第四章 離別編
第67話 カノンとの別れ
――カノンとは別行動をする事になった。
だからといって、以前のような気楽な一人旅というわけではない。
今回はマリアンヌがいる。
彼女を故郷に送り返しに向かうのだ。
吸血鬼の国は未知の領域である。
しかも、その途中には人類の防衛線である激戦区がある。
そこを通らねばたどり着けない。
カノンのお守どころではない困難が待っているだろう。
だが、そこまでするべき理由があるのか、ダグラスは迷っていた。
(マリーを故郷に送り返して、そのあとは?)
おそらく、ダグラスはまたドリンに戻ってくる。
そして、まだカノンがいれば、世界を救う旅に同行する事になるかもしれない。
しかし“ダグラスが戻ってくるまで待てない”と、先に出発している可能性も高い。
その場合、ダグラスはどうすればいいのかわからなかった。
(いっその事、マリーと一緒に住むか……。いや、ヴァンパイアとは一緒に過ごせないし、なんでマリーと一緒に住むなんて考えが)
マリアンヌの国に残って一緒にいるわけにはいかないだろう。
では、またどこかの国で目立たぬようにひっそりと生きていくのかといえば、そうする気分にはなれなかった。
カノンと共に世界を救う旅に出て以来、刺激的な体験が多かった。
もう一般人として普通の人生を過ごそうとするなどできる自信がない。
目の前にやらねばならぬ事はある。
しかし、その先をどうするべきか、ダグラスにはわからなかった。
そんな迷える子羊を、カノンが見逃すはずがなかった。
「ダグラスさん。これからどうするべきか迷っておられるようですね」
「なぜそれを!? ……いえ、あなたはそういう人でした」
ダグラスは心中を見透かされて驚く。
だがそれはカノンに見透かされるほど明確に動揺していた自分に対しての驚きだった。
今までは、もっと上手く隠せていたはずなのに。
「どういう人だと思っているのか気になるところですが、それは聞かないでおきましょう。これを持っていくといいでしょう」
カノンは不思議な材質でできた白い袋を差し出す。
その中には、女の子の絵が描かれた白い缶が無数に入っていた。
「何度も血を吸われるとヴァンパイア化するそうですね。私が同行できない以上、その点も心配しなくてはいけません。ですが、これを傷口に塗れば体力が回復し、バッドステータス――ヴァンパイア化も治せます。マリアンヌさんの食事は、あなたの血なのですから、健康に気をつけてください」
「カノンさん……。ありがとうございます」
食料品は準備できていたが、薬は効能がわからなかったので触れなかった。
こういう気遣いのできる時のカノンに対しては素直にお礼を言う事ができる。
“ずっとこのままだったのなら神様として尊敬するのに”と、ダグラスは思わざるを得なかった。
「しかし、寂しくなりますね。この世界に降臨してから、ずっと一緒にいましたからね」
「僕も貴重な経験をさせてもらいました。その事には感謝しています」
神の領域に入る事ができただけでも、他の誰にもできない経験である。
彼がいなければ、マリアンヌと一緒に行動してはいなかっただろう。
その点では感謝している。
しかし、なぜだろうか。
これだけの経験をしているのに、真っ先に思い浮かぶのはカノンに迷惑をかけられた事ばかりである。
素直に感謝させてくれないカノンに、ダグラスは反応に困る。
「
ダグラスの反応がイマイチなのは、昨日の部屋の惨状を見たからだとカノンは思っていた。
だが、それは違った。
「マリアンヌは関係ありません。ソレーヌの街でお金を使い切ったのに、酒場で豪遊されたりしなければ、もっと違う印象を持っていたかもしれませんね」
「あれかー、私もまだまだという事ですね。精進しましょう」
カノンは照れながら頭をかく。
あの時はダグラスに“怪我は治せるだろう?”と見捨てられ、酒場の用心棒に腕を一本へし折られた。
それが原因で彼の信仰心を失ったのだと思うと、少しハメを外しすぎたと反省する。
「ですが、私は信じる者しか救わないというケチな事は言いません。私を信じ切れていないあなたにも、いつか信じてもらえるようにしてみせますよ」
「そうなる事を願っています」
二人は握手を交わす。
お互いに思うところはあるものの、ここまで一緒に旅をしてきたのだ。
別れ際は綺麗にしようとする気持ちは同じであった。
「兄貴、行っちゃうんすね」
二人の話が終わると、ユベールが声をかけてきた。
「でもこっちの事は心配しないでください! 兄貴や姉さんがいなくなっても、キドリの姉御がいますんで! 旦那様の事は守ってくれますよ!」
「ユベールさんは……」
あまりにも他力本願なユベールに対し“あなたはなにをするんですか?”と聞きそうになってしまう。
この失言をなんとかダグラスは我慢したが、その疑問はユベールに伝わっていた。
「私には旦那様のお世話とかがありますから。戦うばかりがお役に立つ方法じゃないと証明してみせますよ!」
彼はポジティブな返事を返す。
しかし、彼の言う世話とは、カノンと共に飲み明かす事だろう。
少なくとも、ここまでの道中であまり役に立っていたようには思えない。
「カノンさんに必要なのは、ユベールさんのような方でしょう。お任せします」
だが先ほど失言をしてしまいそうになったばかりだ。
本心をおくびにも出さず、真剣な表情で“任せた”とうなずく。
「お任せください。旦那様に救われたこの命、世界を救うために使ってみせますとも!」
ユベールはやる気に満ちている。
ダグラスは彼とも固い握手を交わした。
「別に今生の別れってわけじゃないし、そんなに盛り上げなくてもいいんじゃない?」
そこにマリアンヌが冷や水を浴びせかける。
彼女はフリーデグントと共に、キドリの自撮り写真に付き合っていた。
「えぇ、なんでぇ……。補正ありでも勝てないって、マリアンヌさんズルすぎでしょ! また今度会った時は負けないですからね!」
キドリのスマホには空間が歪んだ写真が写っていた。
「仕方ないわ、人間だもの」
「だからってあきらめませんよ! レベルを上げてクラスチェンジみたいなのがあるかもしれないじゃないですか!」
「なんの事だかわからないけれど頑張りなさい」
マリアンヌが自信に満ちた笑みを浮かべる。
元々“人間よりは上だろう”と思っていたが、やはり確信を持てたのは大きい。
彼女は自分の姿を確認して以来、自分の容姿に自信を持つようになった。
誰かにダグラスを奪われる心配がなくなったという安心感も影響していた。
それだけ自分の美貌に自信があったのだ。
「タカナシさんは、マリアンヌさんと仲がよくなりましたね」
二人の様子を見て、カノンがそう話しかけた。
「だってヴァンパイアと知り合う機会なんてないですよ! 私はいつか魔王とかとも自撮りを取るつもりですからね」
「あっ、それは私も撮ってほしいですね」
カノンとキドリの二人は魔王とも写真を撮るつもりのようだ。
そのスケールの大きいのか小さいのかわからない夢に、周囲にいた者は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
「では、そろそろ出発します。皆さんお元気で」
「あなたの旅路が無事であるよう祈りを捧げましょう」
別れは湿っぽいものではなく、あっさりとしたものだった。
“また会えるだろう”という気持ちがあるからかもしれない。
護衛の騎士たちが先導し、ダグラスは彼らについていくように馬車を走らせる。
ダグラスには、この別れによって未来がどうなるかわからない。
しかし、こうして前に進まねばなにも始まらない。
シルヴェニアに着くまで、およそ一ヶ月。
これからの事を考える時間は十分にある。
マリアンヌと二人で話し合って、答えを出していこうと考えていた。
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