第46話 一時の休息 3
紹介された店は歓楽街のど真ん中にあるにもかかわらず、店構えが立派だった。
広い土地を買えるだけの利益が出ているという事だろう。
この店なら期待できそうだ。
だが、ダグラスは違うところを見て、そう考えていた。
(このご時世にビーストマンを二人も門番に使っているとは。よほど稼いでいるんだな)
魔法が使えなくなった今、重宝されるのは肉体的な強さである。
ドワーフやビーストマンといった膂力に優れた種族は前線の維持に欠かせないはずだ。
それを門番に使えるというだけで、店の財力を見せつけられているようだった。
(でも水筒だからな。珍しいといっても多くの期待はできないと思っておかないと。でも銀貨一枚くらいになってくれたら助かるんだけどな)
ダグラスも古代文明の遺物が高値で取引されている事は知っている。
だが実際にいくらで取引されているかまでは知らなかった。
特に水筒など高値で欲しがるものではなかった。
ただ“珍しい”というだけでどれだけの値が付くのだろうか。
不安ではあるが、やってみるしかなかった。
「お客様」
店に入ろうとすると、門番が声をかけてくる。
普段ならダグラスでも威圧感を覚える体格だろうが、露骨に腰が引けているので今は何も感じなかった。
「戦場帰りで気が昂っている気持ちはわかります。ですが、もう少し魔力を抑えていただけないでしょうか? 他のお客様が怯えてしまいます」
猫系のビーストマンが腰を低くして接しているので、ダグラスは“借りてきた猫ってこんな感じなのかな?”と関係ない事を考えてしまった。
「私も誰かと争う気はないから抑えているわよ」
「それで!? ……失礼いたしました。お通りください」
「そう」
マリアンヌは“怯えられて当たり前”という態度で店に入る。
ダグラスは彼女のあとに付き従う。
もう手を組んで歩いたりはしていない。
これは商品を高く売るためだ。
――貴婦人とその使用人。
幸い、マリアンヌの着ている喪服は品質のいいものなので誤魔化せるはずだ。
店の中に入ると、冒険者らしき者たちの視線が集まった。
しかし、ただの一般客らしき者たちはあまり気にしていない。
一部の男性客が、マリアンヌのスタイルのいい肢体を足元から舐め回すように見ているだけだった。
これは恐怖を察知するのにも経験が必要だという証拠である。
歓楽街なのでダグラスも覚悟していたが、あまり愉快なものではなかった。
カウンターの店員に近づく。
「店主さんか仕入れ担当の方はおられますか? 珍しいものを売りたいのですが」
「当店では飛び込みの品を買い取ったりはしておりませんが……。どのようなものかお見せいただけますか? ものによっては取り次がせていただきます」
歓楽街では、盗品が売り買いされているところもある。
そんな店だと思われぬよう、この店では基本的に買い取りをしていなかった。
だが、戦闘経験のない店員にも、マリアンヌがただ者ではない事くらいわかる。
先ほどから恐怖で汗が止まらなくなっていたからだ。
(門番も、こんな化け物を通してくれるなよ……)
品物を見もせずに門前払いにするのではなく、一度確認して誠意を見せてから丁重に帰ってもらおうとしていた。
店員の前に出されたのは透明のビンだった。
「これは古代文明の遺物です。割れないガラスで作られている柔らかくて軽い水筒です」
ダグラスは、ペットボトルで軽くカウンターを叩く。
コンコンと軽い音がするだけで、ガラスのような重厚な音はしなかった。
「……見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。強く力を入れなければ壊れませんから」
店員も興味を持ったようだ。
手袋をハメて、ダグラスからペットボトルを受け取る。
軽く押したり、重さを確かめたりする。
「この商品は買い取りをどうするかは、私では判断致しかねます。ただいま店主を呼んで参ります」
結果、自分では持て余すと判断したようだ。
店員が店主を呼びにいく前に、マリアンヌのために椅子を用意した。
どのような立場かはわからないが、立ったまま待たせるべきではない相手だと判断したようだ。
マリアンヌは当然のように座る。
人間に尽くされるのに慣れているからか、その仕草は自然だった。
それが“もしや貴族では?”という疑念を確信にさせる。
ダグラスと店員の話は周囲に聞かれていた。
さすがに“売ってくれ”と声はかけてこないが、視線がペットボトルに集中する。
誰もが興味を持っていたが、どの程度の価値があるものかわからない。
店主の判断を楽しみに、遠巻きに見物されていた。
「お待たせしました」
やってきた店主は、早速ペットボトルを確認する。
彼の視線は、ペットボトル中央部に書かれた文字に釘付けとなる。
「現代語と古代語が混ざって書かれていますね。しかし、偽造と断定するのも難しい……。なんだ、この紙質は……」
古代文明の遺物ならば、書かれているはずのない言語が使われている。
しかし、それだけで偽物だと断定するのも難しい。
見た事のない材質は、現代の技術では真似できないものだった。
「どこで手に入れられたのですか?」
そこで、入手場所を聞いて判断しようとした。
「私も教えられていませんので場所はわかりませんが、ガーディアンがまだ生きている古代文明の遺跡からだそうです。これからドリンへ向かうつもりなのですが、私のミスにより路銀の一部を失ってしまって……。旦那様の遺品の一部を売る事になったのです。ここが大きな店だと伺っています。できれば高値で買い取っていただけると助かります」
ダグラスは、マリアンヌが喪服を着ている事を利用した。
これならば、貴重な品を売りにきたと言っても怪しまれないはずだ。
しかし、彼の計画は甘かった。
商人相手に弱みを見せれば、足元を見られてしまう。
「そういう事でございましたか」
幸いな事に、周囲の見物人がそれを阻止してくれた。
露骨に安く買い叩くところを見られれば店の評判に関わってくる。
よく理解していないものを、適切だと思われる価格を出さねばならなかった。
だが、絶対という事ではない。
“遺物は引き取れない”や“個人の持ち込みで買い取りはしていない”と断る事もできる。
しかし、ここは腕の見せ所でもある。
“目利きの店主がいる”というのは、店の売りになるからだ。
「買い取りを希望されるのは、これ一本でしょうか?」
「値付け次第ですが、二本売ろうかと考えています」
ダグラスは、ペットボトルをもう一本取り出した。
そちらには水が入っていた。
こちらは実演用である。
蓋を開けて見せたり、ペットボトルを逆さにして水漏れしないのを実際に見せる。
「回すだけで蓋が締まるのですか……」
木やコルクの蓋に比べて、簡単かつ確実に水筒の口を締める事ができる蓋。
たいした事がないようで、素晴らしいくらい精巧な作りである。
こういったシンプルなところにも目を引かれる。
増々値付けが難しくなってくる。
しかし、店主は思い切って行動に移す。
「遺物コレクターを存じておりますが、王都在住のため運ぶ手間なども考えないといけません」
まずは予防線を張る。
「この水筒に似た形のものを見た事がありますが、触れれば崩れてしまうほど風化しておりました。これは遺物として不自然なほど新しすぎます。しかし、このような素材は見た事がありません。もしかしたら、古代人がまだ生きていて、新しいものを作り続けているのかもしれませんね」
そして冗談を交えながら、店の名前が傷付かず、店の名前のための出費なら痛くない金額を考える。
「一本あたり銀貨五枚といったところでしょうか?」
(銀貨五枚! 珍しいとはいえ、たかが水筒で銀貨五枚か!)
ダグラスは心の中で小躍りしていた。
二本売って銀貨十枚になれば、道中の食費はどうにかなる。
それにホテルには先ほど飲んだ分の空のペットボトルがあるので、水筒に困る事もない。
何しろ、カノンが使い捨てにしようとするくらいには量があるのだ。
路銀に困った時は、カノンに話して売ればいい。
カノンが多少散財しても大丈夫になるだろう。
「奥様、この金額でよろしいですね?」
マリアンヌに確認するのは、打ち合わせていたからだ。
ダグラスが“よろしいですか?”と尋ねれば、彼女には帰ろうとしてもらい、駆け引きをする事で値上げをさせる。
今回は取引を認める“よろしいですね”という合図を出したので、了承の意思表示をしてくれるはず――だった。
「帰るわよ」
だが、彼女は不満そうに椅子から立ち上がった。
打ち合わせと違う行動に、ダグラスが戸惑う。
(もしかして、言葉を逆に覚えていたのか?)
彼は行き違いがあったと思った。
しかし、それは違う。
マリアンヌにも彼女なりの考えがあったのだ。
「これから長い付き合いをできる相手なのか見ていたけど、そうではなさそうね。路銀を失ったとはいえ、節約すれば王都まではいけるわ。それは王都で売りましょう」
――長い付き合いをできる相手ではない。
それは“他にも遺物を持っている”と匂わせる言葉であった。
しかも“この店は取引するに値しない”という意味も含ませていた。
その一言で“これから上得意になってくれる客を失うかもしれない”と、店主を焦らせる。
「お待ちください。今の価格は商品だけの価格です」
店主はマリアンヌを引き留める。
「私自身は強くありませんが、様々なお客様と接してきた事により、相手の事を強いかとても強いかくらいはわかります。ご婦人は私がお会いしてきた中でも五指に入るお方だと感じております。それだけ多くの我ら人類の敵を倒し続けてくださってきたという事でしょう。そんなあなたに敬意を表して上乗せするつもりでした。一本銀貨十枚でいかがですか?」
――銀貨五枚の上乗せ。
これは珍しい事ではない。
このやり取りを見ている者たちの中にも冒険者はいる。
口コミで“実力者には気前のいい店だ”と噂が広まれば、貴重な品物が持ち込まれるかもしれない。
上客を作るための初期投資と思えば安い出費だった。
マリアンヌも貨幣の価値はわからないが、二倍に増えたので満足したのだろう。
ベールの下で笑みを見せる。
「それでいいわ。この街に寄る事があれば、次もこの店を使ってあげる」
「ありがとうございます」
――高額で買い取らされた側が感謝する。
これはマリアンヌの力が隠し切れないほど強いものだったからだ。
ダグラスのように力を隠すよりも、時には隠さないほうが物事が進む場合がある。
今回は、その場合だった。
――素人にもわかる圧倒的な威圧感。
――実力に見合ったものであろう態度。
それらの事から、店主は今回の出費は安いものだと判断した。
それにコレクターに吹っ掛ければ、この出費は回収できる算段は立っていた。
コレクターという人種は、欲しいものを手に入れるために金に糸目を付けぬものだからだ。
ダグラスが金を受け取る。
その姿を見ながら、マリアンヌは満足そうにうなずいていた。
「またのお越しをお待ちしております」
店主に見送られながら、二人は店を出る。
門番から見えない位置まで店から離れると、マリアンヌがダグラスの腕に手を絡めた。
「お金を落としたなんて弱みを見せちゃダメよ」
「商人相手に交渉するなんて初めてで緊張しちゃって……」
「私相手に強引に迫る度胸があるくせに?」
「あれは!?」
ダグラスは“知らなかったからだ”と反論しようとするが、マリアンヌの表情からからかわれている事を察した。
「ところで、いくらぐらいで買い取ってもらうつもりだったの?」
「銀貨一枚くらいになればいいかなーと思ってたよ」
「あら、じゃあ悪い事をしたわね」
彼女はクスクスと笑う。
言葉とは裏腹に、ちっとも悪いと思っていないようだった。
「でもおかげで助かったよ。十枚もあれば十分だし、他のお店に行ってみる? マリーにお礼をしないと」
「なら、この服に似合いそうなブローチでも買ってもらおうかしら」
「予算内でいいものがあるといいんだけど」
予想以上に高値で売れたので、二人の足取りは軽い。
二人の姿は、すぐに夜の街へと消えていった。
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