第22話 吸血鬼、再び 5

 朝日が昇る頃には、アンデッドをあらかた片付けた。

 これは吸血鬼の協力があってのもの。

 アンデッドが集まっているところをまとめて潰してくれたおかげで、残りを僧兵や冒険者が各個撃破するだけでよかったからだ。


 ――死霊は生者にとって共通の敵。


 ダグラスも冒険者の一員として、積極的に協力していた。


「お前、やるじゃないか。新人とか言っていたけど、あの動きは新人だとは思えなかったぞ」

「魔法が使えなくなった今のご時世、お前くらい戦える新人は貴重だ。俺たちと組まないか?」


 ダグラスの戦いぶりを見ていた冒険者たちから、パーティに誘われる。

 彼らの誘いに乗るという道もあったかもしれない。

 だが、そうなればどこで戦闘技術を身に付けたのかを聞かれる事になるだろう。

 ダグラスには“彼らと組む”という選択を選べなかった。


「これもすべてカノン様のご加護のおかげでしょう。でなければ、僕がこれだけ戦えるわけがありませんよ」

「それもそうか。お前はカノン様を背負って丘を登っていたもんな」

「飯を奢るから、神の住まう場所の話を聞かせてくれよ」


 自分の力ではないと謙遜するが、彼らの興味は尽きなかった。


「ありがとうございます。でもゾンビと戦ったあとなので食欲が……」


 ダグラスは新人らしく思われるであろう弱音を吐いた。

 実際に、ダグラス達は死人の腐肉や腐汁で汚れている。

 服を着替えても、しばらくは匂うだろう。

 新米冒険者なら、こういう反応が自然なはずだ。


 他の冒険者たちも“それもそうか”と同意する。

 腐った臭いをまといながらでは食欲が湧かない。

 まずは水浴びからだろう。


「じゃあ、街を出る前にギルドによってくれよ。たぶん、俺たちもいるからさ」


 彼らは人が良さそうだった。

 世界がおかしくなっていなければ、このまま新しい人生を送れたかもしれない。

 そう思わせるものだった。



 ----------



 ホテルに戻ると、使用人たちを中心に遺体を片付けていた。

 棺に納められた遺体に、聖職者たちが聖水をかけ、祈りを捧げている。

 もちろん、この聖水は教会から持ってきた由緒正しいものである。


「従者様! お戻りですか」


 ダグラスに気付いた使用人が、近付いてきた。


「水浴びできるところはあるかな?」


 水場を尋ねると、使用人が申し訳ないといった表情を見せた。


「支配人から、清掃作業を行っている者は井戸に近付けるなと厳命されております。飲み水は大切ですので。裏庭の噴水の水ならばかまわないとの事です」

「そうか。なら噴水で洗い落とすよ」

「では、タオルを持ってくるように伝えます」


 川で体を洗うのに抵抗のないダグラスにとって、噴水で体を洗うぐらいどうという事はない。

 むしろ噴水とはいえ、綺麗な水が流れているところを使わせてくれるだけ良心的だとすら思えた。


 他の者たちは、まだ作業中。

 ダグラスが一番乗りだったので、足元も綺麗なまま、水を浴びる事ができた。

 死臭を洗い落とすだけではなく、昨晩野宿した分も綺麗にしようと手で体をこする。


「ここにタオルと着替えを置いておきますね」

「ありがとうございます」


 女の使用人が、ダグラスに声をかける。

 彼女は汚れていないので、違う作業をしていたのだろう。


「それと伝言なのですが……。吸血鬼の女性が話があるそうです。地下のワインセラーにきてほしいと言われております」

「地下に? あぁ、日光か」


 吸血鬼は日差しに弱い。

 だから、地下に呼び出されたのだろう。

 恐ろしい相手ではあるが、一応話は通じる。

 問答無用で殺される事はなさそうだが、やはり警戒は必要だろう。


「カノンさんはどうされていますか?」


 カノンの力は本物だ。

 しかし、人格に問題がある。

 万が一に備えるどころか、その万が一を引き起こしかねない。

 できれば同行してほしくなかった。


「カノン様は、部屋でお休みになられております。かなりお酒が入っておられるご様子でしたので……」

「それは仕方ない。僕だけで会いにいくよ」


 ダグラスは、内心ホッとしていた。

 これ以上、事態をかき回されたくはなかったからだ。

 酒が抜けた状態ならばともかく、酒の入った状態のカノンは必要ない。


「それでは、こちらの服は洗濯させていただきますね」

「いや、その必要はありません。それだけ腐肉や腐汁で汚れていたら、もう臭いは取れないでしょう。捨てておいてください」

「かしこまりました」


 服を捨てる事を、もったいないとは思わなかった。

 きつい臭いが染みついてしまうと、敵に見つかりやすくなってしまう。

 返り血のついた服を捨てる事に抵抗はなかった。


 噴水の縁に置かれたタオルで体を拭き、ガウンを着る。

 スリッパも用意されていた。

 どれも高品質なものばかりで、ダグラスは貴族になったような気分になっていた。

 あとは武器など、捨てられては困るものだけ持つ。


「ワインセラーへはどういけば?」

「ご案内します」


“捨てておいてくれ”と言われたが、使用人は服を持ち運ばなかった。

 下手に触れてしまうと、自分も酷く汚れてしまう。

 ホテル内を汚さぬようにするためと、そんなものに触れたくないという気持ちからだろう。

 ダグラスも特に指摘はしなかった。


 ホテルの中は、まだマシだった。

 テーブルの上に置かれていた料理が散乱しているくらいだ。

 ホテル内で戦闘にならなかったからだろう。

 片付けをしている者たちから“従者様、助かりました”と、口々に礼を言われる。


 ワインセラーへの入り口に着くと、使用人はそれ以上ついてこなかった。

 吸血鬼の潜む暗がりになど入りたくないのだろう。

 ダグラスを案内すると、そそくさと立ち去っていった。


(鬼が出るか蛇が出るか……。まぁ吸血鬼が出るだけだろうけどな)


 ダグラスは足音を鳴らさぬように階段を降りていく。

 ワインセラーに降りると、ガウンを着て、棺に腰掛けながら髪をクシでとかす吸血鬼の後ろ姿を見つけた。

 彼女も腐汁で汚れていたので、体を洗ったのだろう。

 ダグラスは緊張する。

 そのせいで、足音を忍ばせたまま彼女に近付いてしまった。


「なにかようでしょうか?」

「きゃっ」


 彼女に声をかけると、まるで悲鳴のような声をあげて立ち上がる。


「もう、びっくりさせないでよ! いきなり――」


 ダグラスだと気付くと、彼女は不満気な表情を見せた。

 ダグラスは“不要に驚かせてしまった”と後悔する。

 しかし、彼女を驚かせるのは“声をかける”という行為だけではなかった。


「いやぁぁぁ、ダメよ! 婚前交渉なんて許されないのよ! いきなり押し倒そうとするなんて!」


 ――ダグラスが体を清め、ガウンを着て現れた。


 そこから、彼女は飛躍した考えに至ったようだ。


(……吸血鬼ってバカなのかな?)


“人間にはまず勝てない恐るべき相手”という吸血鬼に対する印象が、ダグラスの中で少しだけ変わった。

 だが、こうして対峙するだけで足が震えそうになるほどの相手である。

 いつまでも馬鹿にはしていられない。


「ゾンビを倒して汚れてしまっていただけですよ。だからあなたも、水浴びをしてガウンを着ているのではないのですか?」

「えっ、あぁ、そう。そうね……」


 ダグラスが服装の説明をすると、彼女はトーンダウンする。

 自分の勘違いに気付いたからだろう。

 気まずそうな顔を浮かべ、しばしの沈黙が訪れる。


「とりあえず、座ったら」


 彼女は棺に腰掛けると、自分の隣を進める。

 ダグラスは“棺に座るのか?”と思ったが、彼女に従った。

 この棺は、おそらく彼女が眠るためのもの。

 誰かの遺体が収められているものではないはずだ。

 雰囲気の盛り上がらないベッドの上に座り、二人は話を始めた。

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