第56話 ジオフロント 2

 トンネルの中は暗かった。

 壁際にランプがかけられてはいるものの、十分な光量とは言えない。

 ダグラスやマリアンヌは平気だったが、カノンは目を凝らすようにして足元を見ていた。

 その様子を見て、キドリがライトをつける。

“グポォン”という音と共に、兜の目のあたりが光り、ライトとして足元を照らしだす。


「目がライトだったんですね!」

「鎧の中からじゃあわからないですけど、明かりを照らせるようですね。他にも機能があるみたいです」


 今度は額についたアンテナらしき部分の右半分がカッチカッチと点滅する。


「方向指示器!? アンテナじゃなくて!? タイラさんは遊び心がありますね」


 カノンのテンションが上がる。

 彼が言っている言葉の意味がわからないダグラスも、すぐ近くで機装鎧の機能を見る事ができて興奮していた。


「神になったら、色んな鎧を試してみましょうかね。空を飛んだりしてみたいです」

「神様になれば、鎧の力に頼らなくてもいいんじゃないですか?」

「そこはロマンです!」


 カノンとキドリが機装鎧に関して盛り上がっている。

 しかしダグラスたちは、そうもいかなかった。

 フリーデグントたちに警戒され、囲まれながら歩いていたからだ。


「兄貴と姉さんは、なんで地下に王宮があるかご存知ですか?」


 この空気に耐え切れなくなったユベールが話を切り出した。


「少しだけは」

「私たちから隠れるためじゃないの?」

「惜しい! でも正解の一つではあります。古代文明の地下都市があるこの場所は、魔法を使っても私たちでは地面を掘れないほど頑丈な壁で覆われています。このトンネルの守りを固めれば、他のところからの侵入を防げて安全なんですよ。だから、正しい答えではありますが、残念ながらまだ足りない」


 二人とも興味がありそうな反応を見せてくれたので、ユベールはこの話を続ける事にした。


「ここは人類の発祥の地なのです。正確にはエルフやドワーフといった人間以外の種族、と表現したほうがいいかもしれませんね。かつて古代文明時代には人間しかおらず、魔族も魔物もいない世界だったという話はご存知でしょうか?」

「古代文明が滅びたあと、ある日突然に私たちが生まれたという話は聞いた事があるわ」

「そう、それが天罰なのだというのが――いえ、神が古代人に失望して、世界を新しくしようとしたのだと言われています」


 マリアンヌが“私たちの存在が天罰ってどういう意味?”と顔をしかめたので、ユベールは慌てて言い直した。


「古代文明では空を自在に飛べ、世界の果てに言葉を送り届ける事ができるだけの力を持っていました。機装鎧も一般兵の装備に過ぎなかったという時点で、どれだけの力を持っていたのかわかりやすいでしょう。しかし古代人は強い力を持って増長し、自分たちが神になろうとしてしまいました。そんな彼らに神は警告を発しました。それが裁きの日と言われる日で、警告を無視続けた古代人を滅ぼすために世界を炎で覆い尽くした怒りの日に繋がります」


 この話をダグラスは知っていた。

 しかし、マリアンヌは知らなかったのか、ユベールの話を興味深く聞いていた。


「この先にある古代都市は、神が救いの手を差し伸べてくださったおかげで助かったそうです。サンクチュアリ周辺にあった街を地下へと沈み込ませ、怒りの日から救われたのです。地下で暮らしているうちに、古代人に変化がありました。古代人からエルフやドワーフなど、様々な種族が生まれるようになったのです」


 いつの間にかカノンとキドリも、ユベールの話に耳を傾けていた。

 彼らにも興味を持ってもらえたと思うと、彼の舌はさらに饒舌になる。


「ですが、新しく生まれたのは人類だけではありません。地上では狼がワーウルフ、牛がミノタウロスといったように、魔物たちも生まれてしまっていたのです。地上に出た私たちの祖先は、彼らと戦い、生存圏を広げていきました。それ以後、古代都市は聖地として立ち入りが禁じられ、侵入者を防ぎ門が作られました。その門が拡張されて作られたのが王宮というわけですね」

「ドリンには大事な場所があるという話は聞いていましたが、サンクチュアリがあるからだと思っていました」

「それだけではなかったんです。興味をお持ちになられたのなら、王宮の図書館で歴史を調べてみますか? たぶん、旦那様や勇者様の口添えがあれば入れると思いますよ」

「興味はあるけど、カノンさんが神と認められて、マリーを国元に帰す事ができたらかな。今はやらなきゃいけない事があるし」

「その時は私がご案内――できませんでした。私は王宮へ出入り禁止になってますしね。旦那様をお連れした功績を認めてもらえると助かるんですけど」


 ユベールが頭を掻いて笑う。

 ダグラスを連れていける立場ではない事を忘れてしまっていたからだ。

 こうして王宮に行けるのも、カノンの付き添いだから特別に許されているだけである。

 そんな事を忘れてしまうほど、ここしばらくは強く印象に残る事ばかりだった。


「たぶんそれ、タイラさんは関わっていないと思います」

「なんですと!」


 しかし、またしても強く印象に残る事をカノンが言った。 

 いや、彼だけではなかった。


「たぶん、古代人が核戦争を起こしただけだと思う」


 キドリまでもが、カノンの言葉に賛同してきた。

 ユベールのみならず、周囲にいた騎士たちにも動揺が走る。

 これまでの定説が崩れるような事を言っているのだ。

 にわかには信じ難い。


「その核戦争とはどういうものなのですか?」


 そこで疑問を解決すべく、カノンに質問する。


「たった一度の攻撃で大きな街を消し去る攻撃魔法が世界中に降り注ぐ、と言えばわかりやすいでしょうか。おそらく古代人が核戦争で滅びそうだったので、街を地下に避難させたとのだと思いますよ」

「教科書でしか知りませんけど、私たちの世界でも危ない時期があったそうですし、核戦争って怖いですね」

「そんな事があったから、機装鎧なんてものを作れる技術があったのに滅んだのでしょう」

「この世界では放射能が進化を促す力だったりするのかもしれませんね。モンスターとかが生まれたのもそのせいかも?」

「かもしれないですねぇ」


 物騒な話ではあるが、カノンはまだ神になろうとしているのでわかる。

 キドリまで淡々とした声色で話していた。


(こんな話を当たり前の事のように話すとは何事だ? 神の世界とは、世界が滅びるのと背中合わせの世界なのか?)


 ――古代文明が滅びた理由が天罰ではなく自滅。

 

 かなり重要な話なのに、二人はまるで絵本の話でもしているかのように軽く話している。

“このような話を平然とする神の国は、我々が考えるような楽園ではないのかもしれない”と、ダグラスたちは考えさせられた。

 自然と会話は止まり、トンネルの中は機装鎧のガションガションと歩く音で満たされていた。

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