第73話 ピキニパンツ派 VS ブリーフ派 1
ブリーフの男が立つところまで五メートルほど。
そこでダグラスは死の気配を感じた。
男が襲いかかってくる様子はない。
それでも死を感じたのだ。
――ブリーフ姿の男の間合いに入った。
そういう事だろう。
マリアンヌの時も危険を感じていたが、それ以上の危険を感じていた。
(これが最前線を任されていた者の力か)
マリアンヌとの違いは年齢と経験の差だ。
彼は長年、クローラ帝国軍や冒険者たちとしのぎを削ってきた。
その実戦経験がマリアンヌとの差を生み出していた。
もしマリアンヌがいなければ、彼に近寄る事はできなかった。
いや、遠目に見る事すら避けていただろう。
それだけ恐ろしい相手だった。
しかし、ブリーフの男はダグラスに見向きもしなかった。
馬車が止まると、後部に向かって悠然と歩く。
その姿は気品すら伺えるものだった。
ダグラスは御者台から離れ、荷台に移動する。
砦でマリアンヌが降りるための踏み台を受け取っているので、それを荷台から降ろすためである。
もう人間階段など不要なのだ。
踏み台を降ろそうとすると、兵士たちが手伝ってくれた。
準備が終わると、マリアンヌに声をかけようとする。
すると、踏み台を登る音が聞こえた。
ダグラスが振り向くと、荷台にブリーフの男が立っていた。
マリアンヌと同じく銀髪で赤い目をしている。
吸血鬼である事は間違いなさそうなので、モラン伯爵自身が迎えにきたのだろう。
彼は腰まで伸びた長い髪にスラリとした体格である。
見た目も若く、長身のクールな男といった容姿をしていた。
そんな彼だけに、どうしても着古してヨレヨレになったブリーフが目立つ。
「どいてくれるか?」
「はい!」
彼は
人間を大切にする方針なのも関係しているのだろうが、その威張らない態度からは強者の余裕が見て取れる。
ダグラスは素直に荷台の端に寄った。
ブリーフの男が棺の前にひざまずく。
「姫殿下、ご無沙汰しております。セシル・モラン伯爵でございます。まずはご尊顔を確認させていただきとう存じます」
ダグラスに対する態度とは違い、マリアンヌに対しては“まずは顔を見せろ”と慇懃無礼な態度を取る。
その振る舞いにダグラスは驚いていた。
どう考えても逆だからである。
棺の蓋が開かれる。
中から出てきたマリアンヌに不愉快そうな雰囲気はなかった。
しかし、好意的な雰囲気でもない。
真顔であり、そこから彼女の感情を窺う事はできなかった。
「久しぶりね、モラン伯。国境の守り、ご苦労様」
「おお、これはこれは。姫殿下からいたわりのお言葉をいただけるとは、このモラン伯爵光栄の極み」
モラン伯爵が、うやうやしく頭を下げる。
しかしダグラスは、二人の間にはどこかピリピリとしたものを感じた。
あまり仲が良くないのかもしれない。
「長旅でお疲れでしょう。姫殿下にふさわしい部屋をご用意しておりますので、ごゆるりとお過ごしください」
「そうさせてもらうわ」
吸血鬼には吸血鬼なりの理由があるのだろう。
無条件に歓迎しているというわけではなさそうだ。
「ところで、その服装は? どうかされたのですか?」
モラン伯爵は、マリアンヌが喪服を着ている事を指摘する。
やはり吸血鬼としては気になるところだったようだ。
「その子が怯えるからよ。肌の露出が少なければ、与える恐怖も少なくなるようだからね」
「さようでございましたか。姫殿下はお優しい方でございますな」
彼も人間を大事にしているはずだが、どこかマリアンヌを馬鹿にしているような声色だった。
ダグラスでも、そう感じるのだ。
マリアンヌ本人は、もっとよくわかっているだろう。
だが相手は王族である。
モラン伯爵もマリアンヌが馬車から降りる時に手を貸すなど、形の上での礼儀は忘れていない。
(伯爵とか爵位があるようだし、もしかして派閥争いのようなものがあるのかもしれないな)
ダグラスは、そのように考えた。
人間社会でも似たような事はいくらでもある。
吸血鬼社会にあっても不思議ではない。
――しかしそれは、
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今回はダグラスもマリアンヌと同じ部屋に通された。
正確に言うならば、貴賓室に隣接する使用人用の部屋である。
それでも、これまで泊まったどのホテルよりも立派な内装だったので、吸血鬼の従者というのがどれだけ高い地位なのかがわかる。
「ダグラス」
内装に見入っていると、マリアンヌからお呼びの声がかかった。
ダグラスは彼女のもとへと向かう。
部屋に入った時にいたメイドたちは、すでに部屋から出されていた。
「王家とモラン伯爵について説明しておく事があるの」
彼女は自分の前の席に座れと指図する。
ダグラスが座ると、説明を始めた。
「建国以来、モラン伯爵――いえ、彼らブリーフ派と、王家を中心とするビキニパンツ派の確執があるの」
マリアンヌの話は衝撃的な始まりだった。
「ブリーフ派はシルヴェニアが建国される前から主流で、伝統ある格好としてこだわりがあるの。一方ビキニパンツ派は、女のヴァンパイアの服装と同じ素材に合わせたもので、ヴァンパイアという種族に統一性のある格好にしようと考えている派閥なの。だからモラン伯爵たちブリーフ派は“チューダ朝は伝統の破壊者だ”と敵視しているのよ」
「なるほど……」
ダグラスは、先ほどのモラン伯爵の態度を理解した。
――新しい規則と伝統。
これは相反する問題である。
伝統あるやり方は往々にして新しいものと相性が悪いものである。
一方で、誇りを持ちやすい生き方でもある。
ビキニパンツ派のような、伝統を破壊しようとする者が許せないのだろう。
これは難しい問題だ。
肌の露出という点ではほぼ同じ。
効率という点では、男女で同じ素材を使うビキニパンツ派のほうが上だろう。
だが、伝統をこよなく愛する者たちには受け入れがたい変革である。
だからモラン伯爵は、マリアンヌの帰還を素直に喜べなかったのだ。
なぜなら、彼女は敵の娘なのだから。
ダグラスは“なぜパンツ一つで争うのか?”とも思ったが、そう思うのは人間の考えだと理解していた。
マリアンヌを始めて見た時に“吸血鬼だ!”とわかったのは、彼女の姿格好からだ。
どのような格好をするのかは吸血鬼のアイデンティティに関わってくる問題なのかもしれない。
人間には容易に口出しできない問題のようだ。
「私にはなにもしてこないとは思うけれども、あなたは念のために気をつけておいて」
「わかった。嫌がらせをするのなら僕のほうが狙いやすいだろうからね」
――王女の恩人とはいえ、国外出身の人間。
後腐れもなく狙いやすいはずだ。
マリアンヌの不興を買っても、今の世界情勢では内戦などしている余裕などない。
モラン伯爵やブリーフ派に報復などできないだろう。
(厄介な事に巻き込まれたな)
おそらく、カノンがこの場にいれば“ビキニパンツとブリーフの争いってなんだよ!”とツッコムか、大笑いしていただろう。
だがこの世界で生まれ育ったダグラスは違う。
この状況を受け止め、被害を回避する方法を真剣に考えていた。
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