第48話 勇者きどり 1

 ――クローラ帝国の王都ドリン。


 この街に着くまでの間、ダグラスにとって嬉しい事に、カノンが大人しくなった。

 やはり、腕を折られたのが効いたらしい。

 大人しくパンをモソモソと食べてくれるようになった。

 時々、砂を豆に変えてもらい、ダグラスが豆のスープを作ってやれば、食に関して文句を言わなくなっていた。

 しかし、ホテルのロータリーで馬車を止めた時に口出しをしてきた。


「ダグラスさん、路銀は尽きていたんじゃないんですか? もしかして、ダグラスさん個人の財布から出してくれるというのでしょうか?」


 本当はドリンの隣街で路銀が尽きていた。

 これは物価の高騰や治安の悪化による値上げのせいである。

 だから、ドリンではホテルに泊まる余裕はないとカノンは思っていた。

 だというのに、ダグラスがあっさりとホテルに向かったので、疑問に思ったのだ。


「あぁ、これですか。僕の財布といえばそうですね。でもカノンさんのおかげで稼げたお金でもあります」

「私のおかげで?」


 ここまでくれば、もう隠す事はない。

 理由を問いたそうにしているカノンに、ダグラスは打ち明ける事にした。


「実はカノンさんからもらった水筒を売ったんですよ。古代文明の遺物だと言ったら、一本銀貨十枚で売れましたよ」

「えっ、ペットボトルが一本銀貨十枚! たかがペットボトル一本が、一晩豪遊できる金額で売れたんですか!」


 やはりカノンは食いついてきた。

 ペットボトルは捨てるほどあるのだ。

 それがお金になると知っていれば、喜んで売っていたはずだ。


「なんで言ってくれなかったんですか。何度も売る機会があったのに……」

「お金が入ったからって豪遊していると、悪い人たちに目を付けられますよ。それにあの水筒の出処を詳しく聞かれると困りますしね。あのあと、ドリンまで問題が起きなかったのでもういいでしょう?」

「まぁそうなんですけど……」


 カノンは複雑な表情を浮かべていた。

 しかし、ダグラスの考えを否定できる材料がないため、何も言い返せなかった。

 今回ばかりは甘んじてダグラスの意見を受け入れるしかなかったが、それでも“教えてくれてもよかったのに……”と思わざるを得なかった。



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 借りた部屋に入ると、窓の外からざわめきが聞こえてくる。


「あっ、勇者様がご帰還されたみたいですね」


 マリアンヌが入った棺桶を運んでいたポーターの一人が、ざわめきの理由に心当たりがあるような事を言った。


「勇者様の帰還?」


 その理由をカノンが尋ねる。


「降臨の儀式で呼び出された勇者様が、ソンム平原で魔族の群れを一掃して、戦線を一ヶ月前のところまで戻したそうです」


 わからない単語が出てきたので、カノンはチラリとユベールを見る。

 ユベールは腐っても元官僚。

 カノンが求めている事を察して説明を始める。


「ソンムというのは、クローラ帝国の北方にある魔族の領域との間にある平原です。昔から魔族の侵攻があり、多くの砦などが築かれている最前線です。オーガなど力の強い魔物が多かったので、魔法が使えなくなってから厳しい戦いを強いられていたのでしょう」

「なるほど、勇者一人で不利な戦況をひっくり返したというわけですか」


 ユベールの説明で、カノンも納得する。


「そうなんですよ! まさに人類の救世主です! お客様は運がいい。ちょうどこの部屋のバルコニーから見えると思いますよ」


 ポーターたちがソワソワし始める。

 よほど勇者の姿を見たいのだろう。


「どこから見えるか教えていただけますか」

「はい、喜んで!」


 ポーターたちの気持ちを汲んだカノンが、バルコニーへの案内を求めた。

 彼らは喜んでカノンたちを案内する。

 バルコニーに出ると、ポーターが指を差す。


「あちらから来られるようですね」

「勇者様のご帰還です。一人でも多く声援をかけて差し上げるべきだと思うのですが、皆さんはどう思われますか?」

「私もそう思います」


 ユベールが、カノンの意見に同意する。


「僕もいいと思います」


 そして、ダグラスも同意した。


(ユベールさんは王都から三十年は離れていたみたいだし、この街に住んでいる人の話を聞きたい。だから、カノンさんも彼らを引き留めたんだろう)


 ――ダグラスが同意したのは、情報収集のためだった。


 カノンとは目的は違うが“ポーターたちをバルコニーに残す”という点では利害が一致していた。

 特に伝説の中にしか存在しなかった勇者の事はよく聞いておかねばならない。

 いい場所から勇者を見られるとあって喜ぶポーターたちに、カノンが話しかける。


「ところで皆さんは、勇者様のお名前をご存知ですか?」

「噂で聞いただけですが……。二十歳にもならない人間の女の子で、名前は確かキドリー・タッカー氏……という名前だそうですよ」

「キドリーって伸ばすんじゃなくて、キドリらしいぞ」

「ほう、キドリ・タッカー氏ですか」


 ポーターたちの話を聞いて、カノンがニヤリと笑い、小さくつぶやく。


「キドリ・タッカー氏……。タッカー氏……、タカハシ……」


 どうやら彼は、勇者の名前に聞き覚えがあるようだった。

 どこか懐かしむような色も見えた。

 ダグラスが詳しく聞こうとするが、街道の人々の歓声がかき消した。


「来ました、来ました!」


 勇者の姿が見えて、ポーターたちのテンションも上がる。


「あれが機装鎧……」


 まだ距離があるのでよく見えないが、ダグラスは機装鎧に目を奪われていた。


 ――古代文明が残した戦闘兵器。


 全高三メートルほどで、普通の鎧を大きくしただけの大きな鎧にしか見えない。

 だが、その鎧に秘められた力は人知を超えたものだった。


 ――筒から魔法の弾を打ち出して、地平線の向こうにいる遠くの敵すら吹き飛ばせるもの。

 ――空を自在に飛び回り、飛竜相手に空中戦を行えるもの。

 ――いかなる魔法も無力化する光の盾を持つもの。


 鎧ごとに特色があり、そのどれもが強力な力を持つ。

 ダグラスもおとぎ話を聞いて、子供の頃には機装騎士に憧れた事があった。

 しかし、機装騎士になれるのは鎧に選ばれた者のみ。

 表社会に出る事のできないダグラスには機装鎧に触れる機会すらなかったので、夢を見る事もできなかったが……。

 それでも、実際に機装鎧を見る機会があると胸が高鳴った。


 ここ十年は機装鎧を扱える者がいなかったので、降臨した勇者が人類の救世主扱いをされるのもわかる。

 ダグラスは、それでもやはり機装鎧のほうに興味を持っていた。

 機装鎧を乗せた馬車がやってくる。

 八頭立てで、鉄の荷台を引いている事から、機装鎧は見た目以上に重いのかもしれない。


 だが、カノンは違った。

 彼も機装鎧に興味を持っていたが、鎧の前に立つ勇者のほうにより強い興味を持っていた。 


「確かに若い。女子高生か女子大生といったところでしょうか」

「じょしこうせい?」


 聞き慣れぬ言葉に、ダグラスが聞き返す。


「女性の学生という事ですよ。まだ成人もしていなそうな若い女性が異世界に呼び出された……。心細いでしょうね」


 カノンは心配そうにしていた。


(そうなのかな? 僕はもっと若い頃から戦っていたけど……)


 そんなカノンの心配を、ダグラスは理解できなかった。

 勇者は女といえども、十五歳以上に見える。

 それくらいならば、働き始めておかしくない年齢である。

 カノンが彼女の事を心配する理由がわからなかった。


「勇者様ーーー! ありがとうございますーーー!」


 勇者は照れながら周囲に手を振って応えている。

 ホテルのほうにも手を振ってくれたので、より一層盛り上がる。


 そんな中、ユベールはただ一人、冷めた目で勇者を見ていた。

 魔法を使えなくなった今、機装騎士の存在は非常に大きいとはわかっている。

 だがやはり“勇者降臨のために同胞を多く失った”という事実が、諸手を挙げての歓迎をする気にさせなかったのだ。

 彼は手を振る事なく、見えなくなるまで勇者を黙って見送った。


「お客様、同席させていただきありがとうございました」

「いいのですよ。こちらも勇者様の情報を聞かせていただきましたし」


 ダグラスが空気を読んで、ポーターたちにチップを渡すと、彼らは部屋を出ていった。

 彼らが出ていくのを確認すると、ダグラスは先ほど聞きそびれた勇者について、カノンに尋ねようとする。


「カノンさん、勇者様ですが……。お知り合いですか?」

「ええ、おそらく私と同じ世界から来た者でしょう」


 カノンの返事は、ダグラスたちを驚かせるのに十分なものだった。

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