第55話 ジオフロント 1
夕方には使者が到着し、翌日の朝に迎えがくるという知らせを受けた。
さすがにカノンたちも自重し、この日の夜は酒を飲まなかった。
翌日、迎えの馬車がやってきた。
意外な事に、護衛兼見張りは少なかった。
マリアンヌが暴れ回るタイプではないので、無駄に住民の注目を集めさせないためかもしれない。
ダグラスたちは大人しく馬車に乗る。
馬車は街中ではなく、街の郊外へと向かった。
その事を不思議に思っていると、ユベールが説明を始める。
「ホテルから見えた城は王宮ではなく、ただの市庁舎です。王族の住まう場所は地下にあります。あぁそこで一点ご注意を。この王都に限り、身分が高いというのは誉め言葉にはなりません」
「おや、なぜですか?」
ユベールの注意に、カノンが興味を持った。
「この国では王族や貴族の事を、
「なるほど、地域の特色もあるのですか。そういう話を聞くのは面白いですね」
「ええ、この国にきた客人が失敗しやすいところなのでご注意を。旦那様や兄貴は大丈夫でしょうが、姉さんは……。ちょっとだけ我慢していただけたらなぁと」
ユベールが媚びへつらうように、へへへと笑いならがマリアンヌに頼む。
マリアンヌは難しい顔をする。
「私もサンクチュアリには興味があるから、積極的に争うつもりはないわ。あちらの出方次第ね」
「頼みますよぉ」
カノンが神としての証明ができれば、ユベールは彼を連れてきた功績により、大手を振って街を歩けるようになるだろう。
しかし、吸血鬼のマリアンヌも連れてきているという事もあり、その功績は差し引きゼロになる可能性もあった。
王宮の近くで暴れられたら、良くて国外追放、悪くて前線送りである。
何としてでも大人しくしておいてほしかった。
ユベールが“素晴らしき平和な世界”についてマリアンヌに語っていると馬車が止まった。
外に出ると、地下へ続く大きなトンネルがある以外は何もない荒野と、機装鎧が視界に入る。
「待ってましたよー」
キドリが出迎えにきてくれていたようだ。
いや、もしかしたらマリアンヌを警戒するために頼まれたのかもしれない。
彼女の隣に待っていた兵士が声をかけてくる。
「ここからは馬車が使えません。あちらのトロッコをお使いください」
案内をしてくれていた騎士が、大きな道の端に並んでいるトロッコを指差した。
トンネルの中は緩やかな坂が続いており、先が見えない。
かなり長い距離なのだろうが、馬車でも降りられる程度の坂道に見えた。
「なぜ馬車だとダメなんですか?」
「ここから先の道は舗装されています。その道では馬が上手く踏ん張れず、安全に降れないからです」
「なるほど……。では、歩く事にしましょうか」
カノンは、トロッコに乗るのを渋っているようだった。
歩いて降りようと提案する。
「カノン様は途中でバテそうなので、トロッコのほうが早く着くんじゃないですか?」
だが、ダグラスが“何を嫌がっているんだろう?”と思って、トロッコを使うべきだと主張する。
これにはカノンも困った顔を見せた。
「だって、あんなシートベルトも何もない乗り物に乗るのは怖いじゃないですか。脱線するどころか、ちょっとガタついたら外に放り投げ出されるんですよ! 死んじゃうじゃないですか!」
カノンの目にトロッコは“固定ベルトのないジェットコースター”という、命知らずでも乗るのは馬鹿げている乗り物に見えていた。
事故に遭った時の事を考えれば、そんなものに乗る気など起きない。
人間は無機物と違うのだ。
荷物を運ぶようにトロッコで移動はしたくなかったのだ。
「急ぎの時は王族の方々もお使いになられますよ」
「大丈夫です、歩きで!」
兵士は“王族も使う”と教えてくれたが、それでもカノンの意思は変えられなかった。
それもそのはず、あともう少しで神になれるというところで事故死などしたくなどない。
目的地が近いからこそ、石橋を叩いて渡るつもりでいた。
ここまで強く否定されては、兵士もこれ以上勧められなかった。
判断に困り、判断を求めてフリーデグントに視線を送る。
「陛下もお待ちになられています。無駄な問答をしている暇はありませんので歩きましょう」
彼女は、カノンの意見を聞き入れた。
カノンは安心した表情を見せ、実はトロッコに乗ってみたかったダグラスは少し残念そうにする。
「もし疲れて歩けなくなったら運んであげますよ。この鎧を着ていたら、どんなものでも運べますから!」
「頼もしいですね」
「お姫様だっこでいいですか?」
「それは勘弁してください」
カノンとキドリが軽口を叩く。
そうしている間にも、マリアンヌと騎士たちの間で重い空気が漂っていた。
その雰囲気を見て、キドリがそちらに声をかける。
「マリアンヌさんの喪服、似合ってますね。服を着たほうがスタイルがわかりやすくて……。ぐぬぬ……」
しかし、彼女からも重い空気が発せられた。
先日は肌を露出するスリングショットの水着だったので、そちらに気を取られていたが今回は露出がない。
精神的な余裕が生まれ、自分にはないスタイルの良さを嫌というほど認識させられてしまった。
だが、彼女も勇者である。
個人的な感情を押さえ、場の空気を換えようとする。
「そ、そういえばヴァンパイアって太陽の下でも大丈夫なんですか?」
「日焼け止めクリームとかいうもののおかげで太陽を気にしなくて済んでいるわ」
「日焼け止めクリーム!? 日焼け止めクリームってあの? えっ、えっ、なんで? 日焼け止めなんかでいいの?」
キドリが明らかに狼狽している。
ロボットのような見た目の鎧を着た彼女が女の子のような仕草をするギャップに、カノンは笑いそうになっていた。
「試してみたらいけたようなんですよ。目は日焼け止めを塗るわけにもいかないので、サングラスをかけてもらっています」
「スズキさんの考えだったんですか!?」
「ええ、そうですよ。太陽に弱いのなら、日焼け止めを塗ったらどうかと思ったので。それが上手くいったようですね」
「そのクリームはどこで手に入れたんですか?」
「サンクチュアリにある神の家です。タカナシさんも必要なものがありますか?」
カノンがそう尋ねると、キドリはモジモジとする。
その姿から、カノンは彼女が何を欲しているのかを察した。
「生理用品もリストにありましたね」
「あぁっ、ちょっと! なんで言っちゃうんですか! 恥ずかしくないんですか!?」
「私には妹がいると言ったでしょう。何度もコンビニへパシらされる事がありましたからね。慣れました」
「デリカシーを持ってください!」
神になると言いながら、デリカシーを持たないカノンに対して、キドリは声を荒らげる。
「必要なものは欲しいと言葉にしないと伝わりませんよ。もっとも、元の世界に戻れるなら必要ない事だったかもしれませんね」
だが、それをカノンは軽く受け流した。
しかし、完全に受け流せたというわけではなかった。
「そうですね、元の世界に戻れるのなら……。それを先に言ってくれていればよかったんじゃないですか! これってセクハラじゃないんですか!」
――元の世界に戻れる。
その言葉に引っかかったキドリが“セクハラだ”と噛みついてくる。
「セクハラするのでしたら、顔の見える時にやると思いませんか? そんなロボット姿でモジモジされても怖いだけですから」
「そんな姿を見るのが楽しいとか?」
「私を何だと思っているんですか……」
カノンは溜息を吐く。
しかし、いつまでもこんな話をしているつもりはなかった。
「ここは青函トンネルや関門トンネルのようなものですか?」
目の前のトンネルについて、キドリに尋ねる。
彼女は首をかしげた。
「そのどっちも行った事がないのでわかりません。でも二キロくらい歩いたらビルが並ぶ市街地がありますよ。アニメとかで見た地下都市って感じでした。天井は地面のはずなのに、空まで見えるんですよ!」
「それは楽しみですね。ジオフロントって初めてです」
カノンが話を逸らしたら、キドリもそれに乗ってくれた。
カノンがトンネルに向かって歩き始める。
するとキドリも“ガション、ガション”と音を立てながらついて行った。
ダグラスたちも騎士に警戒されながら、彼らのあとを追って歩き始めた。
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