第36話 新たな仲間 1

 ダグラスたちは、一度ホテルに戻る。

 今後の事について話すためだ。

 ダグラスとカノンがテーブルに向かって座り、マリアンヌだけはドレッサーの前に座っていた。

 彼女はダグラスにプレゼントされたバレッタを眺めながら、一緒にプレゼントされた櫛で髪を解いていた。


「私はエルフの事が心配です。彼らの様子はどのようなものでしたか?」

「戦火から逃れてきた難民のような感じでしたね。怪我をしている人も見かけました。……ところでハバネロを食べるのをやめたらどうです? それは敵を無力化する時に使う毒ですよ」

「何を言っているのですか! ハバネロより辛いお菓子があるくらいですよ。それに口の中がただれようとも、スキルを使えば一発で治ります。トイレで大きいのを出す時も苦しむ事はないでしょう」

「僕はカノンさんの頭のほうが心配になってきました……」


 ダグラスには、カノンの考えている事がちっともわからなかった。

 彼は苦しむとわかっていて喜んで食べている。

 カノンがいた“モンスター相手でも、美女ならば性的に興奮するという世界”の事を、地獄のような場所だという認識は間違っていなかったと確信する


「こればっかりは好みですからね。人に勧めたりはしません。それよりもエルフの事です。怪我をしていたのであれば、治療してあげたいと思っています。これから街の門まで行きませんか?」


 カノンも見知らぬ街を一人で歩くのは危険だとわかっているらしい。

 護衛を兼ねてダグラスを誘ってきた。


「明日ではダメなんですか?」

「ダメです。たった一日だと思うかもしれません。でも、その一晩という時間で人生が変わる事もあるのです。怪我人ならばなおさらでしょう。すでに一週間も野ざらしになっていたのであれば、一刻も早く助けてあげねばなりません」

「……罪悪感でもあるのですか? なら、一日でも早くドリンに向かったほうがいいのではないでしょうか」


 カノンが焦っているように見えるので、ダグラスはその理由に検討をつけた。

 世界がおかしくなり始めたのは、カノンが世界の管理に失敗したからだ。

 その責任を取ろうとしているのではないかと考えた。

 それは正しくもあり、間違ってもいた。


「それもあります。ですが、世界を救う大事のために、目の前で苦しむ人を小事と切り捨ててもいいというものでしょうか? 今すぐに世界中の人を助ける事はできません。でも、手を差し伸べれば救える人が、すぐそこにいる。そういう人たちを救いたいと思う気持ちを持つ事を間違っていると思われますか?」

「……いえ、間違っているとは思いません。ですが、路銀をたくさん使ってしまうと誰も救えなくなってしまいますよ」


 ダグラスも仕事に関する事以外は、人並みの感情を持っている。

 困っている人を助ける事を間違った行動だとは思わなかった。

 しかし、今は成さねばならぬ事がある。

 優先順位を間違えて、誰も助けられなくなるという事だけは避けたかった。

 だが、それくらいはカノンもわかっていた。

 

「エルフは魔法が得意なのですよね? でも今のこの世界では、私の護衛にもできません。同行者にしたいとかではなく、治療をするだけで済ませるつもりです。もしかすると、当面の生活費くらいは渡すかもしれませんが」

「それくらいならばまぁ……。でも街に入れるために銀貨百枚を要求されるようであれば諦めてくださいよ」

「もちろんです。何を優先すべきかはわかっているつもりです。では、行きましょうか」

「あっ、待ってください」


 カノンが立ち上がろうとするが、ダグラスが止める。


「マリーはどうしましょう? 普通の店員ですら、彼女の力を本能的に察知して怯えているようでした。エルフ相手だと正体を見破られるかもしれません」

「では留守番を頼みましょう。その間にお湯をもらって、体を洗っておいてもらいましょうか。日焼け止めクリームを落としたほうがいいですからね。付けたままでは肌荒れなどが怖いですから」

「あら、ヴァンパイアは肌荒れなんてしないわよ」


 二人の会話を黙っていたマリアンヌも話に加わる。

 彼女の言葉に、カノンは衝撃を受けた。


「全人類が悩む問題をあっさりと……。太陽以外は無敵というわけですか!」

「そうよ。私たちヴァンパイアは太陽に弱い以外は知能、体力、魔力が高いバランスで取れた高位魔族よ」


(いや、知能はどうだろうか……)


 失礼極まりない事を考えるカノンだったが、それも無理もない。

 強引に“血を飲め”と言われた相手に恋心を持つような、漫画でもそうそういないチョロいタイプである。

 高位魔族としての威厳や恐怖を感じる前に“やけにうぶな女の子だな”という印象を持ったため、あまり賢そうなイメージは持てなかったのだ。


「基本的に、アンデッドなので汗もかかないから臭くもならない。新陳代謝がないから垢も出ない。トイレに行ったりもしないから、お尻を拭く必要もない。ヴァンパイアという種族は、あらゆる面で人間よりも上……というわけですか。なんと恐ろしい……」

「そんな理由で恐れられても、まったく嬉しくないのだけれど……」


 種族の優位性を理解してもらったというのに、マリアンヌの表情は優れなかった。

 どこか不満気にしている。

 だが、カノンは“彼女のご機嫌取りはダグラスに任せればいい”と考え、話を進める事にした。


「私とダグラスさんは困っている人を助けにいきます。マリアンヌさんは部屋で待っていてもらえますか? こんな大きな街でマリアンヌさんの正体がバレたら大変なことになってしまいますから」

「それはいいけれど……。連れてきたりしたら気付かれるかもしれないわよ」

「大丈夫です。ペットじゃないんだから、気楽に連れ帰ったりしませんよ」


 カノンがマリアンヌの心配を笑い飛ばす。

 実際、エルフを拾って帰れば厄介な問題になるだろう。

 ただ傷を治して、街で働けるようにする。

 それだけのつもりだった。

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