第51話 勇者きどり 4
「私一人の問題だとずっと思っていました……」
「気にしないでください。私もこの名前だからこそ、人々を救う神になろうと思ったのです。人と違うという事にもいい事はあるんですよ」
「鈴木さんは強いですね……。鈴木、神王さん!?」
キドリは大きな声を出して、ソファーから立ち上がった。
彼女は目を丸くして、カノンを見ている。
「ええ、鈴木神王ですよ。どこかでお会いしましたか?」
「ニュースで見ました! 信者からお金を巻き上げて、ついには信者に刺されて死んだカルト教団の教祖さんですよね!」
「そんな報道がされているんですか!?」
この場に居合わせたダグラスたちは、キドリの言葉をすべて理解できなかった。
それでも“カノンは、うさんくさい奴だ”という事だけはわかった。
(やっぱり、こいつはダメなほうの人間じゃないか! お前みたいな奴が本当に神になっていいのか!?)
ダグラスも第一印象が正しかったとわかり、不信感に満ちた目でカノンを見ていた。
「それは間違いです。喜捨という言葉をご存知でしょうか? 教団に財産を寄付するのは世俗の穢れを払う行為なのです。私はいくら寄付しろとは言っていません。彼らが自分の意思で全財産を寄付したにもかかわらず、あとで返せと言ってきたので揉めただけですよ。いきなり包丁で刺してくるほうが悪いのです」
「お金を巻き上げたのは事実なんですよね?」
「いいえ、違います。彼らが
「詐欺師ってそういって言い逃れするってよく聞きますけど」
――キドリは完全にカノンの正体を知っていた。
メジャーな宗教であれば、まだ理解を得られたであろう。
しかし、カルト教団の印象は悪い。
キドリが心に強固な壁を作ったのが目に見えてわかる。
これでは王宮へ入る事も難しくなるかもしれない。
その事実は、カノンに焦りを覚えさせる。
「確かに私の教えは有名ではありませんでした。ですが、人を助けたいという気持ちは本物です。だから神を総べる神である大神様に、この世界の神になれと送り込まれたのです。まずはこの世界の状況をお教えしましょう」
カノンは、タイラーがこの世界を去った事で混乱が起きたなど、最初から説明を始める。
話の途中で、フリーデグントたちが“神は我らを見捨てない!”と強く否定してきたが、それを無視してキドリへの説明を続けた。
「まさかお祈りメールで神になろうと決意する人がいるなんて……」
だが、キドリは引いていた。
カノンが神になろうと決意した理由を聞いて、凄まじいほどに引いていた。
ダグラスたちには意味がわからずとも、同じ世界で生きた彼女には、しっかりと意味が通じてしまったのだ。
カノンも“正直に話し過ぎたか”と後悔していた。
この世界にきてからというもの、話す内容はすべて神の世界におけるものだと好意的に捉えられていた。
そのせいで“この世界では上手くいく”と慢心してしまっていたのだろう。
(まだ修正は可能な範囲だ。大丈夫、説得できる)
カノンは警戒するキドリに、いつものような笑みは見せなかった。
いつになく真剣な表情で、彼女に語りかける。
「きっかけは立派な理由ではないかもしれません。しかしながら私が人を助けたいと思ったのは事実です。その結果、私はここにいる。あなたならその意味がわかるのではないですか?」
「それは……、転移とか転生とかという意味ですか?」
「ええ、そうです。私は大神に選ばれて、この世界にきたのです。それも世界を救うために。その意味を考えていただければ、私がここにいてもおかしくないと思いませんか?」
――転移、転生。
その言葉と意味は、キドリも本で読んでいたので知っていた。
(この人が神様になるんだ……。この世界の人には、それでいいのかな? でも神様になりたいなんて本気で思う人は他にいないだろうし仕方ないのかも?)
――だいたい本では転生者は特別な存在として扱われる。
召喚された彼女も、勇者として扱われているのだ。
それを考えれば、カノンが本当に神になりそうだという気もしていた。
だがこの会話は、カノンとキドリの二人だから意味がわかるものだった。
他の者たちにはさっぱりである。
「勇者様。結局、この男は信用できるのですか?」
フリーデグントが、キドリに確認をする。
彼女の意見が、カノンたちの未来を左右する事となった。
「信用は……、できません」
残念な事に、カノンは彼女を説得しきれなかったようだ。
カノンは“もう少し時間があれば”と悔しがる。
「でも、サン……クチュアリ? というところに連れていってもいいと思います。たぶん特別な力を持つ人だと思いますので」
だが失敗ではなかった。
“転移、転生”という特殊な状況が、彼女の考えに影響を与えたのだった。
信用は得られなかったが、特別な力を持っている可能性が高いと信じてもらえたようだ。
「そうなのでしょうか? 特別な力を持つような人間には思えませんが……。何か力を証明できますか?」
フリーデグントは、キドリの言葉だからといって鵜呑みにはしなかった。
カノンに力の証明を求める。
「できますよ。ユベールさん、水差しを持ってきてください」
「はい、ただいま」
ユベールが部屋の隅にある水差しを持ってくるまでの間に、カノンは小石を取り出した。
「飲み物の時も思ったんですけど、もしかしてそれってアイテムボックスとかいうものじゃ……」
「ええ、そうですよ。これも大神にいただいた力です。タカナシさんは召喚された際に何か力を得ていないのですか?」
「私はこれです」
キドリはスマートフォンを取り出した。
「モンスターを倒してレベルアップすれば、新しいアプリが使えるようになるみたいです。まだ試していないものばかりなんですけどね」
「ええっ、倒すだけでいいんですか! 私は信者の数が経験値になるシステムなので、手っ取り早くレベル上げできないんですよ」
「なるほど、大神という方もちゃんと考えておられるんですね」
「……どういう意味でしょうか?」
「他意はありません」
つい先ほどまで名前の件で盛り上がっていたとは思えないほど、キドリの態度は冷たかった。
彼女の突き放した態度にカノンは傷つく。
(やっぱり、宗教関係者に対する偏見は厳しいものがあるな。でも、そういう人も正しい道へ導いてこそ神としての存在意義があるんだ。挫けてはいられない)
水差しを持ってきたユベールに、テーブルへ置くように指示を出す。
「私は怪我の治療をできるのですが、無用に怪我をさせてまで、その方法で証明しようとは思いません。ですので、奇跡を見せる事で証明しましょう。石をパンに、水をワインに」
カノンは言葉に合わせて、石と水を変化させていく。
フリーデグントや他の護衛たちは目を丸くして驚くが、キドリは冷ややかな視線をカノンに浴びせかける。
「それってパクリですよね? 怒られたりしませんか?」
「怒られるって誰にでしょう?」
「神様的な存在に……」
二人の間に気まずい沈黙が訪れる。
その沈黙を先に破ったのは、カノンだった。
「タイラさんもやっていたそうですよ」
「他の人がやっていたら、自分もやっていいというわけではないと思いますけど……」
「タイラさんがやっていたから、同じ力を持つ神だと信じてもらいやすいのですよ。信者の数が増えれば、もっと色々できるのですけどね。それは世界を元に戻したあと、少しずつやっていくつもりです。ところでスマホでは何ができるんですか?」
キドリの能力が気になっていたカノンが、彼女の能力に話を振る。
彼女はカノンを警戒しているが、それは“騙されないか?”というものだった。
“殺されたりするかもしれない”という命にかかわると思っていないので、あっさりと手の内を明かそうとした。
「まずは機装鎧の呼び出しとかですね。モンスターと戦わないといけないっていう問題はありますけど、魔法少女とか変身ヒーローみたいな感じで楽しかったです。あとはモンスターを発見するレーダーが……。あれ?」
スマホを操作していたキドリの動きが止まる。
「タカナシさん!」
彼女の話から不穏な動きを感じ取ったカノンが制止しようとする。
――だが、止められなかった。
「すぐ近くにモンスターがいます!」
レーダーでマリアンヌを探知した彼女が叫ぶ。
護衛の騎士たちが武器を抜こうとした瞬間――
「動くな!」
――ダグラスのナイフが、キドリの首元に突きつけられていた。
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