第16話 神の領域 7

「なんだよ、まだ終わってないのか。タイラさん、どんだけボロいの使ってたんだよ……」


 部屋に戻ると、カノンが不満そうに呟く。

 彼は机に向かい、光る箱の隣にある違う箱に触れる。


「なにを――うわっ」


 数秒すると、光る箱が真っ暗になった。

 先ほど外が暗くなった事を思い出し、ダグラスは怯える。


「あまりにも遅いから強制終了しただけだから心配ない」


 カノンがダグラスを心配させまいと、状況を説明する。

 彼がまた箱に触れると、ピッという音と共に何かが動き出す音が聞こえる。

 そして、すぐに箱が光を取り戻した。

 画面には古代文字らしきものが書かれていた。

 やがて、暗い画面に白い文字が映し出され、そこから動きがなくなった。


「起動にも時間がかかるのか……。こんな事なら、他の場所から始めればよかったな」

「他の場所だと、その……道具が違うのでしょうか?」


 ダグラスは、カノンの漏らした言葉を聞き逃さなかった。

 それもすべて、彼を神だと信じようという努力するためである。


 ――この場所に入れた事と、家の中の設備を当たり前のように使えている事。


 そこからは、カノンが神であるという事実を読み取れる。

 しかし、彼の人間性は違う。

“穢れを知っていたほうが穢れた人間の気持ちがわかる”とは言ってはいるが、ダグラスにとって神とは高潔な存在だというのが常識であった。

 その常識を覆す存在を信じるためにも、疑問は素直に聞き返そうとしていた。


「ここはタイラさんが初めて降臨された場所だそうだ。おそらく、さっき話していた超古代文明とかいうものができるよりもずっと前かな。だから俺もここから始めようとしたんだけどなぁ……。世界を管理する設備が古いままだ。これなら最初は新しいところにいって、神として正規登録してから色々やればよかったよ」

「なら他のサンクチュアリに移動する方法とかないんですか?」

「移動方法……。それだ!」


 カノンが慌てた様子で指を動かし始める。

 ここまでくると、ダグラスもその動きが記憶術ではないとわかってきた。


(神にだけ見える本のようなものが、指の先にあるのかもしれないな。でも魔法が使えない今、そんなものは超古代文明の……。あっそうか!) 


 ダグラスは一つの可能性が思い浮かんだ。


 ――カノンは超古代文明の道具を扱えるだけなのではないか?


 先ほど彼は世界を管理する設備・・・・・・・・・と言っていた。

 神としての力ではない。

 魔道具の力で世界を動かしているのかもしれない。


 ――ここに入る事ができたのも、神としての力があったからではなく、知識と魔道具があったからではないのか?


 カノンを知れば知るほど、悪い人間ではなさそうだが、神としては信用できない相手だとわかっていく。

 そのためダグラスは、どうしても神だと信じ切れずに疑ってしまっていた。


「あーダメだな。遠距離移動をするには、もっと信者が必要だ。今選べるのは……。おっ、これ面白そう」


 カノンは何かを見つけたようだった。


「今のところ魔法は使えないが、スキルは使えるようだ」

「スキルってなんですか?」

「まぁ、神の奇跡みたいなものだな」


 カノンがニヤリと笑う。 

 彼はどこからか石を二つ取り出し、ダグラスに見せる。


「さぁ、これが神の奇跡だ。細工は流流仕上げを御覧じろ」


 石が薄っすらと光る。

 その光が収まると、茶色いものが手の中にあった。

 ダグラスは一瞬、何かのフンかと思った。


「石をパンに、水をワインにできるなら、キャラメルにもできるかなーっと思ったらできちゃったよ」


 カノンは“できた”と喜んでいる。

 ダグラスのほうは“手品というわけでもなさそうだし、本当に魔法以外の力を使ったのか?”と驚いていた。


「キャラメルって知ってるか?」

「ソースに使われたりしているのと似たものですか?」

「そうそう、あれの飴みたいものだと思ってくれていい」


 カノンが一つ口に入れる。

 慣れ親しんだ味わいのもので、彼は満足する。

 ダグラスは残った一つを受け取った。


「食べ物をスキルとかいうもので作れるんですね」

「神様だからな」

「僕は味とかわからないんですけど」

「まぁ特別複雑な味ってわけでもないし、詳細な感想なんていらないだろう。美味いか不味いかだけでいいじゃないか」

「そういえば、なんで普通の飴じゃなくてキャラメルを選んだんですか?」

「えっ、いやまぁ……。さっきトイレいったしつい。ハハハハハ!」


 カノンが大声で笑って話を誤魔化そうとする。

 今の話を聞いたせいで、ダグラスは食べ辛くなってしまう。

 だが怪しんでこそいるが、一応カノンは神様候補である。

 無駄な不興を買わぬよう、食べるだけは食べようとする。

 毒がないか念のため、まずは舌の先で舐める。


(……なんだ、この感覚は?)


 毒ではない。

 だがその味は、ダグラスの感情に訴えかけてくるものがあった。

 意を決して口の中に放り込む。

 最初は薄っすらとしたものだったが、唾液と混じって優しい味わいを感じられるようになってきた。

 ダグラスはよろける体を、なんとかソファーにまでたどり着かせる。


(これが……、!?)


 ――ダグラスは本当に味がわからなかった。


 味覚音痴というものではなく、味覚がなかったのだ。

 同じく痛覚もない。

 だから、彼が刺激を感じるのは毒のような危険物くらいだった。

 大人一人を背負って丘を登り切れたのも、痛みを感じないからできた事である。


 そんな彼が、初めて味と出会った。

 今まで食事といえば、栄養を接収するための作業でしかなかった。

 口内から脳内に今まででは感じられなかった凄まじい情報量が駆け巡る。

 ダグラスは生まれて初めて、味を求めて咀嚼を行う。


「おいおい、ただのキャラメルだぞ。泣く事はないだろう」


 カノンに言われて、ダグラスは感動で涙を流している事に気付いた。


 ――だが、止められなかった。

 ――涙を流す事も、口を動かす事も。


(あぁ、この人についてきてよかった。神だとか世界だとかどうでもいい。これが美味しいという感覚か!)


 やがて口の中のキャラメルが溶けてなくなると、師匠を失った時に匹敵するほどの喪失感を覚える。


「カノンさん! 石を拾ってくるので、もっとキャラメルをください!」


 ダグラスがカノンに詰め寄る。

 先ほどナイフを突きつけられた事を覚えているので、カノンは少し怯える。


「いや、今のはそういうスキルがあるよって見せただけで、キッチンでいくらでも出せるから石なんていらないぞ」

「それではキッチンへいきましょう!」

「まぁまぁ焦るなって。そろそろ起動も終わ――えっ?」


 カノンは焦った。

 画面に見知らぬ文字が表示されていたからだ。


 ――Operating System Not Found.


 パソコンに詳しくない彼でも、この文字列には嫌な予感がした。

 もう一度、再起動を試す。

 だが、やはり同じく真っ黒な画面に、この文字が表示されるのみである。


「なんで、なんで……」


 カノンは必死になってヘルプを確認する。

 しかし、この手のものに詳しくない彼にとって、ヘルプも未知の言語が羅列されているようにしか思えなかった。


「一回強制終了しただけじゃないか! なんでそれでOSが吹っ飛んでんだよ! 俺が使ってきたパソコンでは、そんな事起きなかったぞ! どんだけボロいの使ってんだよぉ、タイラァァァ!」


 修理方法がわからず、カノンはタイラーのせいにした。

 彼が最新システムにしていれば、強制終了程度で壊れなかっただろう。


(だからあいつは違うところに拠点を作ったのか!)


 タイラーが拠点を移していたのは、一から作り直したほうが楽だったからかもしれない。

 カノンは、こんな場所から始めようとした過去の自分を呪い始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る