第35話 クローラ帝国の仕組んだ罠 5

 様子を見ていたダグラスとマリアンヌが、カノンに近付く。


「ちょうどよかった。ダグラスさん、まだお告げを聞く必要があるので財布を出してください」


 入市税を払った時から財布を預けたままだったので、カノンはダグラスに財布を出すように言った。


「えっ、これは路銀ですよ? お告げに必要ならば、手の内にある貨幣でお支払いください」


 だが、ダグラスは渋る。

 ダグラスは、カノンが銀貨を一度に一枚だけではなく、複数枚抜き取っているのに気付いていた。

 路銀の消費は最低限に抑えるべきなので、カノンが手に入れたばかりの金を使ってもらいたいと考えていたからだ。

 これにはカノンも困った顔を見せるが、一度深い溜息を吐いて観念する。


「彼もお布施に賛同してくれていた。その事はお忘れなきように。私は盗人などではございませんので」


 そう言いながら、カノンは手の中から銀貨を取り出し、一枚を店員の前に置いた。

 冒険者は“お布施”には賛同してくれたが、それはお告げを聞くための一枚だけ・・・・というのが共通の認識である。

 一度に何枚も取られる事は想定していなかったはずだ。

 さすがに“手癖の悪い司祭様だな”と店員たちに思われてしまった。


「先ほどあなたは、エルフたちの事を住人だった・・・・・と言われましたね? 森で何かあったのではありませんか?」


 店員は後ろめたい気持ちを覚えながらも銀貨を受け取った。

 その行動が、何かがあったという証拠である。


「一週間ほど前、二度目の暗黒が訪れた日に異変が起こりました。森の木がイビルトレントという人を襲うモンスターに変わってしまったそうです。エルフの村も襲われ、命からがらに落ち延びてきた者達がいます」

「あっ!」


 ダグラスが、あっと声を上げた。

 カノンたちの視線が彼に集まる。


「街に入る時に、街壁付近でうなだれているエルフを見かけました! 街に入れずに困っているエルフなのかもしれません」

「という事は、森に入るのは危険ですねぇ。彼らも、もう少し私を信じてお告げを聞いていけばよかったのに。でもお告げに耳を傾けない人は救いようがありません」


 カノンが悔しがる。

 助けられるはずの人間を助けられなかったからだ。

 悲しみながらも、手の中からもう一枚取り出した。


「検問は国内全土で張られているのですか?」

「検問は国境付近の街の周辺にあるだけで、国内全土にあるわけではありません」

「なるほど、なるほど。ならば、なおさら無理をして森を抜ける必要はなさそうですね」


 そしてまた一枚、お布施をする。


「何か他に知っておくべき事はありますか?」

「入市税が高いのは国境付近の街だけです。それも他国からの入国者だけのはずです。国民や他の街は通常の税額になっています」

「なるほど……、それで色々と納得できました」


 カノンは晴れやかな表情を見せる。


「入市税をケチろうとした人に食料品を買い込ませ、金を吐き出させてから検問で没収する。そして、その没収した食料品は安く店に払い下げる。そのおかげで、非常時であっても食料品を途切れさせずに提供できるようになっているというわけですか。割引しているのも、それ以上に安く仕入れられているからと考えれば納得です」


 店員は、カノンの推理に対して答えなかった。

 店員にも“ひとり言”として答えられる範囲のものと、答えられないものがある。

 そして、これは答えられないものだった。

 カノンも察しているので、それ以上深く追及はしなかった。


 さらにもう一枚銀貨を店員の前に置く。

 だが、今度は返してきた。

 もうこれ以上話す事はないという意思表示だろう。

 この対応に、カノンは満足する。


「このお店は良心的な店員さんが多いようですね。客を騙そうとするのではなく、言葉の端々にヒントを混ぜてくださっている。このお店の商品ならば安心して買っても大丈夫でしょう。ダグラスさん、手を出してください」


 カノンがダグラスに手を出すように言った。

 何かを渡そうとしているようだ。

 嫌な予感はしたが、ダグラスは大人しく手を出す。

 すると、銀貨を五枚手渡してきた。


(いったい何枚盗ってたんだよ……)


 あっさり渡してきたので、まだ他にもあるのだろう。

 さすがにこうも多くの銀貨を抜き取っていたとまでは気付けなかった。

 カノンの手癖の悪さに、ダグラスも呆れていた。


「御者までやってくれていますからね。これまで働いてくれたご褒美です。このお店には雑貨もあるので、何か買い物でもしてみたらどうですか?」


 カノンはチラリとマリアンヌのほうを見る。

 彼の視線が意味するのは“彼女にプレゼントを贈ってみたらどうか?”という事だろう。

 ダグラスとしても、まだまだ一ヶ月以上は一緒にいる相手だ。

 ご機嫌取りはしておきたい。

 だが、わからない事があった。


(吸血鬼って、血以外に何が好きなんだろう?)


 ――相手の好みがわからない事である。


 ダグラスには、さっぱりわからない。

 特に吸血鬼は服装もさっぱりしているので、贈り物に何が喜ばれるかわからない。

 それでも、わからない彼なりにわかる事もある。


「いえ、結構です。僕も今まで稼いできたお金がありますから。マリーへのプレゼントは、自分で稼いだお金で買います」


 ――最大限の誠意を見せる。


 カノンから受け取った金でプレゼントを買えば“ダグラスからのプレゼント”という意識が薄まる。

 だが“これまで貯めてきたお金で買う”のならば、ダグラスの誠意が伝わるはずだ。

 それくらいの事は、ダグラスもよくわかっている。

 あと、盗んだお金で買ったプレゼントを、マリアンヌに送りたくないという気持ちもあった。


「そうですか、では――」


 カノンがお金を返してもらった。

 そのお金はどこかへ消えてしまう。

 今となっては、ダグラスも手品だとは思わなかった。

 彼の特別な力でどこかに隠しているのだろうと思い始めていた。


「お二人とも嫌いなものはありませんでしたよね? 食料品は私が見ておきます。お二人は雑貨コーナーでも見て時間を潰しておいてください」

「本当に大丈夫なんですか?」

「他の街の税金は軽いんでしょう? ならば大量に保存食を買う必要はありません。ちょっとつまめそうなものがあるか見るくらいです。できれば良いお店にお金を落としたいですからね」


 ダグラスも、カノンの言っている事の意味はわかった。

 彼も仕事に使う道具の仕入れ先には、気前よく払っていた。

 師匠が良い取引をできる相手をキープする重要性を教えてくれたからだ。


「わかりました。でもまだまだ旅は続くので、無駄遣いには気を付けてくださいよ」

「多少の出費は大丈夫ですよ。私がホテルでもお布施を集めていたのを見ていたでしょう? 現地調達もできますので安心してください」


 カノンはそう答えると背を向ける。

 もうこれ以上話す事はないという意思表示だ。

 彼は優しい笑みを浮かべていたが、店員たちは違った。

“この司祭様は、ホテルでも盗みを働いていたのか!?”と笑顔が凍り付く。

 すでに彼の言うお布施・・・は、隠語のような扱いを受けるようになっていた。

 カノンの怪しい動きを見逃さないよう、気合を入れ直す。


 一方、ダグラスたちのほうは警戒とは無縁だった。

 未亡人と若いツバメのカップルにもかかわらず、どこか初々しく見えていたからだ。

 しかし、彼らのほうがカノンよりも危険である。

 元暗殺者と吸血鬼の組み合わせなのだから。

 ダグラスは周囲を軽く見まわしたあと、女性店員に話しかける。


「女性向けの装飾品はありますか? ちょっとしたものでいいんですけど」

「ひゃい」


 店員は“はい”と答える事ができなかった。

 この店は貴族も訪れるので、高貴な身分の人間による威圧感には慣れている。

 なのに、どうしても未亡人の前では緊張してしまっていた。


 ――まるで命の危険を本能的に感じているかのように。


 だが、マリアンヌが吸血鬼だと知らない店員は“もしかしたら魔法使いで、強大な魔力を持っている方なのかもしれない”と考えていた。

 しかし、店員もベテランである。


 ――ダグラスの服装やマリアンヌの立場。


 そういったものを考慮し、最適なものを導き出す思考は止まっていなかった。

 店員は一度咳払いをして、気合を入れ直す。


「失礼しました。初めての贈り物でしょうか?」

「……ええ、そうです」


 照れるダグラスの反応を見て、店員が最終的な判断を下す。


「それでは、こちらの髪留めなどはいかがでしょうか? 初めての贈り物で指輪やペンダントを贈ろうとされる方もおられますが、それでは受け取るほうも気を使ってしまいます。気軽に受け取って喜べるものとして、髪留めは人気があります」


 二人の関係は、まだ深くなさそうだ。

 それにダグラスは清潔感はあるものの、どうしても金を持っているようには見えない。

 大きな宝石の付いた指輪などを進めても恥をかかせるだけだろう。


 その場合、ダグラスだけではなく、マリアンヌにも“私の男に恥をかかせた”と不快な思いをさせてしまう。

 それでは客商売に携わる者として失格である。

“人気がある商品だから”というていで安い商品を勧め、ダグラスの面子を保ち、マリアンヌの機嫌も損ねないようにしていた。

 さすがに髪留めすら買えない場合は、どうしようもない。

 それは分不相応な店でプレゼントを買おうとしたダグラスの責任である。


「髪留めか……。マリーは何か気に入ったものある?」

「そういうものを普段は付けないからわからないわ。あなたが選んで」


 マリアンヌは吸血鬼である。

 普段着ですら水着のような露出の多いものを着ている。

 装飾品を好んで身に着ける者もいたが、マリアンヌは装飾品に興味がなかったため、今まで身に着けた事がなかった。

 そのため、判断をダグラスに委ねる。

 だが、店員は彼女の言葉を違う意味で受け取った。


 ――私にふさわしいものを、あなたが選んでみなさい。


 そう言っているように聞こえていた。

 仲が良いように見えても、やはり主従関係は覆せない。

 機会があれば、こうして試されているのかもしれない。

 ご主人様の機嫌を損ねない範囲で若者を助けてやろうと、店員は思った。


「ドリンまで向かわれるという話をされていたのが、私にも聞こえておりました。旅の途中ならば気軽に使えるものがおすすめです。バレッタやバンスクリップなどがよろしいかもしれません」


 ダグラスが女性用の装身具について詳しくない事を前提に、店員が商品の特徴を教えていく。

 その間、ダグラスは真剣に話を聞いていた。

 説明が終わると、彼はマリアンヌの背後に回る。

 ダグラスは、何度もマリアンヌの顔と髪を交互に見ていた。

 彼女に似合いそうなものを必死で考えていた。

 そして、そんな彼の姿をマリアンヌはどこか嬉しく感じていた。


「彼女は銀髪なので、金色が似合うかなと思うのですがどうでしょう」

「はい、お似合いになられるかと思います。まずはいくつかおすすめのものを試してみましょうか」

「お願いします」


 店員はダグラスの懐具合を予想し、彼に恥をかかせず、マリアンヌが付けても恥じない価格帯のものを用意する。

 合うか試しながら“あれがいい、これがいい”と甘い雰囲気を醸し出す二人を尻目に、カノンは初めて実物を見たハバネロの実を冗談半分でかじって悶絶していた。

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