第34話 クローラ帝国の仕組んだ罠 4
ホテルから近くにある大きな商店。
そこでは食料品や雑貨を扱っている。
ホテルのコンシェルジュに品質のいい品物を扱う店を聞いたカノンは、この店を訪れた。
店員の彼らへの印象は――いいカモがやって来ただった。
――見た事のない素材で作られた司祭服を着た若者。
若くして教会で出世するほどだ。
教会内の勢力争いではなく、魔法の実力で成り上がった者だろう。
十分な下積みをせずに成り上がった者ならば、金銭に無頓着なはずだ。
――品質のいい布地で作られた喪服をきた未亡人。
彼女も見た事もない眼鏡をかけている。
それに、距離が離れていても感じる不思議な圧迫感があった。
貴族たちには、近くにいるだけで周囲を威圧する雰囲気をまとっている。
高位の司祭が同行している事から、おそらくは貴族、もしかすると王族に近い立場という可能性まであった。
三人だけで来店したのが気になるが、その理由は最後の一人によって想像できた。
――使用人らしき若い男。
二人に比べて粗末な服を着ているが、未亡人の手を取って歩いている。
顔は人並みには整っているし、体も適度に鍛えられているように見える。
彼が未亡人の相手をして、悲しみを和らげる役目を任されているのだろう。
時々聞く話ではあるが、おおっぴらにできる関係ではない。
――二人の関係を知っている者だけで来店した。
そのおかげで世情に詳しそうな者達が同行していないため、店員はチャンスだと受け取っていた。
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「食べ物は私の世界にあったのと同じですね」
「この世界のすべては、タイラー様がお創りになられたそうですよ」
「ならタイラさんの好みかな。見覚えのあるものばかりです」
カノンが商品に気を取られていると、店員が近づいてきた。
「いらっしゃいませー、本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
「ドリンに向かわねばならないので、まとまった量の保存食を買わせていただこうと思っています」
ダグラスが返事をすると、先を越された店員が一瞬“しまった”という表情をした。
あの面子ならば、安物ばかり買うという事はないだろう。
まとめ買いで売り上げが期待できる。
しかし同時に“高貴な身分らしき彼らに売りつけてもいいのだろうか?”という不安もあった。
それは、クローラ帝国の
「なるほど、それはちょうどいいところにお越しになられました。当店ではただ今、食料品の5%割引をしております。高級食材なども対象ですので、大変お得になっております。ただ、足の早いものもございますので、こちらで三日分ほど見繕いましょうか?」
「いえ、入市税が思っていたより高いので、いくつかの街を飛ばして行こうかと考えているのですよ。とりあえず、保存食を中心に一週間分ほど見繕っていただけますか?」
「左様でございますか……」
店員が表情を一瞬曇らせる。
ダグラスはおかしな事を言ったわけではない。
そのため店員の反応が気になった。
「ここだ、ここだ」
店の入り口から男の声が聞こえた。
振り返ると、四人の冒険者がいた。
冒険者と判断できたのは、彼らの格好で一目瞭然だったからだ。
戦闘用の衣服を誇るかのように着ている。
だが、その格好は高級食材を扱うような店では好まれない。
ベテランと呼ばれる頃には周囲の目も気にするようになるだろうが、実力をつけてきたところなのだろう。
自分たちの存在を誇示しようとするのが優先で、清潔感というものがない。
彼らは白い目で見られている事に気が付いていなかった。
そこがダグラスとの違いだった。
ダグラスは元々貴族のお抱えだったので、貧相な服装であろうとも、清潔な格好をして周囲に不快感を与えないように気を付けていた。
そのおかげで、冒険者になった際に仕事を回してくれやすかったというのもある。
店に入った時に“未亡人の若いツバメだ”と思われたのも、清潔感があったからだった。
「金ならあるんだ。美味い保存食をくれ。一週間分な」
彼らはカウンターに袋を置き、口を広げて中身を見せる。
(あの態度はダメだなぁ。店の評判をギリギリ落とさない程度に悪い品質のものを売られるぞ)
店員も人間である以上、感情を持っている。
大きな仕事をこなして気が大きくなっているのかもしれないが、彼らのあまりにも粗暴な態度を、ダグラスは呆れながら見ていた。
だが関わり合いにならず、自分たちの買い物を済ませようと考えた。
――しかし、その考えはカノンによって壊される。
「あなたは神を信じますか?」
カノンが冒険者たちに近付き、声をかけていた。
ダグラスは“また面倒な事を”と天を仰ぐ。
「信じてるに決まってんだろ」
「では、神のお告げを聞いてみませんか? 損はさせません」
「へぇ、司祭様がお告げを聞かせてくれるってよ」
「いいじゃねぇか、旅に出る前に聞いとけばさ」
冒険者たちはニヤニヤとしていた。
神に見放されたという噂が流れてから、司祭たちの信頼は薄れていた。
彼らが持っているのは神への信仰心であって、司祭への信仰心ではない。
カノンがおかしな事を言えば、馬鹿にしてやろうという魂胆を持っていた。
「では」
カノンはおかしな事を言ったりはしなかった。
その代わり、おかしな行動を取る。
いきなり金の詰まった袋に手を突っ込んだのだ。
「おい、なにしてやがんだ! 人の財布に手を突っ込んでんじゃねぇよ!」
当然、冒険者はカノンの手を掴んで止める。
だが、カノンは落ち着いていた。
「お布施ですよ。たった一枚の銀貨で効果は抜群。騙されたと思って試してみてください」
冒険者たちは顔を見合わす。
すぐに“ダメだったら返してもらおう”という事で話が着く。
「意味のないお告げだったら返してもらうぞ」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
カノンは銀貨を一枚取り出すと、カウンターの上に置いた。
このやり取りを見ていた誰もが首を傾げる。
「先ほど保存食を買い求めにきたと伝えたのに、あちらにいる店員さんは
カノンが話しかけたのは、冒険者たちの相手をしていた店員に対してだった。
店員は少し悩んだあと、銀貨をスッとポケットにしまいこんだ。
「これはひとり言になるのですが……。今は非常時のため、食料の買い占めが禁じられています。街を抜けて街道をしばらく行くと、検問が張られていて、一人当たり三日分を越える量の食料を持っていると没収されるようになっています」
「なにっ!?」
冒険者たちが驚く、
だがカノンは、やはり落ち着いていた。
彼は店員とのやり取りの間に、その可能性にも気付いていたからだ。
財布からもう一枚銀貨を取り出してカウンターに置くと、店員が黙って受け取る。
「検問の抜け道などはありますか?」
「北西にエルフたちが住んでいた森があります。そこは見回りの範囲外となっているそうなので、その森を抜けるのならば検問は抜けられるでしょう」
「なるほど」
また一枚、銀貨を抜き取ろうとすると、今度は冒険者にカノンの手を止められた。
「何度も財布に手を突っ込まれるのはいい気がしないんでね。ここからは俺が自分でやる」
カノンが肩をすくめ、どうぞと財布から手を抜いた。
冒険者がパチリと力強くカウンターに銀貨を置く。
「その森を抜けるのに何日くらいかかる?」
「森の住人だったエルフならば、三日ほど歩き続ければ抜けられるという話を聞いた事があります。森に慣れていない方なら……。どの程度かかるかまでは存じません」
さすがに店員もすべてを知っているわけではない。
冒険者たちの歩く速度がわからない以上、そこまで断定する事はできなかった。
「俺たちなら、五日でいけるか?」
「いや、住人のエルフで三日なら、その倍はかかると思ったほうがいいんじゃないか?」
「じゃあ、一週間分か」
「でも、それじゃあ森を抜けるだけでなくなる。検問を抜けても、またすぐ街に立ち寄る事になるぞ」
冒険者たちは、それぞれの意見を言い合う。
だが、すぐに“森を抜けるだけの距離でも、いくつかの街に立ち寄らずに済む”という結論が出ると、すぐさま一週間分の食料を買い込んだ。
「ありがとうよ、司祭さん。確かにお告げの効果は抜群だったぜ」
入市税に比べれば安く済んだので、冒険者たちは満足そうだった。
だが、カノンは違う。
「もうお告げは必要ありませんか?」
彼らにもう少しお告げをしようとする。
「もういらねぇよ。こっからは自分の力で未来を切り開くさ」
「そうですか、残念です……。良き旅路である事を祈っております」
カノンは残念そうな表情で彼らを見送った。
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