第24話 吸血鬼、再び 7

 昼頃になって、ようやくカノンは目覚めた。


「おおおぉぉぉ」


 目覚めの第一声は、うめき声だった。

 彼がゾンビになったわけではない。

 二日酔いで頭が割れそうに痛かっただけである。


「お水をどうぞ」

「あぁ、助かります」


 カノンの様子を見守っていた修道士が水を差し出す。

 それを受け取り、カノンは水を飲み干した。


「少し飲み過ぎたようですね。みっともない姿を見せていなければいいのですけれども」

「タイラー様にも、夜が明けるまで信者と共に飲み明かしたという話が残っております。信者との距離を詰めていただける神に不満を持つ者はいないでしょう」

「だといいのですが……」


 頭の痛みをなくすためにカノンは、何か使えそうなスキルがないかを探す。

 自分のステータスウィンドウを見て、彼はある事に気付いた。


(信者が減ってる!? なんで?)


 昨晩は千人以上の信者を得ていたのに、今では三桁にまで減っている。

 なにがあったのかわからない。


「昨晩の事を覚えていないのですが、何かありましたか?」

「ええ、色々と……。本当に覚えておられないのですか?」

「残念ながら覚えていません。包み隠す事なく、すべて教えてください」

「カノン様がそうおっしゃるのなら……」


 修道士は、昨晩に何があったのかを説明し始める。


 ――アンデッドが大量発生した事。

 ――ダグラスが初期対応を上手くやってくれた事。

 ――吸血鬼が現れた事。

 ――彼女の証言によれば、昨日の昼間に起きた怪異を境に死者が蘇り始めた事。


 中でも、最後の話にカノンは動揺した。

 自らの行いが惨事を招いたようなものだからだ。


 だが、カノンは自らが動揺しながらも、修道士が何か隠しているのを見過ごさなかった。

 話している最中の彼の視線、言葉の抑揚、ちょっとした仕草などから、すべてを話していない事を察する。


「言ったはずですよ。隠す事なく話してくださいと」

「ひっ、申し訳ございません!」


 修道士は五体投地の態勢になる。


「話さなかったのは、カノン様のために伏せておいたほうがいいと思ったからです。神を欺き、悪事を働こうとしていたわけではございません!」

「それは話の内容によるでしょう。何があったのかを話していただいてから、悪事であったかを判断しましょう。では話してください」

「はい」


 五体投地の態勢のまま、修道士は返事をする。


「アンデッドが現れた際、従者様が『誰か聖水を持っていないか?』と尋ねられました。その際、カノン様が皆の前でビールジョッキにお小水をなみなみと注がれたのです」

「はぁっ!?」


 あまりにも常識外れの行動に、カノンは自分の耳を疑った。

 しかし、修道士の声は真剣であり、嘘を言っている様子はない。

 嘘であってほしい話なのに、疑いようのない話のようだった。


「従者様がゾンビにかけたところ、聖水としての効果がありました。ですが、そのせいで街の住民に“聖水は小便だった”という誤った認識が広まってしまい、教会に非難が集まっています」

「オゥノゥ……」


(聖水プレイとか興味ないのに、なにやってるんだ、俺は! いくらなんでも悪酔いし過ぎだろう!)


 ――信者を失った原因は自分の軽はずみな行動だった。


 カノンは頭痛が酷くなったような気がした。

 だが、話はそれだけではなかった。


「あと、従者様がヴァンパイアに血を飲ませた際、首から血を飲ませるのは結婚の証というのを事後に説明され『いやー、ダグラスくーん。『俺の女になるか、飢え死にするか選べ』って迫るなんて、なかなか強引な男だったんだねー』と煽るような口調で」


(やべぇ、殺される……)


 カノンは神の領域まで必死に逃げ込んで、そのまま引きこもりたくなってきた。

 凄腕の元暗殺者を煽ったのだ。

 報復が怖い。

 酒の勢いでは済まされないだろう。


(本当になにをやってるんだよ、俺は……。これからあいつに護衛してもらわないといけないのに……)


 ダグラスの代わりなど、そう簡単には見つからないだろう。

 試しに修道士を調べて見るが、彼のレベルは五。

 ダグラスと比べるまでもなかった。


「他に私が知っておくべき事などはありますか?」

「そのあとは部屋にお戻りになり、おやすみになられました。カノン様が目覚められた時に備え、交代で私たちがおそばに控えさせていただいておりましたが、取り立てて報告する事はございません」

「そうですか……。話にくい事をよく話してくださいました。隠していた事は咎めません。あなたの心遣いに感謝します」


 自分の痴態を黙っていただけだ。

 さすがに責められるはずがない。


「……まずは食事に行きましょう。ダグラスさんとも話をしないといけませんからね」


 状況を飲み込めない――飲み込みたくないカノンは、深く考える事をやめた。



 ----------



「申し訳ございません。食堂は修復中ですので、近くの料理屋をご紹介します」


 残念ながら昨晩の騒動の片付けが続いており、ホテルの食堂は閉鎖されていた。

 支配人に他の店を紹介される。


「ところで被害はわかっているのですか?」

「墓場近くの家などが襲われ、五十名ほどが被害に遭ったという話は伺っております。墓場の規模を考えれば、神のご加護があったと考えてもいいほど軽い被害で済んだと思われます」


 支配人の説明に、カノンは悲し気な表情を見せる。


「被害の大小ではありません。被害が出た。その事が何よりも悲しい出来事です。被害に遭われた方々の冥福を祈りましょう」

「カノン様のおっしゃる通りです。私は自分の家族が無事だったからと、他人の事を軽く考えてしまっていました……」

「人は過ちを犯すもの。そう作ったのは神なのですから、道を踏み外した時に自らを省みようとする心が大切なのですよ」


 今度は慈愛に満ちた表情を見せる。

 その表情を見て、支配人は救われた気分になった。


「ところで、ダグラスさんを見かけませんでしたか? 食事に誘いたいのですが」


 ――謝る時は最速で。


 謝るのを遅らせれば遅らせるほど、その時間だけ相手も不満を募らせる。

 それに話を切り出しにくくなる。

 ダグラスを食事に誘い、その時昨晩の事を謝るつもりだった。

 自分に覚えがなくとも、相手は覚えているのだから、これはやらねばならない事だった。


「従者様でしたら、ワインセラーの前の廊下でお休みになられています。今、ワインセラーにはヴァンパイアがいますので、きっと悪さをしないように見張ってくださっているのでしょう」

「出会ったばかりですが、彼はよく働いてくれる人物だとわかっていました。だから、私も安心して寝る事ができたのですよ」

「なるほど! さすがは神の従者に選ばれるお方ですな!」


 カノンは自分が寝入ってしまっていた事を誤魔化すため“ダグラスを信じていたから”という事にした。


「彼をねぎらいたいので、私が起こしにいきましょう。案内していただけますか?」

「はい、喜んで!」


 支配人は、どこかの居酒屋を思い出すような返事をした。

 カノンは懐かしさを感じながら、彼のあとを付いていく。


 やがて、通路の先にダグラスが見えた。

 彼はガウンを着て、武器を手に持ってワインセラーへ入る扉の前で眠っていた。

 あと十メートルほどというところで、彼が目覚めた。

 ある程度近付いたところで、カノンは話しかける。


「ダグラスさん、おはようございます。ここで寝ていたのは見張りのためですか?」


 カノンは“吸血鬼が出てこないように見張っているのか?”という意味だった。

 しかし、ダグラスは違う意味で受け取った。


「ええ、そうですよ。マリーが寝ている間に聖水をかけたり、心臓に杭を打ち込もうとする人がいるかもしれませんしね」


 ――吸血鬼であるマリアンヌを、誰かが寝ている間に殺そうとするかもしれない。


 生者がアンデッドを忌み嫌うのは本能的なもの。

 それはゾンビやスケルトンのみならず、吸血鬼である彼女も対象になるという事である。

 ダグラスも彼女を恐れている。

 だから、誰かが殺そうとするのではないかと思い、入り口を見張る事にしたのだった。

 これは“快楽を与えてくれる相手”という理由だけではなく“吸血鬼でも話が通じる相手を殺したくない”という理由もあった。


(こいつ、いつの間に名前を呼ぶ仲になってたんだ!? さてはこいつ、エロイねーちゃんに惚れたな!)


 だが、カノンは違った。

 ダグラスは女性経験のない若者。

 それはつまり、ちょっとした色香に惑わされるお年頃という事でもある。

 あの吸血鬼に、ほだされたのではないかと考えた。


「彼女はアンデッドの対応に協力してくれたのでしょう? そんな相手を殺そうとするなどという不届き者はいないでしょう。念のためにホテルの使用人に見張りを変わってもらい、その間に食事へ行きませんか?」

「……そうですね。お腹も空きましたし。部屋で着替えてからでもいいですか?」

「ええ、もちろん。ガウンで食事になど出掛けられませんからね」

「では着替えてきます」


 ダグラスはカノンを待たせないよう、速足で部屋に向かった。

 カノンは彼が怒っていなかった事に安堵し、約束を果たそうとする。


「では使用人を一人か二人、見張りにつけてください。中に誰も入らないように」

「ええ、それはかまいませんが……。寝ているとはいえ、相手は吸血鬼。入ろうとする者はいないでしょう」

「アンデッド騒動を、あの吸血鬼のせいだと思う者もいるでしょうしね。念のためです」


(二人の仲が深まったのなら、それを割くような真似をする必要はないしな)


 ――異種族のカップル。


 これは人種の違いを超えるハードルの高さだろう。

 もし二人が上手くいくようであれば、カノンが理想とする“みんなが幸せな世界”に一歩近付くかもしれない。

 二人の邪魔をせず、見守っていこうと考えていた。

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