第25話 新たな旅立ち

 応急処置を施されたホテルの食堂で、カノンとマリアンヌが対話する場が設けられた。

 街の有力者たちも、吸血鬼が街に現れた事情を聞くために出席していた。

 カノンとマリアンヌが向かい合い、カノンの側には有力者たちが、マリアンヌの隣にはダグラスが並んで座っていた。


 マリアンヌは、初めて会った時と同じスリングショットの水着のようなものだけ着ていた。

 これは“人間に恐れていると思われたくない”というプライドによるものだった。

 もちろん、ダグラスが“カノンから守る”と言ってくれた事を信じているのもある。

 普通の人間は、カノンのように彼女に対して欲情したりはしない。

 マリアンヌの格好を、ただ恐怖の対象としてしか認識していなかった。


 肝心のカノンはというと――


「ダグラスさんから話は聞いています。マリアンヌさんも災難でしたね」


 ――落ち着いていた。


「ですが、おかげでこの街の犠牲者が少なくて済みました。ご協力ありがとうございます」


 彼も常に女性を性的な目で見ているわけではない。

 この世界に来たばかりであったり、寝起きであったりしたから、テンションがおかしかっただけだ。

 服装の理由がわかっていれば、欲望を抑え込む事くらい簡単なのだ。

 伊達に神になろうとしているわけではなかった。


「クローラ帝国というところに向かうので、人々を助けてくださったお礼として同行していただくという点に関しては了承しましょう」

「あら、ありがとう。この申し出を、すんなりと受け入れてくれると思っていなかったわ。私が怖くないのかしら」

「普通の人間であれば、あなたを恐れるでしょう。ですが、私は神です。この世界に存在する、すべての種族は愛する対象なのですよ。あなたを恐れたりはしません」


 カノンの“愛する対象”という言葉に、マリアンヌは警戒する。

 やはり、彼の好色な目を簡単には忘れられないのだろう。


 しかし、他の出席者は違う。

 マリアンヌの事が恐ろしい。

 そして、そんな彼女に平然とした態度で対応しているカノンの事を見直していた。


「カノン様、私に護衛させていただけませんか? これでも昔は魔族と戦った事もあります」


 冒険者ギルドの長が“吸血鬼が同行するのは心配だ”と思い、カノンの護衛を申し出る。


「そうですねぇ……」


 カノンは芸術家が風景を覗き込むように、両手で四角を作り、そこからギルド長を覗き込んだ。

 彼はビクリと体を震わせる。

 カノンが見たのは彼だけではなかった。

 出席者全員を見る。

 当然、マリアンヌも見た。


「なによ、それは。魔法は使えなくなっているはずでしょう」


 彼女はカノンの視線に対して、敏感に反応した。

 だが、それは彼が生理的に受け付けないというものではない。

“魔法を使って覗き込まれている”という直感に対する反応だった。

 カノンはニヤリと笑う。


「なるほど、一定の実力がある者には気付かれるんですね」


 彼は相手の能力を見る力を持っている。

 だが、それは無条件で覗けるというものではないと知る。

 ダグラスの時は、彼だけの能力かと思ったが、実力がある者ならば誰でも気付ける程度のもの。

 今後は使い方を気を付けようと思った。


「ギルド長。昔は経験豊富な実力者だったのでしょうが、加齢による衰えは見過ごせません。今のあなたでは、この旅についてこられないでしょう」

「むぅ……」


 衰えは本人がよくわかっている。

 神の目で“ダメだ”と判断されれば、護衛として同行させてくれと言う事はできない。

 しかし、無条件で認められはしなかった。


「ダグラスという若者はよろしいのですか? たしかにアンデッド退治では活躍したそうですが、それも神の武器を使ってようやくという話を伺っております」


 ――ダグラスの存在だ。


 ダグラスは元暗殺者という事もあり、一目見て“強い”とわかるような容姿をしていない。

 相手を油断させるために、その辺りにいそうな普通の若者といった格好と雰囲気をしていた。

 ギルド長でも簡単に見破れない程度には、擬態は上手くできていた。


 もちろん“実は彼は凄腕の暗殺者だったんですよ”などと説明できるわけがない。

 違う理由で納得させねばならなかった。

 そして、カノンはその理由を思いついていた。


「彼には将来性があります。それに、マリアンヌさんに気に入られている。彼女に血を与える役目は、彼に任せるべきでしょう」

「べ、別に気にいってなんて……」


 吸血鬼は恐ろしい。

 だが、こうして話の通じる相手だとわかると、その先――人柄が見えるようになってくる。

 口先とは裏腹に、まんざらでもなさそうな雰囲気が感じられた。

 出席者たちは“吸血鬼に気に入られる”という極めて難しい条件を達成する自信がなく、そういう理由ならばダグラスが選ばれるのも仕方ないと考えた。


「では、せめて他にも護衛や世話役だけでも」

「その必要はありません」


 カノンは追加の護衛や世話役を断った。

 それには彼なりに重要な理由があった。


「護衛が多ければ、すんなりと目的地に到着できるでしょう。しかし、それではいけません。これもきっと立派な神になるための試練。道中での一期一会の出会いなども大切なはずです。ですが、護衛で固めた近寄りがたい集団では、それも無理でしょう。馬車や路銀などの用意をしていただければ、それ以上は望みません」


 ――異世界旅行である。


 護衛や世話役がいたら“ちょっと見物に”とはいかない。

 誰もが“早く世界を救えよ”と思うだろう。

 そんな視線に晒されて、道中を楽しめるかはわからない。

 そのため、必要最低限の人員で移動したかったのだ。

 幸いな事に、人間相手ならば、ダグラス一人でどうにかしてくれるだけの力はある。

 化け物と出会っても、その時はマリアンヌに任せればいい。

 問題に対処可能な力があるのならば、息苦しい旅をする必要はないと考えていたからだった。


 だが、街の有力者たちはカノンの言葉を鵜呑みにしなかった。

 万が一でもカノンが危険な目に遭ってはならない。

 なんとか護衛をつけたいところだった。


「しかし、悪しき力の影響も……」

「大丈夫ですよ。癒し手ヒーリングタッチ


 カノンは手に癒しの光を宿らせる。


「信者が増えたおかげで、神の力を少し使えるようになってきました。問題は乗り越えてこそ、人生の糧となるのです。私も世界を救うために成長しなければなりません」

「そこまで言われるのでしたら……」

「強くは言えませんが……」

「まぁ……」

「なぁ……」


 有力者たちは顔を見合わせる。

 誰も“ならどうぞ”という決定的な言葉は言いたくなかった。

 肯定してしまえば、なにかあった時に“お前が行っていいと言うからだ”と責められてしまう。

 断言はせず、消極的に認める事しかできなかった。

 この結果に、カノンは内心ほくそ笑む。


(やったぜ! これで夜の街も行き放題だ!)


 目的地までは、およそ一ヶ月。

 その間、ダグラスとマリアンヌのイチャイチャを見せつけられるかもしれない。

 二人のイチャつきを見ていれば、きっと自分もイチャつきたくなるだろう。

 だが、二人の間に入るような事はしない。


 ――この世界の人間に比べて、カノンの許容する性癖の範囲は広いほうだが、イチャラブな関係を破壊する趣味はなかったからである。


 神としての体面があるため、夜の街に遊びにいく事は難しくなるが、ダグラスは自分の本性の一部を知っているので理解してくれるはずだ。


 ――適度に羽を伸ばしながら、世界を救う旅に出る。


 カノンは救世の旅に、彩を加える事に成功した。



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これで一章は終了です。

書き溜めも終わりですので、以後は書け次第投稿となります。

ただ今週末は予定がありますので、どうなるかわかりません。

皆さんもよい三連休をお過ごしください。

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