第39話 新たな仲間 4
ユベールのために新しい服を買い、井戸で血を洗い落とさせる。
顔も洗った事で、さっぱりしたようだ。
着替え終わると、どこか凄みを感じる男性へと変わった。
「着替えると元官僚らしい渋みが出てきましたね」
「ありがとうございます」
「ではホテルに戻りましょうか。先に言っておきますが、私たちにはマリアンヌさんという、少し特殊な同行者がいます。ですが、その正体は秘密でお願いしますね」
「もちろんですとも。恩を仇で返すような真似はいたしません」
答えるユベールは、余裕のある笑みを見せていた。
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「ヒェェェ……」
――あの余裕はなんだったというのか?
部屋に連れていくと、彼は腰を抜かして床に座り込む。
“なんだろう?”という目で見下ろすマリアンヌと目を合わせる事も、逃げる事もできなかった。
両腕で頭を抱え、小さくうずくまるのみである。
「ユベールさん、大丈夫ですか?」
カノンが心配そうに声をかけるが、ユベールは返事もせず固まったままだった。
「なによ、それ? なんでエルフなんて拾ってきたの?」
マリアンヌが、ダグラスに尋ねる。
聞かれたダグラスは困った顔を見せた。
「この人はユベールさんといって、ドリンで働いていた事もあるらしいんだ。それでカノンが道案内にどうかと考えて連れてきたんだけど……。この様子だと無理そうだね」
「エルフだから私の力を感じ取って、ひれ伏しているようね。フフッ」
(ダグラスも怯えた姿を見せていたけど、ここまでじゃなかった。カノンは神を名乗るおかしな男なだけあって、怯えないし……。それどころかいやらしい目で見てくるし……。そう、これよ。これが普通の反応なのよ)
ユベールに恐れられてはいるが、マリアンヌは悪い気はしていなかった。
――吸血鬼は、生きとし生ける者にとって恐怖の象徴であるべきだ。
そう思っている彼女は、自分のあるべき姿を取り戻したようで、どこか安心すらしていた。
それほどまでに、ダグラスとカノンの二人は異質な存在だった。
マリアンヌの中で、だんだんとダグラス
「ユベールさん。マリーはヴァンパイアではありますが、問答無用で襲い掛かる恐ろしい相手では――」
「ヴァン……パイア!?」
マリアンヌの正体が吸血鬼だとわかり、ユベールが恐怖に満ちた顔をダグラスに向ける。
先ほどカノンが傷を癒そうとした時よりも怯え切っていた。
その表情を見て、マリアンヌが勝ち誇っていた。
「私は、ただのヴァンパイアじゃないわよ」
彼女はサングラスを外し、服を脱ぎ去って、いつもの水着姿になる。
カノンは“やっぱり痴女じゃないか”と思ったが、今は何も言わなかった。
彼女は窓際にいき、カーテンを開け放つ。
まだ夕日が出ているが、マリアンヌに何も異変は起きなかった。
「太陽を克服しているわ」
「あわわわわ」
――吸血鬼の弱点である太陽も効かない。
ほぼ無敵ともいえる存在を前に、ユベールは正気を失いそうになっていた。
失禁していないのが不思議なくらいな怯えようである。
「マリー、怖がらせないであげてよ」
この状況を見かねて、ダグラスが服を拾い上げてマリアンヌのもとへ持っていく。
さすがにダグラスが呆れているのを見て、マリアンヌも調子に乗り過ぎていたと反省する。
「あなたがそういうのなら仕方ないわね」
彼女はダグラスに手伝ってもらいながら、大人しく服を着る。
そしてサングラスをかけながら、ユベールに向き直った。
「こうすれば恐ろしさも和らぐらしいけど、あなたはどうなの?」
「いくらか和らぎましたが、まだまだ恐ろしいです! マリアンヌ様の恐ろしいまでの魔力を隠す事はできておりません!」
「あら、そう。やっぱりエルフは魔力に敏感なのね」
人間相手ならば吸血鬼の身体的特徴を隠せば誤魔化せるようだが、エルフ相手は無理らしい。
そうなると、エルフが多く存在するクローラ帝国を通るのは厳しいかもしれない。
それはダグラスだけではなく、カノンもそう考え始めていた。
「マリアンヌさんの魔力というのは、ヴァンパイアのものだとわかるようなものなのですか?」
「いえ、そうではありません。まるで最前線から帰ってきた歴戦の兵士のような殺伐とした魔力を感じるのです。近付くものすべてを傷つける鋭利な刃物のような……」
ユベールの言葉で、カノンたちは合点がいった。
「あぁ、だからマリアンヌさんがヴァンパイアだとわかる前から怯えていたのですね」
「確かにマリーは強力な力を持っていますが、私たちが持つ一般的なヴァンパイアに対するイメージとは違います」
このままでは話にならないと思い、ダグラスはマリアンヌの手を取ろうとする。
「彼女は怖くないですよ。ほら、こうして手を握る事だって――あっ」
ダグラスが手を握ろうとしたが、マリアンヌに手を振り払われてしまった。
“今まで好意的な反応を見せていてくれたのになんで?”と、ダグラスは不思議そうにする。
だが、怒らせてしまったのかもしれないと思い、謝る事にした。
「ご、ごめん。ユベールさんに、マリーが問答無用で暴れ回るような人ではないと教えたかっただけなんだ……」
「べ、別に怒ってなんてないわ。ただ、いきなりレディーの手を握ろうとするのは失礼よ」
「次からはしないよ」
マリアンヌは怒っているように見えたが、落ち着きのない視線と態度が心中を表していた。
もちろんユベールも、マリアンヌがダグラスに対して、とある感情を持っているのではないかと思い始める。
(嘘だろ……。この坊主、ヴァンパイアを篭絡したんか!?)
これは驚愕の事実だった。
吸血鬼は人間をエサ程度にしか思っていないというのが定説である。
なのに、恋愛感情に近いものを持っているように見える。
いや、持ち始めている様子だった。
――新しい神を名乗る男。
――吸血鬼の女。
――そして、吸血鬼を篭絡する若者。
ユベールは“とんでもない奴らと出会ってしまったぞ”と、またしても驚かされた。
それと同時に、少しだけマリアンヌへの恐怖を薄める方法と、これから正解だと思える道が見えた。
「いやー、ダグラスの兄貴! 実はただ者ではないと思っておりました! マリアンヌ様のような美しく、気高いヴァンパイア様と恋に落ちるなどさすがですね!」
「別に恋仲というわけじゃ……」
「そうよ、私たちはそんな関係じゃないわ」
「あれ? そうだったのですね。お二人はお似合いだと思ったのですけど……。勘違いだったようです。申し訳ございません」
――命の危険を感じるほど恐ろしい相手ならば、取り入ればいい。
恐れて距離を取るよりも、一歩踏み込んでマリアンヌのご機嫌を取った方が安全である。
そう考えて、ユベールはゴマをする方向へ舵を切った。
そうする事で自分の恐怖心を誤魔化し、恐ろしい相手の下に付いたという安心感を得ようとしていた。
だが、このユベールの言葉に、カノンが顔を強張らせた。
今の流れに覚えがあったからだ。
(こいつ……。もしかしてダグラスの言う通りだったのか)
――初めてこの世界に降り立った時の事。
あの時、カノンはケニーとナタリアの反応次第で、似たような事を言おうとしていたのだ。
――もしかしたら、自分に似た者なのかもしれない。
カノンは今更ながら、ユベールを同行させようとしたのが間違いだったのではないかと思い始めた。
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GWは予定があるので金曜日はお休みです。
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