第60話 ジオフロント 6

 カノンとキドリの二人だけが、タイラーの残したものを理解できるので、二手に分かれる事にした。

 だが、何かの気配があると言っていたので、カノンにはダグラスとマリアンヌ。

 キドリには、ユベールがついてマンション内を捜索する。

 しかし、すぐに気配の正体がわかった。


「風に煽られてクローゼットのドアが動いていただけか」


 カノンがドアを閉めるが、すぐに開いた。

 留め具が壊れているのだろう。

 それがわかると、カノンは興味を失ったように部屋の中を見回す。


「ダメですね。めぼしいものがない」


 収穫がなく、カノンは落胆していた。

 そんな彼を尻目に、マリアンヌはソファーに腰掛けていた。


「そう? これだけ座り心地のいいクッションのソファーなんて、そうそうないわよ」

「今は世界を救うために必要なものを探しているんです! ダグラスさんと一緒に座るソファーだとか、一緒に寝るベッドくらいいくらでもプレゼントするので、今は見慣れないものを探してくださいよ!」

「べ、別にダグラスは関係ないでしょう!」


 マリアンヌは慌てて立ち上がる。

 座ったままだと、カノンがまた余計な事を言いかねないからだ。

 彼女はチラリとダグラスの様子を窺う。 

 彼は白いタンスのようなものの前に立っている。

 真剣な面持ちで見つめているので、どうやらこちらの話を聞いていなかったようだった。


 ダグラスが立っているのは冷蔵庫の前だった。

 中には何もない。

 だが冷蔵庫の扉には、薄っすらと明かりが見える。

 ダグラスは恐る恐る、その光に指を振れた。

 すると、見慣れた飲み物の絵と文字が現れた。

 冷蔵庫に触れる前から、ダグラスは“自分にも操れるのではないか?”という疑念を持っていた。

 それが確信に変わる。


 彼がカノンが操っていたところを見て覚えていた。

 同じように、画面に触れながら指を動かす。

 すると、表示されていた飲み物の絵が変わる。

 以前飲んだ事のあるオレンジジュースのところで“決定”を押して、冷蔵庫の中を確認する。

 中にはオレンジジュースのペットボトルが立っていた。


(やっぱり神でなくとも操れるのか……。いや、本当に神なのか? 神というのは、不思議な力を持つ異世界の人間に過ぎないんじゃないだろうか……)


 考えれば考えるほど、カノンの存在に疑問を抱く。

 しかし、彼が特別な力を持っているもの事実である。

 深く疑おうとも、彼の力を否定する決定的な何かが見つかるまでは、その存在を否定する事はできなかった。


「ダグラスさん、喉が渇いたなら……。あぁ、冷蔵庫は使えるんですね。そうなると普通の電化製品が壊れているだけで、神の道具は使えるという事ですか」


 カノンは“何を呑気な”とダグラスを叱ろうとしたがやめた。

 ダグラスの行動により、動くものと動かないものがわかったからだ。

 それと同時に“世界の管理システムをしっかり保護しておけよ”と、タイラーに対して苛立ちを覚える。


「仕方ないですね。反対側の部屋を調べているキドリさんたちに声をかけて、最上階へ行きましょう。きっとあそこがタイラさんの部屋でしょうから」


 そしてそれは“お前のプライベートを暴いてやる!”という気持ちとなり、カノンの心を燃え上がらせた。



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 最上階の部屋は、さっぱりとしていた。

 これまでの部屋は暴れたあとがあったが、ワンフロアぶち抜きの最上階だけは中央にテーブルと椅子が一脚が置かれているだけである。

 しかも天井も床も真っ白な部屋なので、それっぽい雰囲気があるとカノンとキドリは感じていた。

 近づくと、テーブルの上に再生マークがあるのに気づいた。

 カノンが再生を押す。

 すると、三十前後の長いヒゲを生やした男の姿が映し出される。

 それは教会などで見かけた彫像と同じ人物だった。

 確かにカノンやキドリと面影が似ているように見える。


「まさか、タイラー様!?」

「静かに。これはタイラさんではなく、ただの映像です。言葉を残しているだけなので、話はできません」


 ユベールが驚くと、カノンが静かにするようにと、口元に人差し指を当てて見せる。

 ユベールは慌てて口を閉じた。

 タイラーが何かを話そうかどうか迷っている姿が映っている。

 神の言葉を聞き逃さないよう、呼吸すら最低限にしようとしていた。


「この映像を見る事のできる人はいないでしょうが、ここに私の怒りを残しておきます」


 タイラーは低く、渋い声だった。

 ダグラスも神の声に集中する。


「神暦3,588年。私はこれだけの間、あなたがたの成長を見守ってきました。ですが、それももう終わりです。あなたがたは私に牙を向けた。それだけはするべきではなかった」


 タイラーが泣き始める。


「いったい何があったんでしょうね?」

「それも話してくれるかもしれません。世界を滅ぼすだけの何かがあったのでしょう」


 キドリが呟くと、カノンが反応する。

 タイラーが鼻を噛む音がすると、話は止まった。

 やがてタイラーの表情が憤怒に染まる。


「何が“神を名乗る犯罪者”だよ! なんでちょっとwifiただ乗りしただけで、なんで攻撃なんて仕掛けてくるかなぁ! 文明が発達したから、どんなもんかなぁってちょっと確認しただけだろ! その技術だって俺が天啓として技術者に教えてやったもんだからな! 俺にはwifiなんていらねぇんだよ、神様だから! 神様だから、世界中のすべてのものを知る事ができるし、アクセスできるんだよ! でもちょっと最新機器を使ってみたくなっただけじゃないか!」

「へっ?」


 いきなりおかしな事を言い出したため、カノンの口から間の抜けた声が出てしまった。

 キドリも唖然とした表情をしている。

 ダグラスたちは、言っている意味がわからず理解できなかった。

 彼らが理解できたのは、タイラーが激怒しているという事くらいである。


「そしたらさぁ、お前ら“神の正体が宇宙人か知らないけど、とりあえず出てこい”って言い出して、いきなりEMP攻撃してきたわけ。おかげで電子機器が全滅だよ! 映画でしか見た事がないような凄い会議室みたいなところを作ったばっかりなのに全部パァだよ! どうしてくれんの?」


 どうやら塔の周囲にあったパラボナアンテナのようなものを載せた車の残骸は、電子攻撃戦用の車両だったらしい。

 壊れていたのは、タイラーが反撃したからだろうか。


「そりゃあwifiを使うために障壁を電波が通るようにしたままにした俺も悪いかもしれないけど、いくらなんでもやりすぎでしょ。腹が立ったので、もう終わりにします」


 ――もう終わらせる。


 物騒な言葉に、ダグラスたちがざわついた。

 しかし、神の言葉を聞き逃すまいと、すぐに静まる。


「電子機器が壊れても神の力がなくなったわけじゃないからな」


 タイラーが指を動かすと、遠くから大きな音が聞こえた。

 そして、窓の外に鉄の塔らしきものの影が見えた。


「念のために防護シールドを張った。これで俺がサンクチュアリに入る許可を与えた者たちも中に入れなくなる。ただ救いの糸は垂らしてやる。入口の問題を解けたのなら、中に入って生き残るチャンスをやろう。……まぁこのメッセージを聞いているんなら、お前は中に入れたって事だろうけどな」


 タイラーが前のめりになり、手を伸ばしてきた。

 一瞬映像が切れ、またついた。

 違う日に続きを取り直したのだろう。


「はい、一週間待ちました。だけど攻撃は止まず、EMPどころかミサイルとかまで撃ってくる始末。しかも他の拠点にまで。もうこれ以上は待てません」


 また指を動かし始める。

 マンション自体が揺れ始めた。

 地響きも聞こえる。


「念のために地下に潜ったし、地中なら大丈夫かな。いいか、覚えておけ。世界を滅ぼすきっかけを作ったのはお前たち愚かな人類だ。そして、滅びる兵器を作ったのもお前たちだ。言っただろう、私はどこにでもアクセスできると。これから世界中の戦略ミサイル基地の発射装置にアクセスする。お前たちに科学文明を与えるべきではなかった」


 タイラーが何かを操作する動作を見せる。

 すると地中に作られた基地や海中の潜水艦から、次々にミサイルが発射される映像が流れた。


「今の文明はリセットして、次はエルフやドワーフといった種族がいる剣と魔法のファンタジー世界を作るとしよう。今日、この時がお前たちの……。あの、その……。えーっと、あれだ、ハルマキドンだ! 今日はハルマキドン!」


 その言葉を最後に映像は終わった。

 絶句するダグラスたちを尻目に、カノンとキドリが笑いをこらえきれずに吹き出した。


(なんだ、こいつら? 世界を滅ぼす話だったんだぞ?)


 そう思ったダグラスは、二人に幻滅していた。

 カノンはともかく、キドリまで人格破綻者だったのはショックである。


「エルフやドワーフを作る。確かにタイラー様のようでしたが……。少し、神話とは受ける印象が異なりますね……」


 ユベールは困惑していた。

 教会が教える神の姿とは大違いだったからだ。


「あれが全知全能の創造主? ……自分の思うままにいかなくて、わめきちらしている子供みたいな人が神だったのね」


 マリアンヌも幻滅していた。

 一応、タイラーは魔族にも創造主として崇められている存在である。

 それがあのザマである。

 神とは何なのだろうかと考えさせられる。


「でも、ある意味カノンさんと似ているのかも……」


 悔しい事に、ダグラスはカノンがタイラーに似ている事を認めざるを得なかった。


 ――神を名乗る存在なのに、どこか幼稚なところがある。


 容姿だけではなく、性格面でも似ているような気がした。

 だからこそ、新しい神にふさわしいのかもしれない。


(でも、こんな神に世界を任せるのが、本当に幸せな事なんだろうか?)


 どうしても、そんな事を考えてしまう。

 ダグラスたちの深刻な表情を見て、キドリが笑うのをやめた。


「ごめんなさい、真面目なお話だったんだよね。最後の最後でいきなりハルマゲドンをど忘れしてたのが不意打ちすぎて笑っちゃいました」


 彼女は“ごめんね”と謝る。

 それがどれだけ面白い事なのかダグラスにはわからなかったが、キドリに謝罪するだけの良心が残っている事に少し安心した。

“カノンよりも勇者様が神になってくれれば、まだマシなのに”と考える。


「ところで、古代文明の崩壊にこんな事情があったなんて陛下に報告できません。どうすればいいでしょうか?」


 ユベールが心底困った顔をしていた。

 これにはカノンも言葉が詰まる。


「今後の事を相談するために、一服しましょうか」


 だから彼も休憩をしようと声をかける事しか今はできなかった。

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