第53話 勇者きどり 6

「マリアンヌさん。こちらへどうぞ。勇者との対談する機会なんて、そうそうないですよ。さぁさぁ」


 カノンがマリアンヌに、キドリの正面の席を勧める。

 どうやらキドリは、ダグラスとマリアンヌの出会いに興味を持っているようだ。

“ならば彼女の望みを叶えてやるべきだ”というのが、カノンの考えだった。

 彼女は人の身でありながら、刃物を受け付けなくなるほど圧倒的な力を身に着けている。

 絶対に味方にしておいたほうがいい相手だった。

 カノンは力関係を考え、早速彼女に媚びを売ろうとしていた。


 マリアンヌも、キドリの強い力を感じていた。

 正面から戦えば、お互いに無傷ではいられないだろう。

 周囲にいる者たちにも被害は出るはずだ。

 特にナイフを突きつけたダグラスは危険である。

 ここは冷静になり、カノンの勧めに従った。


「ユベールさんも起きてください」


 次にカノンは、先ほどマリアンヌの怒号で気を失ったユベールを起こそうとする。

 軽く顔を叩くと、彼は目を覚ました。


「生きてる……。生きてる!」


 ユベールはガバッと勢いよく上体を起こし、周囲を見回した。

 すぐにマリアンヌに目をつける。


「姉さん、ありゃあないっすよ。死ぬかと思いましたもん」

「死んでないんだからいいでしょう。文句があるなら、その子に言って」

「勇者様に言えるわけないじゃないっすか」

「なに? じゃあ、私はその子より格下で文句を言いやすいっていうの?」


 マリアンヌが、ユベールを睨む。

 ユベールは視線を逸らし、目を泳がせる。


「やだなぁ、姉さん。どっちも怖いですけど、勇者様はこの国の客人ですんで、一応この国の者としてはあまり言えないっていうだけじゃないですか」


 彼は媚びへつらった笑みを浮かべる。

 それを見て、キドリが溜息を吐いた。


「どうかされましたか?」


 カノンが溜息の理由を尋ねる。

 キドリは言い辛そうにしていたが、意を決して話し出した。


「エルフとかって、漫画とかゲームだとこう……。長く生きている分だけクールで格好いいイメージがあったじゃないですか。でもこの世界のエルフはその……。ユベールさんみたいな方ばっかりだなぁって思うとイメージ狂っちゃって」


 どうやらキドリは、この世界のエルフに対して幻滅してしまったようだ。

 顔が良いだけに、そのギャップが大きかったのだろう。

 今にも泣き出しそうなくらい悲し気な顔をする。

 いきなりそんな事を言われたユベールも泣きそうな顔をしていた。


「この世界のエルフは、長く生きている分だけ処世術に長けるようになったみたいですね」

「それもタイラさんのせいでしょうか?」

「これは長く生きているからという事なので、関係ないと思いますよ」

「そうですか……」


 落ち込むキドリを見て、カノンは“彼女がこの世界で何を求めていたのか”を見抜いた。


「ところでマリアンヌさん、男性のヴァンパイアも薄着なのですか?」

「男は基本的にマントと下着だけよ。ブリーフ派とブーメランパンツ派がいるくらいね」

「ブリーフ派……」


(タイラさんは、ヴァンパイアにどんな恨みがあったんだろう)


 これにはキドリだけではなく、カノンも天を仰ぐ。

 だが、それはタイラが作った世界・・・・・・・・・だからこそである。

 対処方法は十分にあった。


「キドリさん、今はタイラさんが作った世界だから、それが常識となっています。ですが、私が神になれば変える事もできるでしょう」

「どういう事です?」

「例えばタキシードや燕尾服などを着た、私たちが持つイメージに近い服装が普通になるとかですね。イケメンヴァンパイアにスマートなエスコートをしてもらえるかもしれませんよ」

「べ、別にエスコートしてほしいなんて思ってませんよ……」


 言葉とは裏腹に、キドリは妄想をしてモジモジとする。


(やっぱりそうか! 異世界にきたんだから、色んな種族のイケメンとの出会いに期待していたんだな!)


 カノン自身、様々な種族の美女に囲まれる妄想をし続けてきた。

 キドリも同じように、異世界で刺激的な出会いに期待していたのだろう。


 ――エルフに打ち砕かれるまでは。


 だがマリアンヌは、女性の目から見ても美女のはず。

 その男版を想像すれば、さぞかし夢も膨らむだろう。

 カノンが見抜いた通り、この路線で攻めれば彼女を落とせそうだった。


「ヴァンパイアと関係を持つ。そんな想像を持つ事自体が汚らわしい!」


 しかし、フリーデグントが強く否定してくる。

 そのせいで、キドリも少し自重したようだ。

 まずは邪魔者を排除せねばならない。


「それがそれほど悪い事でしょうか。確かに魔族とは命を懸けて戦う間柄かもしれません。ですが、ヴァンパイアは違います。少なくとも、マリアンヌさんはね」

「なにっ」

「では、彼女との出会いから話しましょうか」


 カノンは、マリアンヌとの出会いを話し始める。


 最初は街道沿いで出会ったものの、カノンの神としての力を感じ取って撤退。

 その後、ゼランの街でゾンビが大量発生した時に、住民を助けるために力を貸してくれたという事を話す。


「嘘だ!」

「本当ですよ。ねぇ、マリアンヌさん」

「人間は私たちの食料よ。なんでゾンビになるのを黙って見ていないといけないのよ」

「ほら、食料だと言っているではないか! 誰に殺されるかの違いでしかない!」


 否定し続けるフリーデグントに、マリアンヌは呆れたような表情を見せる。


「だから食料なんだから殺さないわよ。あなたたちが家畜にするのと違って、私たちは肉を食べないのよ。牛の乳を搾るようなものよ。美味しいから殺して肉を食べるあなたたちと、どっちが残酷なのかしらね」

「しかし牛は……」


 これは難しい問題だった。

 牛や豚は食べてもいいと答えれば、吸血鬼が人間を食べてはダメだと言い切れなくなる。

 血を吸うだけの吸血鬼のほうが、命は奪わないからだ。

 もちろん、吸い過ぎて殺してしまう時もあるだろうが、それがどの程度の頻度で行われているのかがわからない。

“魔族だから凶悪な相手だ”という先入観を持っている事を認めねばならなかった。


「それにここにくるまでの間は、ダグラスの血しか吸ってないわよ。他の二人のは匂いからしてマズそうだったから飲みたくなかったし。でも生きているでしょう」

「あぁ、そういえばヴァンパイアの好みは処女と童て――」


 ヴァンパイアが好むとされている人間の生き血を言葉にしようとしたキドリは、顔を真っ赤にしてうつむいた。

 何も悪い事をしていないのに、なぜかダグラスは気まずい思いをさせられた。


「ところで、お二人はどんな出会い方をしたんですか?」

「あぁ、それにはヴァンパイアの食事について説明しないといけませんね」


 カノンは、この世界の吸血鬼はワイングラスで血を飲むというところから話し始める。

 まずはそこから話さねば、ダグラスとの事はわからないだろうと思ったからだ。


「ワイングラスで血を飲むのが普通となり、直接相手から血を吸わなくなっていたようです。特に首から血を吸うのは求愛行動となっているそうです」


 この辺りから、マリアンヌはダグラスから視線を逸らしていた。

 しかし、ここから先はカノンも酔っぱらっていて覚えていない。

 人づてに聞いた話を、面白おかしくキドリに伝えようとする。

 カノンは胸元をはだけ、首を露わにした。


「ですがダグラスさんは、喉が渇いて苦しんでいるマリアンヌさんに“ここから好きなだけ吸えばいい”と言いました。首元から直接吸うのを渋り、ためらう彼女に対してさらに“血がいらないのか? 嫌なら飲まなくていいんだぞ”と追い打ちをかけたのです」

「信じられないっ!」


 この言葉はキドリではなく、彼女の護衛たちから上がっていた。

 凶悪な吸血鬼相手に“血が欲しければ俺の女になれ”と強引に迫る人間など、今まで聞いた事がなかったからだ。

 マリアンヌではなく、今度はダグラスに対して化け物を見るような視線が集まる。

 だが、キドリだけは違った。


「本当、信じられない! そっとハンカチを差し出してくれる優しいタイプの人だと思っていたのに、そんな俺様系だったなんて! やっぱりそのあとも強引に?」

「そんな事はないわ。人気のないところで二人きりになっても手出しをしてこない程度には紳士的なところもあるわよ」


 マリアンヌも嘘は言っていない。

 しかし、ダグラスの事に関しては、なぜか少し話を盛ってしまった。


(ヴァンパイア相手に、どう手出しするって言うんだ……)


 ダグラスは否定したかった。

 だが、キドリが二人に関する話に興味を持っており、聞いている間は上機嫌になっていた。

 これから先の事を考えれば、彼女の機嫌を取っておくのは悪い事ではない。

 周囲の視線さえ気にしなければ、何も問題はなかった。


「いいなー、私も思い出に残るような出会い方したかったなぁ」

「あなたも可愛いもの。できるわよ」


 羨ましがられて上機嫌になったマリアンヌは、キドリを褒める余裕まで出てきた。


「無理ですよ。マリアンヌさんみたいに綺麗じゃないし……。肌も綺麗ですよね。どんなスキンケアしてるんですか?」

「何もしていないわよ」

「何もしないでそんなに綺麗なんですか! ヴァンパイアってズルイ!」


 話の通じる魔族とあって、キドリはテンションが上がっていた。

 しかし、徐々に話が逸れ始めたので、カノンが待ったとかける。


「ところでタカナシさん。今は何年生ですか?」

「高三です」

「なるほど……。ではこちらに来てからの一ヶ月という時間は、受験生には非常に貴重な時間ですね」

「っ!?」


 カノンは、たった一言で彼女を幻想の世界から現実へと引き戻した。


 ――高校三年生の一ヶ月。


 就活をするにしろ、受験をするにしろ。

 人生にとって、とても大事な時期だ。

 ここで一ヶ月を失うのは、同年代の学生に大きく差をつけられてしまうという意味である。

 呑気に恋バナを聞いている時でもなければ、魔物を狩っている場合でもなかった。


「ですが、私が神になればあなたを元の世界に戻せるでしょう。どこまで力が及ぶかはわかりませんが、こちらの世界に召喚された時点に戻す事もできるかもしれません。勇者であるあなたの言葉なら、この国の王も耳を傾けてくれるでしょう。この世界を救うため、そしてあなたを救うためにも、私たちをサンクチュアリまで連れていっていただけませんか?」

「そう、ですね……。確かにその通りです。もう元の世界に戻れないと思って考えないようにしていましたけど、スズキさんが戻してくれると言うのなら試してみる価値はありますね」


 カノンの言葉は、キドリにクリティカルヒットした。

 人間離れした力を身に着けたといっても、やはり彼女も人間である。

 家族のもとに戻りたい。

 元の世界に戻りたいという気持ちが強く残っていた。


「あなたから見れば、私はただのカルト教団の教祖かもしれません。ですが人を救いたいという気持ちは本物です。だから大神も私を新しい神にしようと選んでいただけたのです」

「そうですね、私も信じ――たいです」


 言葉ではそう言うものの、キドリはカノンを信じきれなかった。

 やはり“金銭トラブルで信者に殺された”という印象は、とてつもなく悪い。

 そこで彼女は条件を出す事にした。


「私も入れるのなら、一緒に中に入ってみたいんですけど大丈夫ですか?」

「ええ、かまいませんよ。すでにダグラスさんを招いていましたから」

「それでは一度王宮に戻って王様と相談してきますね。いいでしょう、フリーダさん」

「……念のために見張りは置きますよ」

「認めましょう」


 カノンもマリアンヌがいる以上、好き勝手にさせてくれるとは思っていなかった。

 それにダグラスがキドリにナイフを突きつけたため、危険な集団としてマークされて当然である。

 そのくらいは十分に許容できるものだった。


「では、よろしくお願いいたします」


 カノンは勝利の笑みを浮かべた。

 ダグラスは――いや、カノンとキドリの二人以外は、この流れを理解できなかった。

 しかし、キドリにとって重要な話だったのだろうという事はわかっていた。


(本当になんなんだ、この人は?)


 ――たった一言で流れを大きく変える。


 カノンは相手の求めている事、不安に感じている事をズバリと言い当てる洞察力を持っているのだろう。

 ダグラスは、この得体の知れない男に助けられたので感謝しないといけない。

 しかし、素直に感謝できなかった。

 それはダグラスが素直ではないというのではなく、カノンに素直に感謝させない何かがあったからだ。

 言いようのないもどかしさに、ダグラスは困惑していた。

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