第三章 第二の領域ドリン編
第42話 エルフの凋落 1
国境の街から二週間。
クローラ帝国中東部にあるソレーヌという街に到着した。
この街は交通の要衝で人通りが多い。
マリアンヌがいるにも関わらず、この街を選んだのは彼女のためだった。
ブランドン王国ではエルフが少なく、出会う事もなかった。
しかし、魔族と国境を接するクローラ帝国では、エルフは戦争の主力であるため数が多い。
マリアンヌの魔力に気づき、騒がれてしまうかもしれない。
だが、だからこそ他の街に行かず、あえて人の多いこの街を選んだのだ。
エルフが多いという事は、前線帰りで強力な魔力持ちも多いという事である。
歴戦の勇士のような恐怖心を煽るような魔力を持っていても、逆に気づかれにくいはずだ。
“木を隠すなら森の中”と考えての行動だった。
「ユベールさんがいてくれたおかげで助かりました」
それにユベールの存在も大きかった。
彼がいれば“あの馬車から強い魔力が……。なんだエルフか”と、魔力に敏感な者もスルーしてくれたからである。
高位の司祭らしきカノンと、エルフのユベールのセットは“強力な魔力持っていてもおかしくない”と思われやすい。
ダグラスも、見た目の重要性を再確認させられた。
「マリアンヌ様のお役に立ててよかったです。無駄に年を食ったエルフでも、ハリボテとしては使えるようですね」
「そんな事はありませんよ。この国をよく知るユベールさんのおかげで助かっています」
「そう言っていただけるとありがたいですな」
今は外国人に厳しい時代であるが、ユベールが上手く交渉を進めてくれた。
彼が交渉してくれたおかげで宿泊代や食料品などで、ぼったくられる事もなかった。
人としては信用できないところもあるが、彼の人生経験は頼りになると、ダグラスも認めるようになっていた。
――ここまでは。
「おい、お前ユベールじゃないか?」
街の門番に、ユベールの事を知っている者がいた。
彼に声をかけられたユベールは声の主を確認する。
「レジス!? お前どうしてここに?」
どうやらユベールの知り合いだったようだ。
しかし、いい知り合いではなかったらしい。
レジスの姿を見て、明らかに動揺している。
「あの裁きの日以来、魔法が使えなくなってな。怒りの日に戦う事ができなかったせいで、みんな衛兵に格下げさ。このご時世にクビにされなかっただけマシだろうさ」
――裁きの日というのは、一度目の暗闇が訪れて魔法が使えなくなった日の事。
――怒りの日というのは、二度目の暗黒が訪れ、魔物が溢れだした日の事を、クローラ帝国の人々はそう呼んでいた。
「エルフは魔法が使えなければ非力だからな……。私の村もイビルトレントに変わった森に襲われて逃げるので精一杯だったよ」
「そうか、お前も大変だったな」
旧友の再会といったところだろうか。
二人は、しんみりとした表情をしていた。
ダグラスも会話に口を挟む事なく、黙って様子を見ていた。
レジスが馬車に近付いてくる。
「じゃあ、そこの建物に入ってもらえるか。荷物を確認する」
「えっ、通してくれる流れじゃないのか?」
「書記官だったお前がこんなに恐ろしい魔力を放てるわけないだろう。中にどんな人がいるのか、どんな荷物を持っているのかを、しっかりと調べないといけない」
「勘弁してくれよ」
「調べられているところを人目に晒さないように配慮してやっているだろう? 文句言うな」
――湿っぽい雰囲気だと思ったら、渇き切った対応をされた。
しかし、完全にドライな対応というわけではなさそうだ。
“怪しまれて検査を受けているところを見せない”という配慮はしてくれるらしい。
問題があるとすれば、荷物を調べられると困るという事だろうか。
(ユベールさんの元同僚という事は、元異端審問官か……。ユベールさんが書記官だったという情報は怖いな)
書記官でも、ダグラスの足音の異常を察知できるのだ。
戦闘要員ならば確実に見抜いてくるだろう。
魔法を使えなくとも、気を緩めてはいけない相手である。
ダグラスは手綱を操りながら、周囲の様子を窺う。
(ドワーフも多いか……。正面切っての戦いは無理そうだな。カノンさんに期待するという手もあるか)
ダグラス一人であれば強引に逃げ出す事も可能だ。
しかし、マリアンヌまで助け出すのは厳しい。
彼女はまだ日焼け止めクリームを塗っていない。
日中に逃げ出すのは厳しいだろう。
(建物の中に入って、日焼け止めを塗る時間を稼げばいけるか?)
彼には“カノンを助ける”という考えはなかった。
なぜなら“カノンは見捨てても、一人だけならば説得で切り抜けられそうだ”という信頼があったからだ。
今、最も優先して助けるべき相手は、力を持っているはずのマリアンヌである。
これはダグラス個人の感情もあったが、吸血鬼の弱点を考えれば、日中は一番か弱い存在であったからでもある。
建物の中にもエルフがいた。
レジスと合わせて総勢五名である。
どの程度体術ができるかわからないが“この人数ならばコッソリと殺して、マリアンヌが日焼け止めを塗る時間は稼げそうだ”とダグラスは計算する。
それに建物は手前と奥に扉があり、中のエルフを始末したあと奥の扉から出れば気づかれないかもしれない。
しっかり探せば、この状況を切り抜けるチャンスは、まだまだありそうだった。
「おいおい、懐かしい顔じゃねぇか」
「おや、ユベールさんじゃありませんか」
「どうした? 仕事でも探しにきたのか?」
「残念だったな。もうお前の席は残ってねぇぞ」
建物の中にいたエルフたちも、ユベールの事を知っているようだった。
きっと彼らも
余裕のある態度を見せる彼らが、ダグラスにはどこか滑稽なものに見えていた。
「私にも色々とあってな。実は――」
ユベールは村が崩壊した事と、その後にカノンの道案内を買って出た事を簡単に説明する。
「そうか、アルベール周辺でも異変が起きていたか……」
さすがに同族の村が滅びたと聞いて、エルフたちは悲しんでいた。
だが、それはそれ。
仕事については手を抜かなかった。
「では調べようか」
「待ってくれ!」
さっそく荷台を調べようとしたところで、ユベールが待ったをかける。
その時点で、建物の中にいたエルフたちが警戒態勢を取った。
待ったをかけるという事は、見られては困るものが中にあるという事なのだから。
「語るに落ちたな、ユベール! この裏切り者が!」
「どうせ魔族でも匿っているんだろう?」
「あれは隊長にハメられたんだ!」
「嘘つけ! お前はいつもハメる側だって自慢気に話していただろう!」
「それは違う意味でだ!」
「はい、そこまで!」
エスカレートするユベールたちを、馬車の中から姿を現したカノンが止める。
「話は聞かせてもらいました――が、よくわからないので一から説明していただいていいでしょうか?」
いまいち締まらない登場である。
だが、皆の意識がカノンに向いている。
ダグラスは馬車から降り、愛用のダガーをいつでも抜けるように用意をしていた。
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