第61話 ジオフロント 7
一同は被害の少ない部屋に集まり、タイラーの言葉の衝撃を受け止めようとしていた。
だが、カノンとキドリ以外にとって、かなり衝撃的な映像だった。
神への信仰心が薄いマリアンヌでさえ、タイラーの姿には考えさせられていた。
「あーーー、最高!」
そんな雰囲気が、キドリの開放感溢れる叫びでかき消される。
「やっぱりウォシュレットとトイレットペーパーがないと、もう生きていけない! 鈴木さん、ここに住んでいい?」
「いいですけど、どこかに出かける時はどうしようもないですよ。……私はもう諦めました」
台所で料理を作っている最中のカノンが、彼女に答える。
「やだぁ、諦めたくない!」
やはり一度ウォシュレット付きのトイレに慣れてしまうと、この世界のトイレは使いにくいのだろう。
彼女もそろそろ慣れてきているはずだが、またこうして使う機会があったので、使い心地を思い出してしまったのかもしれない。
「シャワーも使えるみたいだし普通に住めますよね? あれ? なんでトイレとかシャワーが使えるんだろう?」
キドリと同じ事をカノンも疑問に思った。
だがその答えは、すぐに出る。
「きっと水道などと一緒で、水回りは神の力を使っているのかもしれませんね。コンロは私たちの世界から持ってきたものでも、ガス自体は神の力を使って出しているようですし。だから、こうして料理もでき……そうか!」
カノンは料理を作る手を止めて、指を空中で動かし始めた。
「マシントラブルで世界の管理が滞ったら終わり。ならば、壊れない操作機械があるはず。さぁ、どこだ。どこだ」
カノンは残る三つの神の領域の中から、一番重要な場所を探そうとする。
「あった! 西の……魔王城の中かよ!」
とんでもないところにあった。
怒りのあまり拳を叩きつけようとするが、それは思いとどまった。
ここには情報をくれる者がいるからだ。
「マリアンヌさん、魔王城に行った事はありますか?」
「ないわよ」
しかし、その希望はあっさりと打ち砕かれそうになった。
だが、まだ打ち砕かれたわけではない。
希望を持って質問を続ける。
「私がそこに行く事は可能でしょうか?」
「どうでしょうね。私だけならともかく、あなたが行くと、まずエサになると考えたほうがいいわよ。ヴァンパイアは人間を家畜として大切にするけれど、魔王軍に入っている魔族は好戦的だと聞いているから」
「そ、そんな……」
――マリアンヌに仲介してもらって、魔王城まで行く。
その計画が、あっさりと崩れてしまった。
しかし、希望が完全になくなったわけではない。
まだ勇者キドリという希望があった。
「タカナシさんが手伝ってくだされば、きっといけます!」
「えっ、私?」
突然、話を振られたキドリが驚く。
「でも魔王城ってラスボスとかいそうですよね? 機装鎧のフルパワーで戦えるのが一時間ほどで、控えめに戦っても四時間戦えるかどうか。魔王城に着く前に全滅しそうじゃないですか?」
「そこはレベルを上げてもらってどうにか……」
「あの鎧って使ってる人の能力で稼働時間が増えるみたいなんですけど、魔力がエネルギーになってるわけじゃないみたいなんですよね。燃料タンクを増やせたら違うのかもしれませんけど、それでも休まずに戦うのは私が無理です」
「ダメですか……」
カノンは肩を落とし、料理に戻る。
ジャッジャッと炒める音が部屋に響いた。
「できましたよ」
料理の完成を知らせると、ダグラスとユベールがテーブルに皿を運び、キドリがコップとお茶を運ぶ。
今回はチャーハンと唐揚げというメニューだった。
「チャーハンとか久しぶりです!」
「基本はレトルトですけどね。スプーンとフォークで食べられるメニューにしました」
「あー、なるほど」
ダグラスとユベールが箸を使えるかわからないからだという事を、キドリは理解した。
それ以上、深く追及する事なく、嬉しそうに席に着く。
そんな彼女と対照的だったのが、ダグラスとユベールの二人だった。
――世界の崩壊が本物の天罰だった。
それはそれで知っていた事とはいえショックではあった。
しかし、それ以上にショックな事がある。
――タイラーは、そこまで怒るほどの事ではない事で激怒していた。
カノンやキドリの反応を見る限り、
その狭量さに衝撃を受けていた。
今までは神とは厳しくも、無限の愛を持つ慈愛に満ち溢れた存在だと思っていた。
それが、おもちゃを取り上げられた子供のような癇癪を起こして世界を滅ぼす姿を見せつけられたのだ。
これまでの常識の打ち砕かれて“さぁ、食事だ!”と簡単に気分を変える事などできなかった。
こういう時は、他人事のように気楽でいられるカノンとキドリが羨ましく思えた。
だが、二人も薄情なわけではない。
元の世界の映画やゲームで
この世界で生まれ育った者と違い、この世界に感情移入ができていないせいだろう。
現在進行形ではなく、大昔の話という事もあり“映画でよくある光景だな”という感想で終わってしまった。
それがダグラスたちとの温度差の原因となっていた。
「北極にサンクチュアリを作るとか、タイラさんは何を考えて作ったんだか……。魔王城が無理なら、東のハーゲンという街の近くの湖の底にあるところを目指すしかないですね」
――ハーゲン。
その名を聞いて、ダグラスはビクリとした。
ハーゲンは、かつてダグラスが逃げ出した国にある街だからだ。
(顔は知られていないはずだけど、できれば行きたくないな……)
ダグラスは行かずに済む方法はないかを考え始める。
「先にいただくわね」
マリアンヌが、ダグラスの首筋に嚙みついてくる。
「んっ」
(そうだ、マリーを故郷へ送り返さないといけないんだ。それを口実にすれば、別行動を取りやすいかもしれないな)
カノンの見た目は聖職者だ。
吸血鬼に忌み嫌われる存在なので、歓迎されないだろう。
ダグラスだけで送り届ける事になるかもしれない。
それはチャンスだった。
「漫画とかで見た事あるけど、実際の血を吸うところってなんかエッチな雰囲気なんですね……」
「そりゃあもう愛の抱擁みたいなもんですから」
食事中に好き放題言っているキドリとカノンにイラつきながらも、マリアンヌはそのままダグラスの首から離れなかった。
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食事が終わる頃には、すっかり日は落ちていた。
外で待っている騎士たちにも連絡しておこうと、一同はタワーマンションの外に出る。
すると、ユベールがすぐに異変に気づいた。
「あれはヴォルフラム陛下!」
神の領域の外にある広場に、大勢の人が集まっていた。
その先頭に立派な服装をしたドワーフがいるので、彼がこの国の国王なのだろう。
皆が正座をして待っていた。
「騎士の報告を受けて、旦那様を待っているようですね」
「あのまま待たせるのは忍びないので、姿を見せてあげましょう」
カノンが歩みを早める。
ダグラスたちも彼のあとについていった。
「おおっ、神よっ!」
障壁を越えると、場がざわめく。
カノンは笑顔で応えたが、ダグラス以外の三人は顔をしかめた。
――場に漂う便臭のせいである。
どうやら長い間、カノンの事を待っていたのだろう。
トイレにも行かずに。
それだけ彼らが新たな神が姿を現すのを待ちわびていたという事である。
「我が名はカノン・スズキ! ジョージ・タイラの代わりに神となるべく、この地にはせ参じた! 安心するといい、世界が元に戻るのも、そう遠くはない!」
カノンは表情を崩す事なく、彼らの期待に応えようとする。
大きな声を出そうとすると、臭気を吸い込んでむせそうになる。
だが、彼は堪えた。
こういう時は第一印象が大事であるとわかっているからだ
神としての姿を見せるべく、堂々とした態度で人前に立っていた。
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