第38話 新たな仲間 3
「あっ……。すみませんでした。これはそういう場面ではないだろうというツッコミでして、決して差別とかではないので誤解しないでください」
平手打ちをしたあと、なぜかカノンが慌てて弁解し始める。
なぜか彼は何かに怯えているようだった。
その理由がわからないダグラスは不思議そうに見ていた。
「いえ、私も悪ノリが過ぎました。申し訳ございません」
ユベールは素直に謝った。
彼もカノンをからかうつもりで言ったわけではない。
本気で言っていたのだが、気分を害したのなら、素直に謝るしかなかった。
「ところで私の奴隷にでもなるつもりだったようですが、私にはその気はありません。娘さんと共に街で暮らされるといいでしょう」
カノンに彼を連れて行く気はなかった。
ソフィのほうであれば“旅の色どりに”と考えてはいた。
しかし、ユベールだけならば興味はない。
帰ってくれて結構だった。
「助けていただいたまま何もせずにはいきません! カノン様は、きっと神となられるお方。ならば、手助けをするのが筋というもの。恩返しをさせてください!」
だが、ユベールのほうは違った。
本気で恩返しをしようとしている。
こうなるとカノンも拒否するばかりではなく、彼を同行させるべきかどうかを前向きに考え始める。
「カノン様、彼を同行させるのはやめておいたほうがいいでしょう」
(マリアンヌもいるし、新しい同行者はやめておいたほうがいいか)
ダグラスが反対する。
だがカノンも言われるまでもなく、同行を断る方向で考えていた。
「幸い、私は以前ドリンで働いておりました。ドリンのサンクチュアリへの道案内もできます。私を連れていってください! 必ず、お役に立ってみせます!」
しかし、ユベールの決意は固いようだった。
それに彼の言う“ドリンに詳しい”という情報も無視できない。
カノンは、少しずつ彼に興味を持ち始めた。
「あなたはクローラ帝国の元官僚だったそうですね」
「確かに三十年ほど前まで王都で働いておりましたが……。なぜそれを?」
「私は神です。あなたがどのような職業に就いていたかはお見通しです」
カノンは笑みを見せる。
その笑みが、ユベールにはただの笑みには見えなかった。
まるですべてを見透かしている余裕があるかのようだった。
「まさか、あなた様は本物の神なのですか!?」
「ええ、そうです。だから、魔法が使えなくなった今の状況でも、あなたの傷を癒す事ができたでしょう? ドリンに着けば、私がサンクチュアリに入って見せる事で証明もできますよ。そして、世界を救ってみせます」
ユベールはカノンの言葉に感動し、彼の前に両膝を地面に突く。
「おお、神よ。どうか私にも世界を救う手助けをさせてください。その偉業の土台として粉骨砕身、働いてみせます」
「いいでしょう」
「カノン様!」
ダグラスが止めようとするが、カノンがノリで認めるほうが早かった。
ユベールは満面の笑顔を見せ、ダグラスは天を仰ぐ。
両者の対照的な姿に、カノンは疑問を抱いた。
「ダグラスさん。マリアンヌさんの事が心配なのかもしれませんが、彼女も私の信奉者の一人です。ユベールさんにもご理解いただけるでしょう」
マリアンヌの事を心配しているのだろうと思い、その心配はないと話す。
だが、ダグラスが主に心配していたのは違う問題だった。
「それもありますが……。カノン様は彼に騙されています。エルフは長く生きている分だけズル賢いんです。森に住めなくなったから、カノン様を利用して飯にありつこうと考えているだけかもしれません。安易に受け入れないほうがいいでしょう」
「ハハッ、まさか」
カノンは笑い飛ばした。
彼はとある事情により、エルフが人を騙すような事はしないだろうという考えを持っている。
その先入観から、ユベールが嘘を吐いていないと信じ込んでいた。
「さすがに初対面の相手を疑うなどしたくはありません。私は彼を信じます」
「ありがとうございます、カノン様! その信頼に応えてみせます!」
ユベールは真剣な表情で答える。
それをダグラスは胡散臭そうな目で見ていた。
やはり、カノンとこの世界に生きる者とでは認識が違うのだろう。
その差が明確に出ていた。
「では、まずは服を見に行きましょうか。今の服は汚れていますからホテルに入れませんから」
「ありがとうございます、神様!」
「神様ならばいいでしょう……と言いたいところですが、旅の途中で目立って厄介事に巻き込まれては困るのですよ。名前で呼ぶか旦那様とかではどうでしょう?」
「はい、旦那様!」
“ご主人様”と呼ばれるのは嫌だったが“旦那様”ならばまだマシである。
カノンは、そう呼ぶ事を許した。
「では行きましょうか」
今、心配なのは、街に入る時に税金をどれだけ取られるかである。
だが、娘のソフィはすんなりと入れていた。
ならば、彼も問題ないはずだ。
受付に尋ねると、ユベールは近くの村に住んでいた事もあって、門番の受付と顔見知りだった。
そのおかげで入市税は取られなかったが、気になる事を言われる。
「彼を道案内に雇った? よりにもよってユベールを? 大丈夫なのですか?」
「へへっ、マルコの旦那。そりゃあ、きついっすよ」
先ほどまでと違い、ユベールは媚びた笑みを見せる。
それ以上、何かを言わないでほしいと思っているようだった。
マルコと呼ばれた門番は空気を読んで、それ以上言わなかった。
「まぁ、司祭様がいいっていうのなら……。ユベール、司祭様の信頼を裏切んじゃねぇぞ」
「わかってまさぁ。義理を欠くような事はしやせんって」
二人の会話を聞き、カノンも“人選を見誤ったか”と後悔し始める。
だが真っ当な生き方をできない者を正しい道へ導くのも神の仕事である。
“これも運命だろう”と、ユベールを同行させて、教育し直そうと考えていた。
街に入るための手続きはあっさり終わったので、ユベールの服などを買いに向かおうとする。
その時、門番がひとり言をこぼした。
「不祥事を起こして都落ちしてきたような奴を、わざわざ雇うのか。司祭様も物好きだねぇ」
それをダグラスは聞き逃さなかった。
(不祥事? 何をやったのかわからないけど、気をつけておいたほうがいいな)
ユベールのせいで、マリアンヌにまで迷惑がかかるかもしれない。
(その時は、俺が守る。手段を選ばずに……。なんで今、マリーのためにと考えたんだ? ヴァンパイアで守る必要もないくらい強いのに)
ダグラスは、ユベールの一挙手一投足を見逃すまいと心に決めるが“マリーを守るために”と考えた自分自身に戸惑いを覚えていた。
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