第49話 勇者きどり 2

「ユベールさん、勇者に渡りはつける事はできますか?」


 部屋の中がいつものメンバーだけになると、カノンがユベールに勇者との接触ができるか尋ねた。

 この頼みに、ユベールは悩む。


「お任せください、とお答えできればよかったのですが……。私が王都にいたのは三十年前です。寿命の短い種族の者は亡くなっている可能性がありますし、顔見知りのエルフも異動している可能性が高いでしょう。それにクビになった理由が理由なので、会ってくれる相手が残っているかどうか……」


 悩んだ結果、無理かもしれないという結論に至った。

 顔見知りの多い異端審問官も多くが死に、解散して残りは散り散りになっている可能性が高い。

 ユベールに頼りになりそうな伝手はなさそうだった。

 しかし、それで諦める彼ではなかった。

 カノンのためにも、まだやらねばならない事があったからだ。


「ですがサンクチュアリは王宮の中にありますので、結局は王家に許可を得ねばなりません。旦那様のためにも、誰か口利きができる者がいないか探してみましょう」

「ありがとうございます。それにしても、王宮の中ですか……」


 カノンが空中で指を動かし始める。

 ダグラスは見慣れていたが、マリアンヌやユベールはまだ慣れておらず、不思議そうな目で彼の仕草を見ていた。

 しばらくして、カノンが納得したようにうなずく。


「王宮が地下都市にあるというわけですか。それにサンクチュアリも。ここまで本格的なジオフロントというのは初めて見ますね」


 ――ドリンの王宮。


 それは古代文明の地下都市を改修したものである。

 カノンの知っている街並みが地下にあり、その中心に神の領域があった。

 地下への道路があり、王宮は地下への入り口付近にある。

 どうやら聖地として認定された地下都市に、盗賊が入れないように設置された詰所が拡張されていき、時と共に王宮へと変わっていったらしい。


「見る?」


 カノンの言葉に引っ掛かる部分を感じたユベールが聞き返した。

 カノンが笑みを浮かべる。


「ええ、私は神ですから。見ようと思えば、遠くの景色と歴史なども見る事ができるのですよ」

「さすがは旦那様! そのお力を見せつければ、通行許可も簡単に得られるかもしれません! もっとも、話を持ち掛ける相手が見つかればですが……」

「それが問題ですね。なんとかしてキドリさんに“スズキが会いたがっている”の一言だけでも伝えられませんか? その一言が伝われば、きっと彼女は私と会おうとしてくれるはずです」


 なぜかカノンは勇者と面会できる自信があるようだった。


「もしもそれでダメだった場合“機装鎧モビルアーマーの形状から、タイラ・ジョージさんは、サン〇イズ系のアニメが好きそうですね”と言っていただければ伝わるかと思います」


 しかし、同時に焦りも見える。

 何か急いでいるようだった。


「できれば、このあとすぐにでも動いてください。私はすぐにでも世界を救わねばなりません。……ホテルに泊まれなくなる前に!」


 どうやら野宿が嫌なようだった。

 そんな彼にダグラスは呆れていた。


「なら、お金を稼ぎましょうよ……」

「ダグラスさん、あなたはわかってない」


 今度はカノンが呆れたように、やれやれと首を振る。


「私がサンクチュアリの中に入れば、すべての問題が解決するのです。もう目の前なのですよ。ここで長居するつもりはありません」

「でもお金が――」

「あっ!」


 ユベールが何かを思いついたように声をあげたので、皆の視線がそちらに向けられる。


「権力があって、お金を持っている方に心当たりがあります! あの方なら、ホテル代くらい出してくれるでしょう。おそらく王都の屋敷にいると思うので、会う事ができれば勇者様への伝言も頼めるかと思います」


 どうやら頼れる有力者に心当たりがあったようだ。

 カノンが安堵の笑みを見せる。


「それではさっそく会いに行っていただけませんか? 面会の予約を取り付けてくれれば、私が直接話しに行ってもかまいませんので」

「かしこまりました! では、今から行って参ります!」


 カノンに借りを返せると思ったユベールは、勢いよく部屋を飛び出していった。

 マリアンヌが天を仰ぎ、深いため息を吐く。


「どうしたの?」


 そんな彼女の様子を見て、ダグラスが理由を問う。


「この街に長居をしたくないのよ。なんだか落ち着かないもの。ここにいても気配が強く感じられるくらい強い人間もいるようだし」

「さすがにマリーでも、魔法が使えないと厳しいかもしれないな」


 ――ダグラスの何気ない言葉。


 その一言に、マリアンヌはカチンときた。


「魔法が使えなくて困っているのは、あなたたちのほうでしょう? 私は魔法の使えないエルフなんかに傷一つ付けられないし、ドワーフやビーストマン相手にも力負けするつもりはないわよ。試してあげようか?」

「えっ、なんで!? マリーが弱いだなんて言ってないじゃないか。ちょっと厳しいかもって言っただけで」

「だから、ちょっとでも厳しくないって証明してあげると言っているのよ」

「なんでそこでムキになるの?」


 ダグラスには伝わらなかったが、マリアンヌには“強いところをダグラスに証明したい”という気持ちがあった。

 これは吸血鬼という種族が人間の上位種であり、人間に心配されるなど論外だという考えが根底にあるせいだった。

 

 

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 マリアンヌの強さを証明する、しないの話は長く続いた。

 カノンは二人の痴話喧嘩に口出しせず、ソファーに寝ころんでうたた寝をしていた。

 ダグラスもうんざりとし始めた頃、マリアンヌが口を閉ざした。


「どうしたの?」


 静かになったのはいいが、それが突然だったのでダグラスは不安になる。


「こっちにくる」


 マリアンヌは険しい表情をしていた。

 あまりよくない兆候なのかもしれない。


「離れていてもわかるくらい強大な力を持つなにかが、こっちにきているわ。たぶん、勇者とかいう女じゃないかしら。昼間に感じたものと同じだから」


 彼女も強がっていたが、実際に勇者を前にするとなると緊張するのだろう。

 本人も気付かぬうちに拳を握りしめていた。

 ダグラスは、そっと彼女の手に自分の手を置いた。


「僕には魔力の事はわからない。でも勇者様も人間だ。急所を一突きすれば死ぬと思う。もし戦うような事になれば、僕がマリーを守るよ」

「なにを言っているのよ。人間が私を守れるはずないでしょう。私が守ってあげる側よ」


 二人が“僕が、私が”と言い争い始める。

 目を覚ましたカノンが二人と止めた。


「まぁまぁ、そもそも争いにならないようにするつもりですし、キドリさんも私と話をしにきたはずです。マリアンヌさんには念のために棺桶に入っておいていただいて、あとは私に任せてください」

「あなたが本当に勇者と話し合いができるという保証は?」

「ないですね。でも自信はあります。彼女は異国の地で心細い思いをしていて、家族のもとに戻りたいと思っているはずです。私がこの世界の神となり、すべてを元に戻せば、彼女も元の世界に戻れるでしょう。私の話を無視できませんよ」

「だといいのだけれどね……」


 マリアンヌは、ダグラスをチラリと見る。

 このままでは彼と言い合いを続ける事になる。

 そこでカノンを出汁にして、打ち切る事にした。


「まぁいいわ。あなたは弁舌が立つし、ここは任せるわ。でも争いになるようであれば、私は容赦しないわよ」

「わかっています。私もそうならないよう努力すると約束します」


 勇者が、かなり近くまで来ているのだろう。

 マリアンヌは、そのまま棺桶の中へ入っていった。

 残されたダグラスは手持ち無沙汰になってしまう。


「僕はどうすれば?」

「マリアンヌさんの反応を見る限り、まもなくやって来られるのでしょう。ならば、私の護衛や従者といった感じで私の近くにいてくれれば結構です」

「わかりました」


 しばらくすると、窓の外から多くの人が動く気配を感じる。 

 勇者が到着したのだろう。

 ダグラスは自分の武器を確認し、カノンの斜め後ろに立った。


 やがて人の気配は部屋の外から感じられるようになり、ドアがノックされた。

 ダグラスがドアに近付く。


「どちら様ですか?」

「ユベールです。勇者様をお連れしました」


 ユベールの返事を聞き、ダグラスがドアを開けると、大勢の騎士がユベールの背後に並んでいた。

 その中で、一際目立つ格好をした女の子が目に止まる。

 魔力を感じられないダグラスでも、彼女が強い力を持っている事がわかった。

 なのに恐れは感じられない。

 マリアンヌと違い、自分を抱擁してくれるかのような優しい力を感じられる。


(これが勇者か)


 熟練の冒険者などとは違い、刺々しい威圧感はない。


「どうぞ」


 ダグラスは警戒する事なく、すんなりと彼女を招き入れる事ができた。

 しかし、彼女の護衛らしき騎士たちは違う。

 彼らからは警戒のみならず、殺気まで感じられた。

 ユベールの口利きとはいえ……。

 いや、ユベールの口利きだからこそ警戒されているのかもしれない。

 ダグラスは無駄な血を流さないよう、彼らの殺気に反応しないように努めて、勇者をカノンのもとへ案内する。

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