第40話 新たな仲間 5

 ユベールを同行させるにあたり、目下の課題は部屋割りだった。

 最初は二人部屋を借りていたが、マリアンヌが昼間も姿を現す事と、ユベールという同行者が一人増えた事により、ホテル側から“もう一部屋借りてほしい”という申し出があった。

 そこで二人ずつに分かれる事になったが、そこで問題が発生した。


 カノンは“自分とユベール、ダグラスとマリアンヌ”の部屋割りを提案した。

 これにはマリアンヌも不服はなさそうだった。

 しかし、ダグラスが“自分とユベール、カノンとマリアンヌ”の案を出した事で意見が割れた。

 主にマリアンヌの不服申し立てによるものである。


「なんで? 私と同じ部屋が嫌だっていうの? それにこの人と同じ部屋だと、私が襲われそうじゃない」


 見るからに不機嫌である。

 ユベールはマリアンヌを恐れて部屋の隅に縮こまり、カノンも“なんでだろう?”と不思議そうにしていた。

 それほどまでに不可解な分け方だったからだ。

 しかし、ダグラスは彼なりの理由があっての意見だった。


「マリアンヌさんと一緒の部屋が嫌だというわけではありません。それにカノンさんも女性好きのようですが、見境なしに女性を襲ったりはしないでしょう。それよりも僕はユベールさんの事が気になっています」

「ダグラスの兄貴が私の事を?」


 ユベールが頬を染める。

 そんな反応をした彼の事を見て、マリアンヌが視線だけで人を殺せそうなほど殺気立っていた。

 ダグラスもマリアンヌが怒っている事は察しているので、ちゃんと説明をしようとする。


「ユベールさんがどう勘違いしているのかわかりませんが……、気にかけている事は事実です。僕はエルフを信用していません。もしカノンさんと同じ部屋を使わせて、カノンさんに万が一の事があってはいけません。だから僕が同じ部屋に泊まって、余計な事をしないように監視するつもりでした」

「なるほど、そういう事でしたか。私は世界を救わねばなりません。初対面の相手を信用し過ぎて、何かがあっては世界の損失になるでしょう。最初は警戒しておいてもいいかもしれませんね」


 ダグラスの意見に、カノンが理解を示した。

 彼もユベールに油断ならないものを感じていたからだ。

 ダグラスが率先して見張ってくれるというのなら、それに越したことはない。

 だが、マリアンヌが不満そうにするのもわかる。

 だから、そちらへのケアも忘れなかった。


「それにマリアンヌさんとダグラスさんはお互いに意識し合っているとわかっています。他人の恋路を壊すような真似は神としてしないと誓いましょう。その点は安心してください」

「別に意識なんてしてないし……」


 マリアンヌが視線をキョロキョロとさせる。

 その態度から、本心がバレバレだった。


「では、とりあえず私とマリアンヌさん。ダグラスさんとユベールさんという部屋割りにしましょうか。部屋に荷物を置いたら、ユベールさんの娘さんがいる料理屋へ食事にいきましょう。しばらく会えなくなるので挨拶くらいはしておいたほうがいいでしょう」


 カノンが話を締める。

 ダグラスはユベールと共に新しい部屋へと向かおうとする。


「じゃあ、先に血を飲ませてもらおうかしら」


 マリアンヌも食事がしたいと言い出した。

 ダグラスも異論はないので、彼女に身を委ねる。


「うわわわわ……」


 その光景を見て、ユベールがまたも震えだす。

 まさか吸血行為まで見る事になるとは思っていなかったからだ。


(本当に血を吸っている……。しかも、嫌がってない!? どうなっているんだ!?)


 カノンと出会ってから、今までの人生で経験した事もないような事ばかりである。

 ユベールは“本当に世界はおかしくなったんだ”と強く実感させられた。

 そして、この光景を見て沸き上がった疑問を問いかける。


「あ、あの……。一人の人間から長く血を吸うとヴァンパイアになるっていう話を聞いた事があるのですが……。大丈夫なのでしょうか?」


 ずっとダグラスがマリアンヌに血を吸われていたのなら、いつかは吸血鬼化してもおかしくない。

 その事がユベールは気になっていた。

 そんな彼にカノンが笑いながら答える。


「そこで私の出番ですよ。私が治療すれば、ヴァンパイア化の進行度もリセットできます。だからダグラスさんの血も飲み放題というわけなんです」

「そんな事まで治療できるんですか! 凄いですね……」

「神ですから」


 二人が話していると、マリアンヌの食事が終わる。

 カノンがダグラスの治療をすると、ユベールはダグラスと共にもう一つの部屋へ向かった。

 その途中で、ユベールが話しかける。


「あの二人と旅を続けている兄貴は凄いですね」

「うん?」


(まぁ神を名乗る特別な力を持つ男と、ヴァンパイアの二人と旅をしていればそう思われるか)


 ダグラスも“我ながらおかしな二人と旅をしているな”と思ってしまう。

 人生とは数奇なものだ。


「最初は個性の強さが目立ちますけど、一緒にいたら意外と話が通じる普通の人だとわかりますよ。ところで、兄貴というのはやめてもらえますか? ユベールさんのほうが圧倒的に年上でしょう?」

「まさか! あの二人相手に、そんな感想が出てくる時点で兄貴と呼ぶしかないでしょう! それに私は奴隷なので旦那様に仕えておられる方を名前で呼ぶなんて滅相もない」

「カノンさんは奴隷ではなく、ただの道案内として雇ったつもりでしょうけどね」

「それだけ感謝しているという事ですよ。恩義がある旦那様の寝首を搔くような真似はしません」

カノンさんは・・・・・・……ね」


(やっぱり信用ならない奴だ)


 ダグラスは、ユベールをまったく信用していなかった。

 彼が街の衛兵にマリアンヌの事を通報したりしないよう見張るつもりだった。


 だが、ユベールも嘘を言っているわけではない。

 エルフといえども、命を助けられた恩義を忘れて仇で返すつもりなどなかった。

 これから一緒に旅するダグラスの信頼は得ておきたい。

 そこで部屋に着いたところで、重要な話を切り出した。


「ダグラスの兄貴って、貴族に仕えてたんですよね?」

「ただの冒険者だよ。なんでそう思うんですか?」


 ユベールの言葉に、ダグラスは平然と返す。

 しかし、内心は穏やかではなかった。


「だってただの冒険者にしては言葉遣いがおかしいじゃないですか。ちゃんと教育を受けたって感じがしますし……」

「だったらどうだっていうんだ?」

「わざと足音を鳴らしているような歩き方とかが怪しいんですよね。貴族に仕えていて、足音を消すクセがつくような仕事となれば――」


 ダグラスは冷たい視線をユベールに向ける。

 ユベールには“それ以上喋れば、命はないぞ”と言っているかのように見えていた。

 だが、ここで黙ればリスクだけが残る。

 恐ろしいが、最後まで話すしかなかった。


「最初から旦那様に仕えていたような様子でもない。マリアンヌ様も同じ。ならばどこかの国から、足を洗って逃げてきたとか――がぁっ」


 ユベールは胸倉を掴まれ、壁に押し付けられる。

 今度は視線ではなく、力尽くで黙らせにきたようだ。

 しかし、ダグラスにはマリアンヌのような恐ろしさがない。

 感情も何も感じない目で、ジッと見てくるだけだった。

 その恐ろしさを感じない状態が、ユベールには逆に恐ろしかった。


「待ってください! それがわかっていても誰にも話さなかったじゃないですか! 門番にも言わなかったでしょう? 旦那様がお連れの人を密告なんてしません! だから少しくらい私の事を信じてくださってもいいんじゃないでしょうか! これから一緒に旅をするんですから仲良くしましょうよ。私なら、どうすればもっと自然に一般人に溶け込めるかのアドバイスもできますよ」


 だから一気にまくしたてるように話した。

 ダグラスの手の力が緩められる。


「なぜ見抜けた?」


 ダグラスは両手を使ってとぼけるユベールの首元を締める。


「待って、待ってください! 王宮で働いていたので、裏の仕事をする人たちと話した時に見破りやすいポイントを聞いただけです。それでなんだか怪しいなーと思っただけなんです」


 ダグラスは、ユベールから手を離した。


「正体を知っているかどうかわからない旦那様にも話していなかったでしょう? エルフでも私は口が堅いんです。そこらへんを考慮して、信用してもらえませんかね?」

「……まだあなたの事をよく知らないので全面的にとはいきませんが、口が堅いというところは信じましょう」

「えっ、私の事をよく知りたい? では今晩――」


 いつの間にかユベールの首元にナイフが突きつけられていた。

 目にも止まらぬ素早さに、ユベールの背中に冷や汗が流れる。


「そういった冗談は、マリーが好まないのでやめてください」

「わかりました」


 ユベールは答えながら“冗談の通じない人だな”と思っていた。

 しかし同時に、少しだけダグラスの人となりが理解できたような気がしていた。

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