第45話 一時の休息 2

 食事を済ませたダグラスが、自分の荷物を漁り始めた。


「何をしているの?」


 それを不思議に思ったマリアンヌが理由を尋ねる。


「どうにかしてお金を稼げないか考えているんだ。今のところホテル代はあるけど、何かあった時に困るからね」

「お金ってそんなに大事なものなの?」


 マリアンヌの返事を聞いて、ダグラスは一つ疑問に思った。


「もしかして、シルヴェニアではお金って使われていないの?」

「あるけれど、人間が使っているだけよ。ヴァンパイア同士では物を直接交換したりする程度ね」

「そうなんだ。お金っていうのは、その交換を仲介してくれるものなんだ。食べ物だけじゃなくて、こうしてホテルに泊まる時にも使えるしね。人間が生きていくのに必要なものなんだよ」

「それをあの人がほとんど使っちゃったってわけね」

「でもマリーの安全のために使ったんだから、あまり厳しく言えないけどね」


 呆れるマリアンヌに対して、ダグラスは一応カノンのフォローをしておく。

 後先考えぬカノンの行動には腹が立つ事もあるが、私利私欲で動いたわけではないからだ。


「あんな事を続けられると、さすがに怒るけどね。だから、お金を手に入れる方法が何かないか考えてるんだ」


 ダグラスは、かつてカノンからもらったペットボトルに目をつけ、カバンから取り出した。


(これを古代文明の遺物だと言って商人に売りつけられないだろうか?)


 ペットボトルは非常に珍しい道具である。

 古代文明から発掘される品物を集めるコレクターに高値で売れるかもしれない。

 だがダグラスには、そのような人脈がない。

 そのため、商人に売りつけようと考えた。

 商人ならば人脈があり、中には珍品を集める者もいるはずだからだ。


「ちょっと商人のところに行ってくるよ。暗くなってきたけど、歓楽街に近いところなら夜遅くまで店を開いているはずだからね」


 カノンがどこからともなく新しいジュースを取り出して飲んでいたため、ペットボトルは文字通り捨てるほどあった。

 だが、そのほとんどはカノンが持っているので、水が入った手持ちの二本を小さな袋に入れる。

 出掛けようとしているダグラスに、マリアンヌが声をかけた。


「ねぇ、この街なら、魔力でヴァンパイアだと気づかれる事はないのよね? だったら、一緒に街を歩いてみない? 人間の街を歩くのってアルベール以来だし」


 日焼け止めクリームがあるとはいえ、彼女の強大な魔力は非常に目立つ。

 アルベール以来、ダグラスと一緒に街で散策したりはしなかった。

 だから堂々と歩けそうなこの街を歩きたいと思ったのだろう。


 この申し出には、ダグラスも悩む。

 確かに強大な魔力を持っていても目立たないのはいいが、それは猛者が珍しくない街という事でもある。

 マリアンヌの正体に気づき、彼女と戦える力を持つ者と出会った時が厄介だった。

 まずは彼女に、その危険性を説明する。


 すると彼女は――


「あら、あなたが守ってくれないの?」


 ――男なら守って見せろと言わんばかりに、ダグラスに挑戦的な顔を見せた。


 以前のダグラスなら“メリットとデメリットが釣り合わない”と一蹴していただろう。

 だが、今は違う。


「凄腕の冒険者相手でも逃がすくらいはできるだろうけど……。いくらなんでも正面切って戦うのは厳しいよ」


 暗殺者は対象に意識されずに行動して本領を発揮する。

 正面切って戦うのは、日中の吸血鬼のように圧倒的に不利である。

 冒険者や騎士といった者たち相手に正面から戦うのは避けるべきだった。

 その事はわかっているはずなのに“ダメだ”と一蹴せずに、なぜか見栄を張ってしまった。

 ダグラスはなぜこのような行動を取ってしまったのかと思って戸惑う。


「じゃあ、誰かに気づかれたら逃げればいいだけじゃない。私も魔法が使えない状況で意地を張るつもりはないわ。でもまぁ、ホテルに逃げ帰るわけにはいかないだろうし、朝になった時に困るから、日焼け止めクリームは塗っておこうかしら」

「そのほうがいいだろうね。もしも逃げる事になったら、西に向かってください。西側の街道付近で待っていてくれれば、ドリンへ向かう途中で合流できるはずだからね。僕たちのほうはどうにかするよ」

「わかった。じゃあ、お願いするわ」


 マリアンヌが服を脱ぎ始める。

 ダグラスに塗れという意思表示である。

 以前、カノンに指摘されてからは、彼女の背中など塗れないところだけをダグラスが塗るようにしていた。

 その事はマリアンヌも触れたくなかったので、あの時の事はお互いに触れないのが暗黙の了解となっていた。



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 ホテルのコンシェルジュに夜も営業している店を紹介してもらい、二人も出掛けた。

 店の場所は、やはり歓楽街のど真ん中だった。

 そこに行くまでは普通のカップルに見えるように、マリアンヌがダグラスの腕に手を回す。

 しかし、周囲の視線が集まっていた。


「どうして見られるのかしら?」

「マリーが美人だからじゃないかな」

「こんな変な眼鏡をしてるのに?」

「眼鏡でも隠し切れないものがあるのさ。あと喪服だからかな」

「絶対、それじゃない」


 ダグラスは誤魔化すが、実際は違う事に気づいていた。

 こちらを見てくる者は、ダグラスから見ても、一目でわかるくらいの腕利きばかりだ。

 きっとマリアンヌの力に気づいて見ているのだろう。

 ベテランの冒険者ほど、実力のある同業者と面識ができる。

 普段見かけぬ実力者に注目が集まるのも無理はないのかもしれない。


(国境から離れているとはいえ、国内に魔族が入り込んでくる事もある。万が一に備えて腕利きの冒険者がいてもおかしくないか。先に調べておけばよかったな)


 ダグラスは失敗を悟っていた。

 先に街の雰囲気を調べておくべきだったのに、マリアンヌに言われるがまま、二人で出てきてしまった。

 最近、彼女絡みでは正しい判断ができなくなってきているような気がする。

 気をつけないと、いつか取り返しのつかない失敗をしてしまうかもしれない。

 ダグラスは気を引き締める。


 歓楽街に入ると、客引きが明らかに増えてきた。

 カップルで歩くダグラスたちには声をかけてこないものの、若い男には積極的に声をかけていた。

 ダグラスは周囲をキョロキョロと見回す。

 すると、腕がきつく締めつけられた。


「可愛い女の子でもいたの?」


 マリアンヌが笑顔のまま威圧してきた。

 その理由はわからないが、ダグラスは説明する必要性を本能的に感じていた。


「いや、カノンさんだったら“ちまちま食事を楽しむより、銀貨一枚分楽しく過ごしたい”とか言って、お酒を飲みにきてそうだなーと思っただけだよ。さすがに見つからなかったけど」


 説明すると、腕の締め付けが緩くなる。

 それで納得してくれたという事がわかった。

 マリアンヌの感情がイマイチ理解できず、ダグラスは未知のものに対する恐怖を感じていた。

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