第41話 新たな仲間 6
カノンたちは、ユベールの娘ソフィの恋人であるジャンが経営する料理屋へ向かった。
高級店ではないが、平民が気楽に立ち寄れるような店でもない。
平民が祝い事の時に使うような、ちょっと高級感のある店構えをしていた。
「絶対に中華料理屋だと思ってたのに……」
なぜかカノンがガッカリしている。
「中華というのがわかりませんが、ジャンは経営者というだけではなく、腕のいい料理人でもあるのでお好みの料理を作ってくれると思います」
「いや、そうじゃなくてな……」
「どういう事でしょう?」
理由を聞こうとするユベールの肩を、ダグラスが叩く。
「カノン様は時々理解できない事を言われます。理解したいという気持ちはわかりますが、理解できるとは思わないほうがいいですよ」
「うーん、さすがは神と言うべきでしょうか。私のような下賤の者にはわかりませぬな」
「カノン様にだけわかる事というのもあるのでしょう」
ダグラスが“あの人は理解しようとするだけ無駄だ”と忠告する。
ユベールは気になったものの“ご主人様の事を詮索するのはよろしくない”と、諦める事にした。
「では中へ入りましょうか。きっと歓迎してくれるはずです」
ユベールが先導して店に入ると、近くにいたウェイターに声をかける。
「私はソフィの父親のユベールだ。ジャンさんに挨拶をしたいのだが、今おられるかね?」
「支配人の恋人の? かしこまりました。確認してまいります」
ウェイターが店の奥に入っていく。
すると、すぐにエルフの男女が姿を現した。
「お父さん!」
ソフィが駆け寄ってくる。
ユベールは彼女を抱きとめた。
「もうお義父さん……、と呼んでもいいのでしょうか?」
ジャンらしきエルフの男も近寄ってきて、ユベールに話しかける。
「ああ、かまわない。今まで反対してきたが、こんな時代だ。手に職をつけた男に娘を任せたい。私ではもうこの子を守ってやれないからな」
「お父さん、無職どころか司祭様の奴隷になっちゃったものね」
「あぁ、そうだ」
このやり取りを聞いていて、カノンは首をかしげる。
「でもカノン様は、ドリンまでの道案内をしてくれるだけでいいと言ってくださった。また戻ってくるよ」
「えっ、戻ってくるの?」
「もちろんだとも」
「お義父さんなら、この店で雇いますよ。料理はできないと聞いているので、皿洗いとかどうでしょう?」
ジャンが仕事を用意すると言うが、ユベールは首を振る。
「官僚の旨みを知ってしまえば、もう仕事で皿洗いなんてできんよ……」
「やはりそうですか……」
彼は悲しそうな声で答えた。
三人はいい雰囲気を作り出しているが、その言動に引っ掛かるものがある。
カノンはツッコミたかったが、そういう雰囲気ではない。
もどかしい思いのあまり、頭痛まで感じ始めていた。
一方、ダグラスは平然としていた。
エルフがそういうものだと知っているからだ。
だが、知識で知っているのと、自分で経験するのはとでは違う。
目の前でこういう話をされると、少しだけ新鮮な驚きは感じていた。
「お父さんとのお別れだもの。最後にいっぱい食べていってね」
「ハハッ、また会えるさ」
悲し気に言うソフィの言葉を、ユベールが笑い飛ばす。
テーブルに案内されるまでの間、空気を読んでツッコまなかったカノンが悶え苦しんでいた。
テーブルに着き、ジャンとソフィが離れたのを確認し、カノンはユベールにツッコむ。
「なんだよ、あれは! もっと普通に感動的な別れの挨拶とかできないのか?」
ただし、声は潜めてである。
ダグラスとユベールの二人にだけ聞こえるボリュームで話す。
だが、二人とも“何を言っているんだ?”という表情を見せていた。
「だいたいあのようなものですが?」
「僕の知っているエルフ像そのままでしたよ」
「くそっ! だから、あの時娘さんはあっさり見捨てていったんだな!」
カノンは、ユベールの治療をした時のやり取りを思い出していた。
あの時“時間がかかってもお金を払います”などと食い下がらず、ソフィはあっさりと逃げ去っていた。
意外とドライなところがあるのかもしれない。
「タイラさんが何を考えて、この世界を作ったのかさっぱりわからない……」
「まぁまぁ、タイラー様のような神様の考えなど人間にはわかりませんって。楽しくやりましょうよ」
「いずれ慣れますって」
ユベールとダグラスがカノンを慰める。
しかし、カノンはすぐに理解できなかった。
「とりあえず酒だ。酒をくれ。なんかもう、シラフではやってられない」
彼は酒の力を借りて、この場を乗り切ろうとする。
“エルフ”という種族のイメージが壊れてしまった事に耐え切れなくなってしまったのだ。
カノンは“俺が神になったら、もっとまともな世界にしよう”と決意する。
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翌日、酒と馬車の揺れによる酔いで寝込んだカノンを運びながら、馬車は西へ進む。
「兄貴は御者までできるんですね」
ダグラスの話し相手にでもなろうとしているのか。
それとも日焼け止めクリームには限りがあるので、棺桶の中にいるマリアンヌから離れたかっただけか。
御者台に座るダグラスの隣に、ユベールが座った。
「ユベールさんはどうなんですか?」
ダグラスも彼に聞きたい事があったので話に付き合う。
「馬に乗る事はできますが、馬車は無理ですね」
「しかも二頭立てなので難しいかもしれませんね」
「馬車は乗る専門だったんで」
「官僚だったんですよね。なら人を使う側ですから仕方ないでしょう。……ところで、どのようなお仕事をされていたんですか? 僕の足音に気づけたり、マリーの強さを敏感に感じ取れるくらいには実戦経験を積んでそうですけども」
ユベールは真剣な顔を見せた。
ダグラスも彼の一挙手一投足を見落とさないように警戒する。
「困りましたねぇ。でもダグラスの兄貴とは上手くやっていきたいですし……。いいでしょう、話します。ただ本当に昔の事で、今は関係ないという事は信じていただきたい」
「それは内容次第ですね」
ダグラスの返答に、ユベールは溜息を吐いた。
「おぉ怖い怖い。私はただの異端審問官だったというだけですよ」
「!?」
――異端審問官。
クローラ帝国など、魔族と国境を接している国に設置されている役職である。
脅迫や篭絡、買収などの手段で魔族に協力していると
中には本物の協力者がいる場合もあり、魔族やその協力者とも戦う者たちだ。
犯罪を取り締まる衛兵とは違い、個々の戦闘力も求められる。
そんな実力者のように見えないのが、ユベールの恐ろしいところなのかもしれない。
そして何よりも、今のダグラスにとって一番警戒せねばならない相手でもあった。
誰がどう見ても、マリアンヌと協力関係を持っている。
カノン諸共、ドリンに着く前に殺されるかもしれなかった。
ダグラスは人気のないところで彼を殺し、馬車から捨てるべきかと考え始める。
「だから僕の足音にも気づけたと?」
しかし、考えをすぐに決めたりはしない。
情報を探ってから決めても遅くはないからだ。
「足音に気づけたのは、私がエルフだからでしょう。人間やドワーフでは気づけない、わずかな音の違和感に気づいたというだけです。ですからエルフの前ではお気を付けください。耳の長さは伊達ではないのですから」
「そうします」
答えながらも、ダグラスはユベールの仕草の一つ一つを監視する。
どう見ても、異端審問官として戦う男の体ではなかった。
(魔法で戦っていたという事か? なら、今は無力な存在だと思う事もできるけど……)
勝手に決めつけるのは危険だ。
カノンも“頭のおかしい奴だ”と思っていたら“神の領域に入る事ができる男”だった。
そんなダグラスの警戒心を、ユベールは見抜いていた。
「以前にも言いましたように、旦那様には命を救っていただいた恩義があります。だから密告はしませんよ。兄貴や姉御を密告すれば、旦那様にも嫌疑がかかりますからね。だから上手くやってください。私に助言できる事があれば手助けしますから」
「……今は信頼してもいい。だけど、カノンさんに借りを返す時もくるだろう。その時は覚悟を持って、よく考えて行動してほしい。報復には手段を選ぶつもりはないから」
「わかってますよ。そもそも、こうして誰にも報告せずに同行している時点で私も同罪ですって。孫の顔も見ずに死にたくはないので仲良くやってきましょうよ」
「申し訳ないけど、エルフとは距離を取りたい」
「そんなつれない事言わないでくださいよ~」
ユベールのおかげで道中の話し相手には困らなそうだが、厄介な仲間が増えてしまった。
カノンは警戒が甘いので、ユベールもダグラスが警戒しなくてはならないだろう。
“これならば以前のほうがよかったかも?”と、どうしても思ってしまった。
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