第75話 ピキニパンツ派 VS ブリーフ派 3
部屋を出たダグラスは人影を探して廊下を駆ける。
何度か角を曲がると、メイドの姿を見つけた。
彼女はダグラスの姿を見て驚く。
「あのっ、姫殿下はどこにおられますか? デミ・ヴァンパイアの女性に突然襲われてしまって……」
そう説明するダグラスの姿が、乱れていたからだ。
胸のボタンが取れて、胸元がはだけている。
“襲われた”という言葉の意味を考えて、メイドは慌てふためく。
「この廊下を真っ直ぐ進んで、突きあたりを右に曲がれば浴室ですが……。入浴中だと伺っておりますので、男性の入室は……」
「ありがとう!」
礼を言って、ダグラスは廊下を駆ける。
(メイドにまでは知らせていないか。モラン伯爵と側近だけに知らせて、俺たちに気取らせないようにしていたのか)
今の会話で、城全体が敵に回っているわけではない可能性を考える。
ただし、今の話がまったくの嘘で、逆方向に誘導されている可能性もある。
マリアンヌの居場所が確定するまで決めつけるわけにはいかなかった。
とりあえず、教えられた方向へ向かうだけだ。
しばらくすると、なにかが壊れる大きな音が聞こえた。
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浴室に案内されたマリアンヌは感動していた。
(血のお風呂なんて久しぶりね。こればっかりはシルヴェニアでしか入れないわ)
これまでは目立たぬようにお湯で体を拭く程度だった。
ようやくまともな風呂に入れるのだ。
自然と心が弾む。
しかし、王女である以上、メイドたちの前で気安く表情を緩ませたりはしない。
「服を脱ぐお手伝いをさせていただきます」
メイドたちがマリアンヌの着ている喪服を脱がそうとする。
「いえ、結構よ。自分でやるから」
「ご自分でですか……」
――王女であるマリアンヌが自分で服を脱ぐ。
その事にメイドたちは驚いた。
マリアンヌも“しまった”と思ったが、あとの祭りである。
「私の肌を見ていい者は限られているのよ」
露出の多い服装をする吸血鬼には無理のある言い訳である。
しかし、王女であるため“そういうものなのか?”と誤解をしてくれるかもしれない。
一縷の願いを込めて、このまま押し通す事にする。
「おや、以前王都でお見掛けした時は、一般的な服装でしたはずですが?」
浴室のドアの向こう側からモラン伯爵が疑問を投げかける。
マリアンヌは、ムッとする。
「女性が入っている浴室に聞き耳を立てるのはマナー違反ではなくて?」
「あぁ、それですがね。予定が変わったんですよ」
「予定?」
マリアンヌが聞き返すが、モラン伯爵の返答はなかった。
その代わりにドアを蹴破ってくる。
ドアの前にいたメイドが吹き飛ばされ、うめき声をあげる。
他のメイドたちは同僚を心配するよりも、身を守るため壁際で身を縮こまらせた。
「親切心で見逃してやろうと思っていたのに……。見張りにつけた私の眷属を、あの小僧が殺したからですよ。あなたを片づけたあと、あの小僧に惨めな死を与えてやらねばならなくなったのです」
「ダグラスが? ……なるほど、ただの人間ではないと思っていたけれども、デミ・ヴァンパイアくらいは倒せるのね。どう私が選んだ人間は? 眷属でなくとも優秀でしょう?」
――ダグラスが異変を察知し、見張りを殺した。
マリアンヌは自分の事のように誇って見せた。
モラン伯爵は当然面白くない。
「奴は私の眷属の中で最弱。それくらいで誇ってもらっては困りますね」
「あら、そんなに弱い人を眷属にしないといけなかったの? ブリーフ派も人材不足なのね」
強がってみせたが、モラン伯爵の言葉はマリアンヌに鼻で笑い飛ばされる。
今まで落ち着き払っていたモラン伯爵の表情が憤怒に染まる。
「あらあら、もう余裕がなくなってしまったの? たるんだブリーフくらい情けないわね」
マリアンヌは挑発を続ける。
モラン伯爵はやる気だ。
ならば遠慮する必要はない。
「今思えば、帰ってきていないのはビキニパンツ派の家の者ばかり。帰国者が少なかったのは、あなたたちブリーフ派のせいね」
「この混乱は神がヴァンパイアの伝統を取り戻せというお告げでしょう。ならば動くしかない!」
「バカね。神なら知っているけれど、彼なら私たちの伝統なんて知った事ではないと笑うでしょうよ」
「あなたが神を知っているはずがない!」
モラン伯爵が殴りかかる。
マリアンヌもカウンターを入れるが、どちらも急所を外れていた。
吸血鬼同士の戦いでは、急所を突かねば攻撃の効果は薄い。
魔法が使えぬ以上、格闘による決着をつけねばならなかった。
力強く踏み込む足で床が削れ、メイドたちの肌を傷つける。
だが、お互いに戦いをやめなかった。
お互いに人間を大事にするとはいえ、自分の命と引き換えてまでの価値があるとは認めていない。
あくまでも嗜好品として大事にしているだけなのだ。
彼女らの存在を気にはしない。
マリアンヌが殴り飛ばされ、壁際にいたメイドを己が体と壁とで挟み込む。
力を入れ間違ったケチャップがごとく、メイドの体から壁に鮮血が飛び散る。
この光景を見ても動けるメイドたちはいなかった。
――恐怖で気を失う者。
――吸血鬼同士の戦いに威圧されて身動きができない者。
――逃げねばならないとわかってはいるが、その場でうずくまって頭を抱える者。
両者の迫力の前に、まともに逃げる事ができなかったのだ。
彼女らにできる事は一つ。
“自分の近くにこないでくれ”と願う事だけだった。
しかし、その願いは儚いものとなる。
貴族の邸宅で広い浴室とはいえ、やはり浴室は浴室。
吸血鬼同士の争いには狭い。
わずかな間に多くの犠牲者が出て、それが浴槽に貯められていた血かどうかもわからぬほど、浴室が真っ赤に染まっていく。
「捕まえた!」
「くっ」
マリアンヌがモラン伯爵に首を掴まれてしまう。
争いは決着へ向かおうとしていた。
「いくら王族とはいえ、前線に出た事もないようなお姫様に負けはしませんよ」
モラン伯爵は余裕の笑みを浮かべる。
彼は多くの兵士や冒険者たちと戦って勝ってきた男だ。
まともに戦闘をしてこなかったマリアンヌとは経験が違う。
「言い残す事があれば伺いますよ。もっとも陛下に伝わるとは保証できませんが」
「ないわ。自分の口で伝えるから」
「戯言を……。まぁいい、陛下も今のあなたの姿を見ないほうがいいでしょう。これが私なりの陛下への最後の奉公としましょう」
マリアンヌはモラン伯爵の手から抜け出そうともがく。
しかし、ガッチリと首を掴まれているせいで抜け出せそうにない。
それでも1%の可能性を信じて諦めはしなかった。
「これでおわりだ」
モラン伯爵がトドメを刺そうとする。
「マリー!」
廊下からマリアンヌを呼ぶ声が聞こえる。
思わずそちらを振り向いた瞬間――モラン伯爵の目に銀のナイフが刺さった。
「ぐわぁぁぁ!」
モラン伯爵の力が緩み、マリアンヌは彼の手から抜けだして距離を取る。
ダグラスがきてくれたので、状況に変化が訪れそうな予感を覚える。
ダグラスは“マリー”と呼んだ時の周囲の反応を忘れてはいなかった。
モラン伯爵も“人間如きが”と反応してくれると信じていた。
たとえ王家に対する反逆者であっても、
だから名前を呼びながらナイフを投げたのだ。
こちらを振り向いてくれると信じて。
「間に合ってよかった。さぁ、ここからは僕が相手だ」
マリアンヌと初めて出会った時とは違い、今は吸血鬼相手に有効な武器は持っている。
一方的になぶられる立場ではないという自信が、ダグラスにモラン伯爵と立ち向かう勇気を与えてくれていた。
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