第65話 それぞれの道

 あれから三日。

 ダグラスは精神的な疲れを感じていた。

 彼としても、旅の準備をする重要性はわかっているので、準備が嫌なわけではなかった。


 ――キドリがいると、マリアンヌを着せ替え人形にして準備が進まないのが嫌だったのだ。


 自分は着替えないくせに、マリアンヌに“ゴスロリ”だとか“Tシャツにショートパンツ”といった服装をさせて、わざわざダグラスに見せてくるのだ。

 いつもと違うマリアンヌの格好を見せられるのは嫌ではない。

 むしろ、ダグラスも楽しみにしていたくらいだが、どうしても作業の手が止まってしまうのに困っていた。


 一方、マリアンヌは楽しんでいた。

 ダグラスが新鮮な反応を見せるのも楽しかったが、自分の姿が確認できるのがなにより楽しかった。

 どんな服装をしても、ヴァンパイアが着たら鏡に映らない。

 だが、キドリのスマホでは姿が映った。

 自分の姿を確認できるとわかった事で、彼女はファッションの楽しさに目覚めてしまった。

 吸血鬼が薄着なのは強者だからというだけではなく、自分の姿が見えないという理由もあったのかもしれない。


 マリアンヌが楽しんでいるのは良い事だが“早く作業を済ませたい”と思っているダグラスは気疲れしてしまっていた。

 ダグラスは“先にやる事をやってしまいたい”というタイプなので、その点に関しては困っていた。

 だがそれでも、旅に必要なものを三日かけて用意した。

 神の食料は日持ちのいいものばかりだ。

 カノンと別行動をとる事になっても、当面の間は水や食料に困る事はないだろう。


 カノンとどうやって会うかを考えていたところ、彼のほうから誘いがあった。

 さっそくダグラスは、彼に会いに向かう。

 やはり吸血鬼と仲のいいダグラスは警戒されているようだ。

 カノンが王宮内部の貴賓室にいるため、案内という名目で騎士が二人つけられた。


(うわぁ……)


 部屋についたダグラスは、部屋の惨状に顔をしかめた。

 いや、乱れたベッドや下着の落ちている部屋を見る間でもない。

 吸いつかれたあとが無数にあるカノンの姿を見れば、この部屋でなにが行なわれていたかは一目瞭然である。


(なにをやっているんだか、この人は……)


 ゼランではこのような事がなかったので、主催者が聖職者かどうかの違いが影響しているのだろう。

 カノンに取り入るため、盛大な歓迎を行ったのだと思われる。


「この三日間、熱烈な歓迎を受けていたようですね。楽しんでおられたようでなによりです」

「そう嫌みを言わないでください。愛を与えるのも、また神の役目なのですから」


(どうせハメを外して楽しんだだけだろ?)


 カノンは照れながら答えるが、短いながらも彼と付き合ってきたダグラスにはよくわかっていた。

 彼は時折ハメを外す。

 ストレス耐性が低く、定期的に発散せねばならないのだろう。

“常に神らしくあれ”と強要するつもりはないが“そこまで貯め込む前に、こまめに発散しろ”と、どうしても考えてしまう。

 また嫌みを言ってしまいそうになるが、それでは話が進まない。

 我慢して本題に入る事にした。


「これからどうするかは考えたんですか?」

「これから? ……あぁ、えぇ、もちろんですとも!」


 誤魔化すカノンを、ダグラスはうさんくさいものを見る目で見つめていた。

 カノンも、ダグラスが今どういう感情を持っているかに気づいている。

 なんとかしようと焦るが、すぐに気を取り直して落ち着いた。


「しばらくはここに残るつもりです。以前話したように、神は信者の数が力の源になるのです。神の力を使えるようになるため、タカナシさんと共に街中を歩き、信者を増やす事が急務です。マリアンヌさんは、あなたが送り届けてあげてください」


(やっぱりそうなるか)


 カノンは、ダグラスと別行動を取るという選択をした。

 これはダグラスの予想通りだった。


 ダグラスが力を発揮するのは裏方仕事である。

 正面切っての戦いや、魔物相手の戦いもできるものの、あまり得意ではない。

 しかし、ここクローラ帝国には、魔物と正面切って戦える者が多く存在している。

 今後の事を考えて、キドリやこの国の騎士を優先的に同行させたいのだろう。


 カノンは一人の新米冒険者に頼らなくていい状況になっている。

 暗殺者が必要だとしても、クローラ帝国ならばダグラスよりも腕のいい現役の暗殺者がいるはずだ。

 もうダグラスが必要ないと考えるのも無理はない。


 ダグラスはそう考えた。

 そして、それはある意味で正しく、ある意味で間違っていた。

 カノンが“ダグラスの代わりの護衛はいる”と考えてはいても“ダグラスはもう必要ない”とまでは思っていなかったからだ。


 初めて会った時から、カノンは“ダグラスを特別な存在だ”と思っていた。

 だから彼を“ここから先の旅にはついてこれない”と切り捨てるつもりはない。


 ――マリアンヌを故郷に送り届ける。


 それはそういうイベント・・・・・・・・と思えば、カノンに嫌がる理由はなかった。

 仲間が一時的に離れて、パワーアップして戻ってくるというのは王道の展開である。

 難点は“そのまま二人で幸せに暮らしました”という展開になるかもしれない事だった。

 だが、それはそれでいい。

 自分に関わった人間が幸せになるのも一興。

 異種間の交わりの良さを知る者が増えるのは喜ばしい事だと思っていたからだ。


 しかし、その思いはダグラスには届いていなかった。

 ダグラスは“不要になったからどうでもいいと思われている”と受け取っていた。

 それはこれまでの彼の人生が影響している。

 使い捨てにはされなかったが、状況によっては簡単に切り捨てられる立場なのだから。


「……わかりました。それでは通行許可などが必要ですね。特に西のタンネンベルク地方は激戦区です。マリーがクローラ帝国の兵に襲われないよう、案内も必要でしょう。騎士団に要請してみますが、渋られたらカノンさんからも口添えをお願いします」

「もちろんかまいませんよ。お二人が幸せになれるのなら、それが一番です。フフッ」

「なにがおかしいのですか?」


 カノンが笑うので、ダグラスはその理由を尋ねた。


「ダグラスさんが、マリアンヌさんのご家族にどう接するのかなと思いまして。やはり“人間相手に嫁にはやれん!”と父親と殴り合いになる覚悟はしておいたほうがいいでしょう」

「なぜそうなるんですか」


 ダグラスは憮然とした表情を見せる。

 なぜ“マリアンヌを嫁にくれ”という流れになるのかわからなかったからだ。

 カノンが笑うのをやめ、真剣な表情になる。


「そう言ってられるのも今だけです。彼女を故郷に送り届ければ、もう関係は終わりになってしまうんですよ? それでいいのかを考えた事はありますか?」

「それは……」


 ――考えなかったのではなく、考えようともしなかった。


 当初、マリアンヌは吸血鬼という事もあり、深く付き合うつもりはなかった。

 しかし、この一ヶ月ほどで関係が深まり、ダグラスとしても無視できる存在ではなくなっている。

 その関係は、このまま続くと思っていた。

 だが、彼女を故郷に送り届ければ、ダグラスは“ただ一緒に旅をしただけの人”になってしまうだろう。

 カノンに指摘されて、ダグラスは胸が苦しくなったような気がした。


「シルヴェニアまでどの程度かかるかはわかりませんが、その道中でマリアンヌさんとの関係をどうするかを考えておいたほうがいいでしょう。道案内がいるにせよ、二人で話せる機会も多いはずです。彼女とよく話し合ってください。シルヴェニアについたあとの二人の関係を」

「……そうですね。でも僕の中でも“こうしたい”という答えがないのですけど」

「どうしても迷ってしまう。そんな時は私のところへきてください。いつでもあなたの助けになりましょう」


 カノンが慈愛に満ちた顔を見せる。

 彼の正体を知っていても、ダグラスはついすがってしまいそうになる表情だった。


「ですが、最初から私に答えを出してもらおうとするのはいけませんよ。まずは自分の意思で彼女と一緒にいたいかどうかの答えを出してください。そうでないと“神に言われたから一緒にいたい”と伝えるのはマリアンヌさんに失礼です。自分の気持ちを伝えてあげてください」

「ええ、それはわかっている……つもりです」

「ならば結構。一日二日で片付く問題ではないので、じっくり考えるといいでしょう。ところで、いつ頃出発する予定ですか?」

「明日、明後日には出ようと思っています」

「そうですか……」


 カノンが考え込む。

 だが、それは短い時間だった。


「ではせめて見送りはさせてください。黙っていかないでくださいよ」

「わかりました。そうします」


 このまま立ち去ろうとしたダグラスだったが、彼も一応はカノンに世話になっている。

 だから、一言だけ彼のために残していこうとした。


「カノンさん、説得力っていう言葉を知っていますか?」

「もちろんです」

「もし、今の会話をもう少しまともな状態でできていれば、僕はカノンさんを尊敬できていたでしょうね。ハメを外し過ぎて、人心が離れないように気をつけたほうがいいですよ」


 ダグラスに言われて、カノンは周囲を確認し“あちゃー”と額に手を当てる。


「そうですね、気をつけましょう。歓迎されるがままというのもよくないですね」


 カノンも反省したようだ。

 ダグラスの忠告を素直に聞き入れた。


「それではまた後日に会いしましょう」


 ダグラスは貴賓室をあとにした。

 彼はカノンとは違う道を歩み始める。

 それぞれの道が交差する時がくるのだろうか。



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次回は人物紹介になります。

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