第59話 ジオフロント 5
タワーマンションだが、よく見ると様子がおかしかった。
窓が割れ、周囲には椅子などが散乱している。
「誰かが暴れたようですね。何かが動いている音は聞こえますが、生き物の気配は感じられません。アンデッドやゴーレムなどがいるのかもしれないので、お気をつけ下さい」
いち早く周囲の様子を調べていたユベールが、カノンに報告する。
「だったら私に任せて! もう素手でも魔王軍幹部とだって戦う自信があるんだから」
キドリがシュッシュッとジャブを打って見せる。
しかし、戦い慣れていない者の情けないフォームであり、頼りないものだった。
「ええ、頼りにしています。戦闘面ではダグラスさんやマリアンヌさんもおられますし、偵察役はユベールさんがいますので大丈夫でしょう。まずは――」
カノンは、ここの地図を確認する。
「地下へ行きましょうか。そこにこの世界を元に戻すシステムがあるようですから」
「さすがは旦那様! いや、神様だけあって、どこに何があるかご存知なのですね!」
ユベールが、媚びた笑顔を浮かべてカノンに媚びを売る。
神の領域に入る事ができた時点で、カノンは神で確定である。
彼に同行してきたのは正解だと思っていた。
あとは、神になったおこぼれがもらえるよう、最後のひと踏ん張りというところだった。
「ええ、神ですから。さて、いきましょうか」
「では私が先にいきます!」
ユベールが張り切って先頭をいく。
しかし、入り口で止まった。
「旦那様、このガラスの扉はどう開ければいいのでしょうか?」
「自動ドアは前に立てば……。あれ?」
自動ドアの正面に立っても開かなかった。
カノンは自動ドアのセンサーに手を振ったりしたが、扉が開く気配がない。
「機械が壊れているのかな?」
(だとするとまずいかも)
カノンの背中を冷や汗が流れる。
しかし、まだダメだと決まったわけではない。
「ダグラスさん、ナイフでここの隙間を広げる事ができますか?」
「やってみます」
ダグラスは、カノンに言われた通り行動する。
ガラスの扉に指が入るくらいの隙間ができると、ユベールと協力して扉を開いた。
「ありがとうございます。普通はドアの前に立つと開くはずなんですけどね」
「もしかして、ここ壊れてるんじゃ……」
キドリがあっさりと恐ろしい事を言葉にする。
だが、それをカノンは認めたくなかった。
「電力がきていないだけでしょう。電源を動かせば大丈夫なはずです」
そう答えるが、カノンも確信はない。
不安を胸に、地下への階段へと向かう。
「暗いですね。これを使ってください」
そう言うと、カノンはランタン型の懐中電灯を取り出した。
「あっ、これキャンプで使うライトですよね。似たようなのを使った事ありますよ。虫が寄ってきて困った事になりましたけど」
キドリは懐かしそうに話すが、ダグラスやユベールは興味深そうに懐中電灯を見ていた。
ただスイッチを押すだけで明るくなるのだ。
それも普通のランタンや、たいまつとは比べものにならないほど足元を明るく照らし出してくれる。
神の道具が、これほど便利なものかと深く感じ入る。
(あれ? こんなに凄いものがあるのなら、路銀も簡単に手に入れられたんじゃあ……)
これを一つ売れば路銀に困るようなことはなかっただろう。
こんなに素晴らしいものの存在を、今まで忘れていたかのような素振りを見せるカノンに対し、ダグラスは少し不満を持った。
階段を降りたすぐのところに“機械室”と書かれた部屋があった。
カノンは迷うことなく、その部屋に入る。
そして“分電盤”と書かれた箱を開けた。
「……キドリさん。実は工業学生で、電気工事士の資格を持ってたりしませんか?」
「ないですね。もしかして、ブレーカーの上げ方がわからないんですか?」
「マンションのは初めてなので。仕方ない、調べるのでちょっと待ってください」
カノンは空中で必死に指を動かし始めた。
何事もマニュアルを確認するのが重要である。
確認し忘れて、ゼランでは酷い目に遭ったのだ。
今回は彼も慎重に動く。
「あっ、マリアンヌさん。勝手に触っちゃダメですよ」
調べものをしているカノンに代わって、機械に触ろうとしていたマリアンヌをキドリが止める。
「私も詳しくないんですけど、下手に触ると動かなくなっちゃうんですよ」
「意外とデリケートなのね」
「こういうツマミを回すだけで機械を止めたり、最大パワーで動かすとか設定できるんです。ちょうどいい設定にする必要があるので、専門知識が必要なんですよ」
「なら、あの人にはその知識があるの?」
マリアンヌは、必死に調べているカノンを指差す。
これにはキドリも反応に困った。
「大丈夫ですよ。わかりました、これです!」
カノンはブレーカーを上げる。
――しかし、何も起きなかった。
「あれ?」
ダグラスたちは、何度もガチャガチャとレバーを動かすカノンの姿に不安を覚えた。
「そんなはずは……。あっ、もしかして!」
カノンは指で四角を作ると、ブレーカーのパーツを調べる。
「やっぱり! ヒューズが壊れてる! いや、これは……」
周囲を見回したカノンが絶句する。
その姿を見て、キドリもスマホを通して機械の状態を調べた。
「どの機械も破損状態……」
彼女の言葉で、ダグラスたちも状況を把握できた。
――神の領域は破壊されている。
それは窓ガラスが割れていた事からも想像しやすいものだった。
「もしかして、古代人の攻撃で壊れたとかでしょうか?」
ダグラスが思った事を言葉にすると、カノンが走り出した。
他の者たちも部屋の外に出ると、彼は地下の奥にある扉に向かって走っていた。
ダグラスたちも彼を追いかける。
そこはゼランで見た神の部屋とは違った。
壁に多くの板が張りつけられ、先ほどの機械室で見たような武骨な機械が並んでいた。
キドリは“映画で見た戦艦の戦闘室みたい”と思ったが、ダグラスたちには鉄の塊が置かれている部屋でしかなかった。
「嘘だろ! 動け、動けよ!」
そこでカノンは様々なところにあるボタンを押したり、スイッチを切り替えたりしていた。
しかし、どこからも反応がない。
キドリもスマホを使って確認したが、やはり機械は壊れているようだった。
「ちくしょう! せっかくここまできたのに!」
カノンが拳を机に叩きつける。
あともう少しで神になる事ができたはずだった。
そのためにここを選んだ。
彼が調べた限りでは、神の領域の中で、ここが最新の設備が整っていたからだ。
しかし、この状況までは情報が載っていなかった。
無駄足を踏んでしまった事を本気で悔しがっていた。
(こんな事になるなら、最初のパソコンを慎重に扱えばよかった!)
後悔しても、もう遅い。
すでに手遅れである。
ならば、いつまでも悔やんでいるわけにはいかなかった。
もう一度机を強く叩いて、考えを切り替える。
「こうなっては仕方ないですね。まずは状況を確認しましょう。まずは他の部屋で使えるものがないかを探しましょう。できればタイラさんの日記とかもあると助かりますね」
カノンの落ち着いた声に、状況を飲み込めないキドリたちも落ち着く事ができた。
だが、ダグラスだけは違った。
(またダメだったんだ……。本当にこの人で大丈夫なんだろうか?)
ダグラスには、神になる資格というものが何なのかわからない。
だが前回、カノンが神になれなかったのは彼の行いによるところが大きかったと察していた。
今回も神になれそうな様子ではない。
――本当に神になる資格があるのだろうか?
ダグラスは“この人には神の座はふさわしくない”と思っていたこれまでとは違い、今回は“本当に神になる資格があるのか? これは神にふさわしくないという大神の意思表示なのではないのか?”という疑問を持った。
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