第74話 ピキニパンツ派 VS ブリーフ派 2
マリアンヌは血の風呂を特別に用意されたので入りにいった。
ダグラスも部屋にお湯の入った桶を持ってくれたので、それで体を拭く事にした。
従者であるダグラスに水ではなく、お湯を持ってきてくれた。
ビキニパンツ派とブリーフ派の確執はあっても、もてなしてはくれるようだ。
だがダグラスは痛みを感じない。
いきなりお湯を使わず、しばらくお湯に指先をつけて様子を見る。
火傷をする様子はないので、ちょうどいい湯加減のようだ。
感覚のない者として、こうした注意は必要だった。
(体を拭く前に、やる事をやっておこう)
もてなしを喜ぶ前に、準備をしておかねばならない。
体を拭いている時は無防備になる。
万が一の事態に対する備えは必要だった。
まずダグラスはレプリカソードから石を取り出し、中に聖銀を入れる。
ドリンで聖職者によって神の祝福を付与された銀である。
小石くらいの大きさなので武器として使うには足りないが、レプリカソードであれば使いものになる。
銀のナイフと違い、スイッチを操作するまでは刀身が見えない。
相手を油断させるのには最適だ。
武器の用意が終わり、窓の鍵などを確認してから服を脱ごうとする。
するとドアの向こうで気配を感じた。
やがてノックされる。
「お手伝いに参りました」
若い女の声だ。
おそらくメイドだろう。
体を拭こうという状況で男ではなく、女を送ってくる意味は限定される。
――本当に手伝わせるためか、女をあてがうためだ。
(体を拭く手伝いをするなら、お湯を持ってきたメイドにさせればいいだけだ? だとすると女をあてがおうとしている? いったいなにが狙いだ)
国境の砦から“ダグラスは、マリアンヌの食料だ”という報告は受けているはず。
それなのに若い女をあてがう理由とはどういうものか。
女性を経験させ、マリアンヌとの関係を壊そうというのだろうか?
「自分で拭くので必要ありません」
ダグラスは断った。
問題が起きそうなら、その問題を避けたほうがいいからだ。
「そんな、困ります……。手伝わないと叱られてしまうのです……。中に入れてください……」
メイドは弱々しい声で頼み込んでくる。
その態度で、ダグラスは察する事ができた。
(中に入る事自体が目的か? でもなにをするつもりだ? ……調べてみるか)
男女の契りを狙っているとしても、ダグラスがその気にならねば問題ない。
彼はモラン伯爵がなにを狙っているのか、メイドの様子を見て確認しようとした。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ダグラスが入室を許可すると、メイドはすぐに中に入ってきた。
彼女は髪で顔を隠していたが、ダグラスは相手がただの人間ではない事に気づく。
「デミ・ヴァンパイアが、なぜメイドの格好をしているのですか?」
半吸血鬼ならば、立場はもっと上のはずである。
ピエールも砦の防衛を任されていた。
メイドなどやらされるはずがない。
不穏な臭いが漂い始める。
「フフフッ、さすがは姫殿下が連れ帰った人間というわけか。まったくのグズというわけではないようだな」
メイドが金色の髪をかき上げる。
赤い目と笑みを浮かべる口からは牙が見えた。
「さすがに気配でわかりますよ。それで、あなたを送り込んできたモラン伯の考えとは?」
「閣下は寛大なお方だ。お前には関係のない事だし、なにもする気はない。大人しくしていればな」
メイドがニヤリと笑う。
それは勝利を確信した笑みだった。
たかが人間如きになにができるのかと見下しているのだろう。
(お前には関係ないから大人しくしていろ、か)
“外部の人間には関係ない事だから黙っていろ”という事だ。
それはつまり“内部の者の問題だ”という事である。
この場合、その内部の者とはマリーの事だろう。
まずはそれを確認しなければならない。
「それはビキニパンツ派とブリーフ派の争いが関係しているという事でしょうか?」
ダグラスの質問に、メイドは目を丸くして驚いた。
「まさか外部の人間に国情をそこまで教えているとは……。あの女め」
(どうやら、マリーの帰国をなかった事にでもしようとしているのだろう)
彼女の動揺具合を見て、ダグラスは確信を持った。
事件に便乗して暗殺を狙うという事例は、人間の国でも過去にあった。
それと同じ事が起きようとしているのだろう。
しかし、確信は持っていても証拠はない。
自分から仕掛けては、違った場合にマリアンヌにも迷惑をかけてしまうだろう。
まずはきっかけになる火種を探さねばならなかった。
「姫殿下と会わせてもらえませんか?」
ダグラスはできうる限り、不安で怯えている惨めな人間らしい声で懇願する。
「今は入浴中だから、男を入れるわけにはいかない」
しかし、反論しようのない理由で断られた。
だが――
「それにもう会えなくなるだろうさ」
――ダグラスの態度を見て、話さなくてもいい事まで話した。
これは“マリアンヌが死ぬから会えない”という意味だろう。
もしこれが“思わせぶりな話し方をするだけの女”であれば、ダグラスは大変なミスを犯すかもしれない。
しかし、先ほどからの話の流れを考えれば、マリアンヌの身に危険が迫っていると考えるべきだ。
「どちらのパンツがいいのかなんて僕にはわからない。ただ、そんな理由でマリーが殺されるのは許せないという自分の気持ちだけはわかっている。そこをどいてくれるのなら、あなたにはなにもしない。さぁ、どうする?」
ただの先走りかもしれない。
だが彼は行動する事を選んだ。
銀のナイフを抜いて、メイドに向ける。
「ピエールからの報告でお前の血は極上だと聞いている。伯爵閣下ならば、お前に良い待遇をしてくれるだろう。目をつむり、耳を塞いでおいたほうがいいのではないか?」
「断る! モラン伯の家畜として生きるなどごめんこうむる!」
「やれやれ、国外の人間まで魅了するとは、さすがは王族といったところか。まぁ、人間ごときになにができるというのだ」
メイドが飛びかかってくる。
殺気はないので、力でねじ伏せて拘束しようとしているのかもしれない。
ダグラスは彼女の顔に向けてナイフを投げた。
メイドは体を左に傾け、ナイフをかわす。
(武器をわざわざ手放すとは愚か者め!)
ダグラスの周囲には武器になりそうなものはない。
腰に下げた棍棒のようなものはあるが、そんなもので半吸血鬼の体を傷つける事などできない。
彼女の顔には余裕の笑みが浮かんだ。
だが、それも一瞬の事。
すぐに苦悶の表情へと変わった。
――まばたきを一度するまでの間に、胸には聖銀の剣が突き刺さっていたからだ。
「ガアアアァァァ!」
半吸血鬼は、人間が吸血鬼化したものである。
そのため、その行動は人間の範疇を越えるものではなかった。
もし狼などの野生動物であれば、二撃目も体を捻ったり、飛んだりしてかわせただろう。
だが元が人間であったため、彼女は態勢を崩す事を本能的に恐れた。
戦い慣れていれば、イチかバチかでダグラスの足元に転がりタックルなどへ繋げる事もできたはずだ。
しかし、彼女はそれができなかった。
もちろんダグラスの動きが素早かったというのもある。
だが相手がただの人間だと油断したのと、ナイフに一瞬気を取られた時点で勝負が決まっていた。
心臓を貫かれて床に倒れた彼女の体からは煙が上がり、やがて骨だけを残すのみとなった。
「デミ・ヴァンパイアといっても、しょせんは人間の延長線上の生き物。マリーとは比べるまでもないな」
死体を見下ろすダグラスの目に勝ち誇ってはいなかった。
ただ自分が半吸血鬼が相手でも戦えるという確認をしていただけである。
ダグラスは銀のナイフを拾い、最低限の準備をして部屋を飛び出していった。
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