第57話 ジオフロント 3

 雑談をしながらしばらく歩いていると、トンネルの先から光が見えた。

 人工の明かりではなく、太陽光である。

 そこにいた人物が、奥に向かって何か合図をしていた。

 カノンたちの到着を知らせているのだろう。

 自然とカノンたちの足取りが早くなる。


 トンネルの出口に近づくにつれて、徐々に人が集まってきているのが見えた。

 その人影の向こう側には、トンネルを塞ぐように灰色の壁があった

 かなり離れたところにあるので、トロッコが安全に速度を落とせるだけの距離を確保しているのだろう。

 最も装飾が派手な鎧を着たドワーフが近づいてくる。


「勇者様、そちらの方々が例の?」

「こちらにいるのがカノンさんです」

「なるほど……。他の方のほうが特別な力を持っているようにお見受けしますが……」


 彼はマリアンヌを見る。

 どうやら、一番強い相手を見分ける程度の実力は持っているようだ。


「私もカノンさんの事を信じ切れませんが、たぶん神様になる人だというのは本当です。そこは信じてもらっても大丈夫かなと思います」


 ――転生や転移をした者は特別な存在になる。


 創作物ではそうだったので、キドリは“カノンが神になるというのは本当だろう”と思っていた。

 人選に思うところがないわけではないが、自分であれば神になりたいなどとは思わない。

 考えもしなかっただろう。

 他の人とは違ったところがあるからこそ、世界を管理する神になる資格があるのかもしれない。

 そう考えると、抵抗はあるものの真っ向から否定する気にはなれなかった。

 だから、彼を神の領域へ連れていくべきだと説得してくれたのだった。


 しかし、誰もがカノンを神として認めているわけではない。

 吸血鬼を連れた者など信用ならないからだ。

 キドリの言葉だから渋々認めたが、ほとんどの者が警戒していた。


「サンクチュアリまで距離があるので、馬車へお乗りください」


 だから、彼らを馬車に乗せる事にした。

 一か所にまとめておき、身動きしにくい状況を作るためだ。


「この馬車は……」

「古代の乗り物を馬車にしたものです。鉄板で覆われていて貴人向けの馬車となっております」

「まさか車を改造するとは……」


 用意された馬車は、カノンやキドリにとって見覚えのある形だった。


 ――タイヤが壊れているので、強引に車軸を追加した4WD。


 機械類は壊れているし、シートも取り外されて木製のものになっているが、シャシーはどう見ても車そのものである。

 古代文明の遺物を再利用しているのだろう。

 しっかり整備されているのか、ドアは軋む事なく開いた。


「ありがたく使わせてもらいましょうか」


 カノンが馬車に乗り込むと、ユベールはダグラスたちが乗るのを待った。

 立場をわきまえて、乗り込むのは最後にするのだろう。

 ダグラスは、マリアンヌに手を差し伸べてエスコートする。


「あら、ありがとう」


 そう答えながら馬車に乗り込むマリアンヌの姿は、慣れたものだった。

 故郷では、そういう扱いを受けていたのだろう。

 しかし、ダグラスたちと出会ってからは初めてだ。

 彼らが使っていた馬車は旅馬車であり、マリアンヌは棺桶に入ったまま運ばれるだけ。

 こうしてエスコートされて馬車に乗るのは初めてである。

 その時、マリアンヌは気づいた。


(そういえば冒険者だという事は聞いたけれど、その前は何をしていたのか聞いてなかったわね。礼法を教えてくれるところで働いていたのでしょうけれども)


 マリアンヌもすべてを知っているわけではないが、この一ヶ月ほどは人間と付き合ってきた。

 街に出かけた時に見た限りでは、ダグラスのように自然にエスコートできる人間のほうが少なかった。

 貴族と関わりがあったりしたのかもしれない。


(まぁ、私がそばに置いてあげてもいいと思う程度の価値があるなら、有象無象の人間と違うのは当然ね)


 マリアンヌは、それ以上深く考えなかった。

 深く考えれば“貴族令嬢のお気に入りだったのではないか?”という事まで考えてしまいそうだったからだ。

 ダグラスが他の女と親しくしているところを考えたくはなかったので、考えを打ち切った。


「私は走って追いかけますから」


 キドリがそう言うと、馬車が動き出した。

 馬車の隣を、ガションガションと音を鳴らしながらキドリが併走する。

 ここからはフリーデグントたちではなく、立派な鎧を着た騎兵が馬車の前後を挟む。


 灰色の壁にある大きな扉を抜けると、王宮らしきものが見えた。

 だが、カノンたちが注目したのは天井だった。

 そこには土の天井があるはずなのに、空が見えていた。

 マジックミラーのようになっているのだろう。

 さらに遠方はビル群があり、地下空間の中央にある鉄のようなものでできた大きな柱が視界に映った。


「まるであれが地下を支えているかのようですね」


 ダグラスが柱を見た感想を述べる。

 すると、カノンがフフフッと笑った。


「あの柱が、ここにあるサンクチュアリですよ。なんでも、ジオフロントを作る時にタイラさんがあのようにしたとか」

「ここは神が人々を守るために作ったんですよね。あんなに大きな建物を作った古代人でもできなかったような事を……」


 古代文明は魔法がなくとも、魔法以上の力を使いこなせていたらしい。

 そんな古代人でもできなかった事を実行する。

 ダグラスは神の偉大な力に感じ入っていた。


 馬車は王宮を大きく迂回するように進む。

 さすがに身元が定かではない者たちを近づけたくないのだろう。

 それはそれでよかった。

 揉め事が起きるよりは、スムーズに神の領域へ向かう事ができたほうが好都合だからだ。


 やがて馬車はビル群に入る。

 ここまでくると、ビルが今にも崩れ落ちそうなほどボロボロだという事が見て取れた。

 こちらに崩れてこないか不安になる。


 道中には、今乗っている馬車に似た残骸が転がっていた。

 古代文明の名残は、ダグラスを興奮させる。


「ここまで入るのは私も初めてです。建物の中は特別な許可を与えられた者しか入れませんが、一度は見てみたいですね」


 それはユベールも同じだった。

 彼も顔を窓に貼り付かせて外を眺めていた。

 古代文明には有用な遺物が多いので、ここに入る事自体が難しい。

 これは誰にでもできる経験ではなかった。


 神の領域の近くは広場のようになっていた。

 広場の端に着くと、そこで馬車が止まる。


「これ以上近付くのは危険ですので、ここで降りて歩いていってください」

「危険とは?」

「あの塔の前に神の試練があります。何やら文字を読まねばならないようですが、誰も答えられないものばかりです。間違えれば、審判の光で灰にされてしまいます。もっとも、あなたが神になられる方であるのならば問題はないでしょう」


 カノンの問いに答えながら、騎士は疑いの目を彼に向けていた。

 カノンは余裕の笑みを見せる。


「今はまだ疑われるのも無理はないですね。いいでしょう。証明してみせます」


 カノンたちは馬車から降りる。

 するとキドリが話しかけてきた。


「柱の周囲に恐竜映画に出てきたレーザーだかメーサーだかいう戦車が見えませんか?」

「ありますね。ただのパラボナアンテナのようにも見えますが……」


 彼女が言う通り、柱を囲むように何かの残骸があった。

 もしかしたら、古代人が何かをしたのかもしれない。

 不思議そうに眺めていると、同行していた騎士が説明を始める。


「あれは古代人が神に逆らった証だそうです。古代人は神を崇めていたものの、その存在を信じてはいなかった。しかし、文明が発達したある時、神の存在に気づいた。古代人が自分たちの上位存在を認める事ができずに亡き者にしようとし、怒りの日を引き起こした。しかしながら、近くにいた人間にはチャンスを与えたという伝承が伝わっています」

「だとすると、核戦争はタイラさんが起こしたという可能性も? ん~」


 伝承を信じるのならば、タイラーの天罰という可能性もある。

 古代人の核戦争論とどっちが正しいのか、キドリが悩む。


「それが正しいかどうかは、私が神になればすべてわかるでしょう。タカナシさんにもちゃんと教えてあげますよ」

「お願いします。やっぱり疑問はスッキリしておきたいですしね」

「では参りましょう」


 カノンが歩き始めると、ダグラスたちも付いていく。

 騎士たちは巻き添えを恐れているのか、広場の外縁部から近づこうとはしなかった。

 彼らについていったのは、機装鎧を着たキドリだけである。


「本当に大丈夫なんでしょうね?」


 ダグラスがカノンに尋ねる。

 カノンは肩をすくめた。


「さぁ、確認してみないと」

「ここまできてそれは……」


 不安を感じる答えである。

 柱に近づくと、一か所だけ門のようなものがあった。

 門には二つのランプがあり、その手前には鉄でできた演説台のようなものがあった。

 カノンたちが近づくと、演説台の上部が光り、文字が浮かび上がってきた。


「これは……、ふはははははは」


 ――この言葉を読み上げろ。


 そこに書かれていた言葉を見て、カノンは大きな笑い声をあげた。

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