返ると、笑みを浮かべた。


「マリアンヌ様、ご無事でしたか」


 そう答えるダグラスに対し、彼女は少し寂しげな表情を浮かべた。

 やがて胸のボタンを外し、首筋を見せる。


「おいで」


 彼女は両手を差し出してダグラスを迎えようとする。

 ダグラスは文字通り飛びつくように彼女の首筋に噛みついた。


(なんだこれは!)


 ダグラスは赤子が母の乳房を求めるように、マリアンヌの首筋にしゃぶりつく。

 彼が性交の快楽を知っていれば、それ以上の絶頂を感じているとわかっただろう。

 だがそれを知らぬ彼は、未知なる快楽を貪っていた。

“これはなんだ!?”という以上の感想は持てなかった。

 それ以上の事を考える余裕すらなくなるほどの体験だったからだ。


 しかし、それは永遠には続かない。

 しばらくするとマリアンヌの血は、ただドロリとした感触がするものへと変わってしまった。

 ダグラスが口を離し、彼女の首元を見る。

 まだ血が残っているので惜しむように舐めるが、なにも味はしなかった。

 首筋を舐めるダグラスを、マリアンヌが引きはがす。


「デミ・ヴァンパイアが人間に戻る方法は一つ。血を吸ったヴァンパイアから、すぐに血を吸い返すしかない。もう大丈夫よ」

「そんな、僕はマリーの眷属でもよかったのに……」

「ふふふ」


 マリアンヌが小さく笑う。


「だめよ。あなたが私の眷属になれば、もうマリーって呼んでくれなくなるじゃない」

「それは――」


 ダグラスがそれ以上の事を言う前に、マリアンヌは彼に背を向ける。


「モラン伯爵が死んだ以上、眷属も死んでいるわ。私は屋敷の征圧をしてくるから、あなたは薬でも塗っておきなさい」


 彼女は、なぜかダグラスから逃げるように走っていった。

 ダグラスは彼女を追いかける。


「なんでついてくるのよ?」

「さっきの戦いで薬を落としたから、残りの薬は部屋の中にあるんだ。ついでだし手伝うよ」

「もうっ」


 マリアンヌは不服そうではあったが、どことなく嬉しそうにもしていた。


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次回月曜日は四回目のワクチン接種で体調を崩すと思うのでお休みです。

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