第83話 予想外の事実の発覚
王都エリザ。
ここは人間の街と変わらなかった。
違うところといえば、どの家の窓にもベランダがついており、鍵がかかっていない事だろう。
この国の人間にとって、吸血鬼に血を吸われるのは名誉な事。
気軽に来訪できるようにしていた。
もっとも、その機会はまずなかったが。
街では民衆の歓迎を受けた。
――王女の帰還。
魔法の効果がおかしくなって以来、不幸な話ばかりだった。
そんな中、反逆者を討伐した王女の帰還という話は数少ない朗報である。
吸血鬼ではない人間であるにも関わらず、ビキニパンツ一枚だけ履いた男たちが数多く出迎えにきていたくらいだ。
その光景をマリアンヌが見る事はなかったが、歓迎の雰囲気は感じ取っていた。
歓迎される事はこれまでにもあったが、ビキニパンツ姿の男たちが出迎えてくれるのは初めてだ。
ダグラスはこの不思議な光景を眺めていた。
しかし、彼はふと思った。
(そういえば騎士の出迎えとかはないんだな)
マリアンヌの家族は吸血鬼なので、日中出迎えにくるのはできないとわかっている。
しかし、王宮の騎士たちが出迎えにきてもおかしくない。
なのに彼らは姿を現さず、ジリアンたちが付けてくれた護衛のみが同行している。
先導する騎士すら送ってこない事を疑問に思っていた。
(家族仲が悪いとかかな? でもマリーの様子を見る限りではそんな様子はなかった。もしかして、モラン伯爵を殺したのが政治的にまずかったとか、そういう理由でもあるのかな?)
ダグラスは、シルヴェニア国内の政治情勢などまったく知らなかった。
国王として、マリアンヌを表立って出迎えられない理由があるのかもしれない。
しかし、マリアンヌはその事を言っていなかったので、違う理由の可能性も十分にある。
確認するまではわからなかったが、万が一に備えて心構えをしておく必要がある。
ダグラスは、なにを言われても大丈夫なように覚悟を決めようとしていた。
王宮に到着すると、さすがに門の前に出迎えが並んでいた。
だが歓声はあがらない。
王女が帰還したというのに、なぜか重苦しい雰囲気だった。
馬車はいつも通り、屋根に覆われた暗い通路へ向かう。
この時、ダグラスは寒気を覚えた。
モラン伯爵などよりも、ずっと強い恐怖を感じたのだ。
それも一人だけではない。
無数の強大な力を感じていた。
(これが吸血鬼の王族の力か。それになんとなく好意的ではない気がする……)
気がつけば、まだ距離があるというのにダグラスの足が震えていた。
待っている吸血鬼がジリアンたちとは違い、敵意を持っているせいかもしれない。
マリアンヌを無事に連れてきたというのに、敵意を持たれている。
その理由がわからないだけに、ダグラスは底知れぬ恐怖を覚える。
「やっぱり、お父様は機嫌を損ねたようね」
マリアンヌが棺の中から起き上がる。
「やっぱり? 理由がわかっているのなら教えてほしいんだけど」
「そうね、理由はすぐにわかると思うから……。もう少し待っていて」
「そんなに話しにくい事なの?」
「ええ、まぁ……」
マリアンヌは、はっきりと答えようとしない。
だが無視できる問題ではないので、ダグラスはさらに確認する。
「僕も関係する事なの?」
「ええ、そうね……」
彼女の歯切れが悪い。
しかし、問題を話そうとしない。
ダグラスは諦めずに聞き出そうとするが、それよりも馬車の到着が早かった。
ノックされたあと、ドアが開かれる。
「姫殿下のご帰還、心よりお待ちしておりました」
まずは執事が出迎える。
彼の背後に、壮年の男女やジリアンの姿が見えた。
ビキニパンツ姿の壮年の男がダグラスの事を、今にも殺さんばかりに睨みつける。
ダグラスは、その視線を向けられるだけで息ができなくなった。
「先に馬車を降りてエスコートする事すらできんとは情けない」
彼は吐き捨てるように言った。
「外の人間ですもの。まともな教育を受けていないのかもしれないわ」
男の隣に立つ、スリングショットの水着を着た上品な女性がダグラスに見下すような視線を向ける。
彼らの言葉を聞いて、ダグラスは自分がやるべき事に気づいた。
しかし動けない。
(その威圧をやめてくれ。殺意だけで殺されそうだ……)
呼吸する事すら困難なのだ。
立ち上がる事などできない。
無茶な要求をする前に、身動きできるようにしてほしいところだった。
「お父様、お母様、ただいま戻りました!」
執事が手を差し伸べてくれているのだが、マリアンヌは彼の手を取らずに飛び降り、両親のもとへと駆け寄った。
本来ならば感動的な再会の場面である。
――だがそうはならなかった。
マリアンヌの父親だと思われる吸血鬼は、マリアンヌを抱きとめたりしなかった。
むしろその逆。
彼女の腹を引き裂く。
「!?」
マリアンヌの父親の意識がダグラスから逸れたという事もあるのだろう。
これにはダグラスも驚きのあまり立ち上がる。
「……なんだ、これは?」
「お父様、ごめんなさい……。これは、その……」
どうやらマリアンヌの腹を引き裂いたわけではなかったようだ。
ワンピースの腹部を裂いて、お腹を確認したらしい。
「お前が無事に帰ってきた事は喜ばしい。だが、どこの馬の骨かも人間の子供を宿して帰ってくるとは思わなかったぞ」
「はぁっ!?」
ダグラスが驚きの声をあげる。
そんな話は完全に初耳である。
驚きの声をあげたダグラスに視線が集まる。
今度は先ほどよりも強く、明確な殺意が籠められていた。
「自覚もないクズだったとは……」
「そんな風に言わないで。私が教えていなかっただけだから」
「一緒に旅をしていたのなら、あなたの変化に気づけるはずよ。妊娠にすら気づけないほどあなたに興味を持っていないという事だわ」
「そんな事ないわ。私の事を考えて行動してくれていたのよ」
マリアンヌがダグラスを庇う。
だがそのダグラス本人には意味がなかった。
(子供なんて……。そんな覚え、まったくないぞ! それにヴァンパイアはみんな、俺の血をうまいって言ってたじゃないか!)
ダグラスは純潔のままである。
子供を作る方法は知っているが、そのような行為をした覚えなどない。
していれば純潔ではなくなり、吸血鬼が好む味ではなくなっているはずだ。
ダグラスは“自分が知らぬ間にマリアンヌが誰かと夜を過ごしたのでは?”と考えてしまう。
そんなダグラスの戸惑いを感じ取ったのだろう。
マリアンヌが事情を説明し始める。
「ヴァンパイアは人間とは子供の作り方が違うの。子供を作りたいと思った相手の首筋から何度も血を吸うというやり方なのよ。人間相手だと、普通は子供ができる前に死ぬか眷属になってしまうのだけれど……」
「あ、あぁ……」
(マリーに何度も血を吸わせていた! それも傷薬でヴァンパイア化を無効にしながら! ……あっ! それじゃあ、首筋から血を吸うのが廃れて、求愛の証になったっていうのも子供を作る方法だったからか!)
ダグラスは恥ずかしくなってきた。
――マリアンヌと出会ってから今までやってきた事は“血が欲しければ俺の子供を産め”と要求していたも同然なのだから。
今になって、自分の行動がどのようなものだったのかを知る。
“だったら先に教えてくれ”と思わなくもない。
マリアンヌの家族が怒りを見せるのも当然だろう。
今思えば、モラン伯爵やジリアンたちがマリアンヌを見た時の反応もおかしかった。
一緒にいたダグラスがもっと早く気づいてやるべきだったが“子供を作っている”などという意識がないため、到底想像もできなかったのだ。
完全に予想外の事実が判明し、ダグラスは違う意味で呼吸困難へと陥っていた。
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